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(憶測を含みます)社長雨宮氏と副社長鳴沢氏は仲が良くなかった(雨宮氏のオープンSNSで2人が一緒のところを見たことがない)。業績が良かった頃は、2人の切磋琢磨として容認できた。だがその業績成長に翳りが見え始めた。そこで大株主はこの不仲の解決策として、この2人の優劣ではなく、2人の上に人(西本氏)を据えた。これを不服とした雨宮氏が辞めて、トップ西本氏と副社長鳴沢氏の体制になった。でも、事態収束にならず、西本氏と鳴沢氏も案の定ソリが合わなかった。それどころか雨宮氏時代よりも業績は悪化した。西本氏は、大株主から詰められ、尚且つ副社長鳴沢氏とも不仲で、上からも下からも総スカンで、諦めてミスミへ転職した。この間に現場はマネジメント不足となり、業績はさらに悪化した。大株主は半ば慌てて、人材業績経験者の武林氏と昔この会社の社長だった早川氏をマネジメントへ連れてきた。この間に今まで副社長だった鳴沢氏も諦めてしまった(よく見るとオフィシャルに名前がない)。そして落ち着かない経営陣の入れ替わりに、現場は振り回され、業績は悲惨な結果となった。新社長の武林氏は就任したはいいが、この状況業績に打ち手が見つけられずにいる。以上、妄想癖