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【GBP】イングランド銀行(BOE、英中央銀行)金利発表の掲示板

英国中銀のマイナス金利検討と日銀のマイナス金利政策5年の評価


英国の銀行はマイナス金利の準備に6か月

イングランド銀行(英国中央銀行)が2月4日に公表した金融政策委員会の議事要旨では、マイナス金利政策の導入に関して、「将来必要になった場合への準備を開始することが適切」、との指摘がされた。ただし、「現時点でマイナス金利政策の導入の必要はなく、新型コロナウイルスの感染拡大によって経済の悪化が長引いた場合に備えて追加緩和手段の選択肢として確保しておく」、との考えである。

この議事要旨の最後には、イングランド銀行傘下の健全性規制機構(PRA)が金融政策委員会に対して行った説明の要旨が紹介されている。それは、2020年10月時点でPRAが、各銀行のCEO(最高経営責任者)に対し、マイナス金利政策の導入についてヒアリングをした結果の報告である。

それによると、銀行システムがマイナス金利に対応するようにできていないため、マイナス金利政策を導入する際には、システムや手続きの変更が必要、との回答が大半であったという。さらに、一時的な対応であれば、その準備は6か月以内に可能、との回答が大半だった。他方で、恒久的もしくは戦略的な変更には12~18か月かかるとPRAは説明している。

これを受けて、金融政策委員会は、将来、マイナス金利政策を導入する際には、実施の半年以上前にそれをPRAに伝え、それを銀行に周知するようにPRAに要請するとの考えを示した。


日本銀行のマイナス金利政策決定は「サプライズ戦略」
マイナス金利政策を巡るイングランド銀行のこうした姿勢は、日本銀行が5年前の2016年1月29日にマイナス金利政策導入を決め、2月16日に実施した際の経緯とは極めて対照的だ。

日本銀行の場合には、マイナス金利政策の導入を、その直前までことさら強く否定しながら、突如導入を決めたのである。民間銀行は、あたかも「だまし討ち」のように感じたことだろう。それは、金融市場にショックを与えることで円安、株高などを促し、それを通じて経済、物価に好影響を与えることを狙う、日本銀行の「サプライズ戦略」であったと言って良いだろう。

しかし、金融政策で市場のサプライズを狙うのは本来適切ではなく、邪道と言えるのではないか。市場の反応は一時的なものであることから、市場にサプライズを起こそうが起こすまいが、金融政策変更の経済、物価に与える影響は、結局は同じである。

実際には、日本銀行のマイナス金利政策の導入決定は、日本銀行の狙いとは逆に、円高、株安などの「ネガティブ・サプライズ」を市場に引き起こしてしまった。それは、マイナス金利政策の導入が金融機関の収益に悪影響をもたらし、それが金融仲介機能の低下を通じて長い目で見れば経済を悪化させる、との見方が生じたためだろう。突然のマイナス金利政策の導入が、金融機関の業務に大きな混乱をもたらすことへの警戒も加わり、銀行株などは顕著に下落した。


プルーデンスの観点から十分な周知期間を設けるべきだった
当時、筆者がマイナス金利政策の導入に反対した理由の一つは、まさにこの金融機関の収益悪化を通じた金融仲介機能の低下とその経済への悪影響だった。現時点でも、マイナス金利政策の導入はほとんどプラスの経済効果をもたらさなかった一方、こうした深刻な副作用を相応に高めた、と考えている。

金融機関の取引システムなどはマイナス金利に対応しておらず、手作業で行うなどの大きな混乱が生じた。さらに、市場金利連動型の企業向け貸出金利の決定でも大きな混乱が生じた。法制上、会計上の問題も深刻だった。

このように、マイナス金利政策の導入は、金融機関の業務に大きな混乱をもたらすものであったことから、本来は、金融政策の観点だけではなく、プルーデンス(金融機関の健全性)の観点も踏まえて、慎重に決定すべきだった。

実施するのであれば、「サプライズ戦略」ではなく、金融機関に対しても十分な周知期間、準備期間を設けるべきであったし、日本銀行が素案を提示して広くパブリックコメントを求めても良かったのではなかったか。

しかし日本銀行は、マイナス金利政策の導入を、2%の物価安定目標の達成を目指す金融政策の観点のみで実施してしまった。それが大きな混乱と政策の副作用を生んだのである。

一方、イングランド銀行の場合には、金融政策を決定する金融政策委員会とプルーデンス政策を担うPRAとがしっかりと連携し、銀行に対するヒアリングも実施して、マイナス金利政策のフィージビリティ(実現可能性)などを慎重に検討している。いまさらではあるが、日本銀行はこうしたイングランド銀行の姿勢から学ぶべきだ。日本銀行の使命(マンデート)も、物価の安定と金融システムの安定の2つである。双方のバランスを考えた上で、政策を決める必要がある。


金融機関の収益への配慮、副作用軽減の流れの延長線上に「金融緩和の点検」
日本銀行のマイナス金利政策は、民間金融機関から強い批判を浴び、両者の関係は険悪化してしまった。それ以降の日本銀行の政策は、マイナス金利政策がもたらした副作用の軽減、金融仲介機能への配慮、と軌道修正の歴史である。

マイナス金利政策導入後には、長期・超長期の金利が大幅に下落し、生保・年金などの金融機関の収益を圧迫した。金利の低下は経済に悪影響をもたらしうることを「総括検証」で初めて認めたうえで、長期・超長期の金利安定を狙いの一つとして、2016年9月にはイールドカーブ・コントロールを日本銀行は導入したのである。

さらにコロナショックを受けて打ち出された、特別オペや今年3月から実施される特別当座預金制度は、いずれも銀行の収益改善を助ける、事実上の補助金政策だ。

この5年間の日本銀行の政策は、マイナス金利政策で悪化させてしまった金融機関の収益への配慮、金融機関との関係改善、そして金融機関への「贖罪の歴史」と言えるのではないか。そして今後は、イールドカーブのスティープ化を通じて、金融機関の収益への配慮をさらに進めると見られる。

3月の金融政策決定会合での「金融緩和の点検」も、こうした流れの延長線上にあるはずだ。