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日銀ETF買いについての掲示板

激減する日銀のETF購入…いずれ株式市場が痛感する「日銀ロス」とは?

かつて、日本株市場の「クジラ」とも称されるほど株式を購入していた日本銀行だが、今や日本株を売り越す主体へと変化している。なぜ、あれほど株式を購入していた日銀はETF買い入れの方針を変えたのか。そして、膨大な株式を購入していた日銀がETF買い入れを減らすと、株式市場にはどのような影響があるのか。

●日銀に起きた異変、ETF買い入れ基準はどう変わったか

 日銀は、2021年3月の金融政策決定会合で発表した「点検結果」を踏まえて、4月入り後に買い入れ方針を大幅に変更したと見られ、6月15日時点ではわずか700億円程度の買い入れに留まっている(日銀は買い入れ方針を公表していないため、本稿における買い入れ方針は飽くまで筆者の推測)。

 今年3月までは、TOPIX(東証株価指数)の前場下落率が0.5%を超えた日の後場にETF(上場投資信託)買い入れを実施するのが日銀の通例であったが、4月以降は「2%基準」に変更されたと見られる。

 日銀が最後に買い入れを実施したのは4月21日(約700億円)で、その日の前場下落率は2.17%。他方、前場下落率が1.98%だった5月11日は買い入れを見送っている。つまり、この2.17%と1.98%の間に、ETFを買い入れるか、買い入れないかの「基準点」があると考えられる。


 「2%基準」が正しく、かつ今後も変更がないと仮定すると、年間の買い入れペースは1兆円を大幅に下回る可能性が高い。2015~2020年の6年間の相場データに基づくと、TOPIXの前場下落率が2%に達する日は、年間0日(2017年)~18日(2016年)とばらつきがあるものの、平均すると年間9日程度しか発生しない。

 仮に、年間9日間前場下落率が2%に達するとして、1日あたりの買い入れ額を700億円とするなら、年間買い入れ額は6300億円(700億円×9日)、500億円なら4500億円(500億×9日)にしかならない。

 2020年は約7兆円の買い入れを実施していた実績があるため、それと比較すると大幅な減額になる。

●日銀のETF買い入れ縮小、株式市場への影響とは

 ここで、あまり知られていない事実として、日銀が過去に銀行から買い取った株式を年間3500億円相当のペースで売却していることに言及しておきたい。

 この金額から逆算し、ひと月あたりの売却額を300億円弱と仮定すれば、一度も買い入れがなかった5月はネット買い入れ額がマイナスだった計算になる。2017年や2019年のように金融市場が落ち着いた状態が続くならば、年間のネット購入額がマイナスになる可能性すらある。

 そうなると気になるのは、何らかの要因で海外投資家の売りが膨らんだ際、日本株に与える影響である。

 日銀は2015年以降、日本株を累積で約32兆円買い越し、その間の約11兆円におよぶ海外投資家の売りを完全に吸収してなお余りある買い入れをしてきた経緯がある。

 これまでは日銀と海外投資家の売買を差し引きすると21兆円超の買い越しであったために、今後、日銀の買い入れ額減少に海外投資家の売りさらに膨らみ需給構造が大きく変化すれば、株式市場が“日銀ロス”を痛感する時が来ても不思議ではない。


 また、「日銀が買わない安心感」が日本株の空売りを誘発する可能性もある。(※なお、本稿のメインテーマではないため詳細は触れないが、株価と海外投資家の売買動向はその因果関係に注意したい。「海外投資家の売りによって株価が下がった」という因果関係を前提にした説明をよく目にするが、海外投資家は過去に購入した日本株を株価上昇局面で売却をする傾向があるので「株価上昇が海外投資家の売りを誘発する」という説明経路も考慮する必要がある。つまり、海外投資家の売りが必然的に日本株下落を引き起こすわけではない)

 それでは、今後、日銀が再びETF買い入れを増やすことはあるのか。その可能性について考えてみたい。そのためには、あらためて日銀がETFを買い入れる目的を再考する必要があるだろう。

●そもそも「ETF買い入れ」は何の効果があるのか

 日銀は、ETFの買い入れ目的を「リスクプレミアムの圧縮」と説明している。リスクプレミアムの定義はさまざまだが、一般的にはリスク性資産(株式)の期待収益率から無リスク資産(国債)の収益率を引いたイールドスプレッドを指すことが多い。

 ここで期待収益率とは、企業業績(1株当たり利益)が1年で、株価に対して何%増加するかを示すもので、株式益回りと呼ばれる。それはPER(株価÷1株当たり利益)の逆数であるから、たとえばPERが10倍なら株式益回りは10%と計算される。

 したがって、株式益回りと国債利回りの差であるイールドスプレッドが大きい状態は、株式が国債対比で割安に放置されている状態と考えることができる。言い換えれば、投資家が将来の景気などに不安を抱き、株式投資に慎重(安全な国債投資を選好)になっているということだ。日銀がETFを買い入れるのは、株式市場に介入することでイールドスプレッドを縮小し、投資家の不安感を和らげるのが狙いというわけだ。

 それでは、日銀のETF買い入れによってリスクプレミアムはどう変化したのか。この間、国債利回りは0%近傍でほぼ一定なので、イールドスプレッドの変動はもっぱらに株式の益回りによって説明されるのだが、図の通り「なんとも言えない」推移になっている。

 2017~2019年のイールド・スプレッドを見ると、縮小ではなくむしろ拡大している。他方、2020年はやや例外的に圧縮が進んでいるが、これは投資家がコロナ影響による業績悪化を一時的と考え、長期の企業価値を毀損しないと冷静な判断を下し、PERが一時的に上昇したと考えるのが自然に思える。やはり「なんとも言えない」というのが妥当な結論だろう。

●再び、日銀が「ETF買い入れ」を増やす可能性は…

 効果はさておき、今後、金融市場が波乱を帯びた場合、ETF買い入れが復活する可能性はどうであろうか。

 日銀は3月の点検結果を踏まえて、従来以上に「メリハリ」をつけた買い入れ方針に変更するとし、「市場が大きく不安定化した場合には思い切って大規模な買い入れを実施する」という見解を繰り返している。

 そこでヒントになるのは、日銀が示した点検結果を補足する形で公表されたレポートだ。その分析によれば金融市場が「不安定化」した状態で、ETF買い入れの政策効果がより強く発現する(リスク・プレミアムを低下させる)という結論が得られている。

 分析の前提に置かれた不安定な状態とは、「TOPIXが100日移動平均を下回っている局面」や「株価下落局面でボラティリティ(日経VI)が高止まりしている局面」などであった。

 この分析結果に日銀が忠実であるならば、金融市場が不安定な状態に陥った際、買い入れ基準を緩めて思い切った買い入れを実施すると思われる。今後、日銀の買い入れスタンスがどういった基準で変化するか、現時点ではデータが少なく判断は難しいが、たとえばTOPIXが100日移動平均を10%超下回ったり、日経ボラティリティー・インデックス(VI)が30超で高止まりしたりする局面で変化が試されるのではないか。

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第一生命経済研究所 経済調査部 主任エコノミスト 藤代宏一