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「名作をポケットに 川端康成 伊豆の踊子」

 6/22(月)に、何気にリモコンを押したら、元気な大林宣彦監督が出て来て「なんじゃこりゃ!」とすぐさま録画開始。私は本の中で小説の場所を、本の通りに実際に歩くと言うような番組が好き。

 水上勉の「金閣炎上」はノンフィクションで地名なども、そのままに書いてあるので、本を片手に舞鶴市を訪ねた事がある。車が無いと北端の成生(なりゅう)にある主人公の生まれた寺には辿り着けないので、車を持ってる人に協力をしてもらった。本の最後に確かお墓が見つからなかったように書いてあったが、私は小浜線の近くに、すぐに見つけたので、ちょいと誇らしかった(笑)

 さて大林監督は、川端康成が踊り子たちと出会ったトンネルの前に立って、本の一節を読む。私は茶屋のばあさんに、このように問いかけます。「あの芸人はどこで泊まるんでしょう」「あんな者、どこで泊まるやら、分かるものでございますか旦那様。お客がありしだい、どこにだって泊まるんでございますよ、今夜の宿のあてなどございますものか」ばあさんが甚だしい軽蔑を含んでこう言うんですね。

 それに対して私は突き上げて来る衝動に駆られて「それならば踊り子を、今夜は私の部屋に泊まらせるのだ」そう心に決めて足早にトンネルの中へ、物語の中へと入って行くのですね。踊り子たちは木賃宿に泊まり、踊り子と少しでも離れて行く、その距離が悲しいのです。その悲しみが物語をさらに深く引き締めていきます。

 橋を渡って「福田屋」があります。街道から当時の石ころ道を一町ばかり下りたところに、川の音に守られてこの宿があります。夕方にまた激しい雨になった。あの肌にまとわりついてくるような湿り気が、この部屋にも充満している。ととん とんとん・・・激しい雨の音の向こうから、踊り子の打つ太鼓の音が聞こえてきます。

 窓から見える木賃宿の隣の料理屋の座敷で、今、宴(うたげ)が始まったのです。宴というにはあまりに陽気で、バカ騒ぎに近い。

 翌日、一面の菜の花畑の中で「ほんとに、いい人はいいね」なんと美しい言葉でしょ。こんな言葉を言われてみたいと心から願ったものです。体が透き通って、自分がみるみる汚れなき存在になって行く。でもそんな美しいひとときは、もう過ぎ去ろうとしています。別れの時、下田が近づいてきています。

 康成のこれまでの生涯は、自分の意志ではなく、いわば、もぎ取られるように大切な人たちと別れてきた。船に乗って康成は止めどなく、涙がポロポロとこぼれていたそうです。それを心配した少年が、「何かご不幸でもおありになったのですか」と聞き「いいえ、今、人と別れて来たのです」

 この現実の世で何が失われていこうとも、この1冊の「伊豆の踊子」
この美しい悲しみの物語は、それを、ひもとく私たちに、永遠に、ことこと ことことと笑いが、幸福感が心の底から、こみ上げてくるような、愛おしさと美しさを誇るもとでしょ。

※ 大林監督の言葉だけ抜粋した