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>>541

近藤社長に興味を持ったら、『近藤太香巳 ゼロヨンレース』で検索して一番上に出てくる社長のインタビュー記事がお勧めです。
好きなのは下記の部分です。

求人情報誌を買って家に帰り、パラパラとページをめくる中で目に留まったのが、このキャッチフレーズ。「誰にでもできる簡単な仕事。NTT関連。人生を 変える価値ある仕事。平均月収40万円以上!」。今の僕にぴったりだ! そしてすぐに面接に出かけました。

 最初は担当者から、「若すぎるから無理だ」と断られかけたけど、途中でふらりと出てきた男性から「君の尊敬する人は?」と質問され、とっさに僕が 「トム・ソーヤーです!」と返したら、「面白いやっちゃなー、じゃあ明日から来い」となった。後でわかったんだけど、そのふらりとやって来た男性がこの会 社の社長だったんです。

仕事の内容は、当時一般家庭で使われていた黒電話をプッシュホンに変えませんかという営業です。
いわゆる訪問販売であり、どぶ板をはがすような泥臭いスタイルの営業。
それも1台のプッシュホンが20万円もする。
朝から深夜まで働いて、給料は固定給ゼロの完全歩合制。
当然きついので、みんなボロボロ辞めていく。
僕自身もかなり迷ったけど、今日はダメでも明日は絶対に契約が取れる……、そうやって自分を叱咤しながら、可能性にかけることに決めた。
自分はもう決して逃げないし、新しいクルマがやっぱりほしいと(笑)
いつもポケットに鏡とほしいクルマの写真を持って、鏡はお客様に嫌われないよう笑顔を確認して、クルマの写真は「買うぞ!」って気合入れるため(笑)
結局、半年後に僕はトップセールスになっちゃったんです。
ちなみに、同期入社50人のうち数週間に残っていたのは僕とあとひとりだけでした。

その後、僕の名前は関西の通信業界でも知られるところとなり、先輩に誘われさらに高給が得られる同業会社に転職。
そこでも成績優秀者で、販売代理店としての契約を結ぶことになります。
ちょうどその頃、父親から、「それほどやれるなら自分でやればどうか」とアドバイスされ、日本電機通信という屋号で事業を始 めたのが19歳の時。
10万円で購入した中古車で、浜田省吾の「マネー」を大音量でかけながら毎日営業してました(笑)

引用終わり
上記部分が近藤社長の原点だと感じます。