IDでもっと便利に新規取得

ログイン


ここから本文です

西欧は西欧の娯楽、イスラム圏はイスラム圏の娯楽、多神教の世界はその世界の娯楽というようになるのかというと、どうもそういうことでもなさそうです。

世界の半分の人口に達する西欧とイスラム圏の人々は、大陸の乾燥した平原で繁栄してきた諸民族であり、土地の生産性が低く、まばらに集団を作り、移動をしながら、生存競争をしてきて、その宗教や文化が強く影響しています。

海や山で閉ざされていない土地に住んでいるため、常に他の集団からの圧力にさらされていて、しかも都市部では、多民族が同時に集まり交流しているので、自分たちの集団の団結力の強さは、その民族の生存能力そのものです。団結力が弱ければ、そこから集団は切り崩され滅ぼされますから、団結力の弱い宗教や文化は生き残れず滅びます。今ある文化や宗教はそこで生き残ったものですから、強い団結力があるのは当然です。

その強い団結力を得るため、子供は小さな時から強い圧力で教育を受け、洗脳されます。それは生き延びるためには不可避なことですから、教育は、早期に開始し、強力に洗脳することの方が、より繁栄に結びつきますから、そのような文化や宗教が生き残っています。

アメリカの映画やドラマを見ると、どれも同じような印象を受けるのは、この子供の頃からの教育や洗脳の影響が強烈に製作者の脳にも残っているからです。


フランスの近代もその影響はあったのでしょう。


フランスの近代の印象派の画家は、日本の浮世絵を見て、そこに自由を感じたようですが、それはこの幼少期からの強烈な教育と洗脳の影響を受けていない、日本人の浮世絵作家の脳に映る世界を反映した浮世絵を見て、江戸の日本人の脳の自由さに感動したということでしょう。



任天堂に価値があるとするなら、それは日本人の脳に施された弱い教育と洗脳により、脳に残された幼児的な制約の少ない世界が、制約の多い世界で育った脳に、安らぎを与えることです。

あつ森の三頭身で腕は棒で手は丸の幼児画のような世界が、そこから大人の鑑賞にも耐えるように洗練された世界を見たり遊んだりすることが、安らぎになるということです。