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【越中八尾の旅行は良いものになりましたが】

越中八尾駅から歩いてみると、駅前とはいいながら寂れているのを痛感しないわけには行きません。人の通りは殆どない。車の通りも少ない。これが駅前なの。日曜日だからか。
気動車でしょうか、ワンマン、昼間は2時間近く間隔が空きます。

川沿いに歩き始めると高台に家が林立する。お寺の大きな屋根が見え、聞名寺だろうと地理感ができた。
聞名寺の建物は古く、手入れがままならないという感じだった。手入れをしたら莫大な費用だろうし、その費用は捻出できるのか街並みを見ながら心配した。

一番行きたかった普段の諏訪町。石畳の端の方から眺めたので、あの風情ある坂道は眺められなかった。先に進んで見上げて、これこれと思った。
人通りは殆どなかった。遠くの方に一人確認しただけ。おばあさんが椅子に腰かけていたので挨拶した。
建物は古く住みづらいだろうと感じた。政策的にそうしているのもあるでしょうが。雪洞も経年劣化を感じた。
坂を上りきったところで東新町になった。一つの町は実に小さいエリアだ。

坂道を下ってホテルに向かった。ゆうゆう館に着いたのは3時過ぎ。4時30分から食事。6時に前夜祭「おわらステージ」の八尾曳山展示館までバスを出してくれた。前夜祭の担当は今町。「おわらステージ」が終わると今町まで送ってくれた。帰りは今町の近くからホテルまで、9時から10時まで循環輸送をしてくれた。私達は2人で送ってもらうことになった。

「おわらステージ」では後ろの方が650kmをかけて来ましたと言っていた。
今町の町踊りは目の前、手の届くところを女踊りが過ぎて行った。
踊り場では隣で、また会いましたねの挨拶があった。今週はずっとですかとか。熱狂的な支持者はいるのだ。

今町の前夜祭は本番と同じ賑わいだった。一歩そこから出てしまうと、途端に人気はなくなってしまう。
楽しい一時を過ごしましたが、一方ではとても不安を感じた。

  • >>14268

    RESさん 良い旅行を経験され、又、無事帰宅、何よりです。

    地方のお祭りに行くと、私もRESさんと同じ寂しさ、懸念を感じます。今は綺麗に手入れされている石垣、竹林、路地、これらはいつまでこのままなのだろうかと。今回訪ねて花輪でも、大きな呉服店がきちんとした佇まいで照明をつけていましたが、その周りには人ひとりいませんでした。何とも寂しい風景で、東京郊外の商店街で流行らない店を見るのとは感じが違います。後継者はいるのだろうか、当主は元気か、と。それぞれの歴史、人生が消えてしまうのかと思うとやり切れません。

    おわらのカレンダーを買ってきて使っていますが、残りはあと数か月。やはりカレンダーを買いに再訪しようかと考えています。