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「黒い雨」とは
いわゆる「黒い雨」は、広島に原爆が投下された直後に放射性物質や、火災によるすすなどが混じって降った雨のことで、原爆投下直後の昭和20年に当時の気象台の職員が行った調査の結果、爆心地からおよそ南北に29キロ、東西に15キロの範囲に降ったとされています。

このうち、爆心地からおよそ南北に19キロ、東西に11キロの範囲は、激しい雨が降った「大雨地域」と区分され、国は昭和51年、この「大雨地域」を被爆者に準じた援護を行う区域として、「健康診断特例区域」に指定しました。

この援護区域内にいた人たちは、無料で健康診断を受けることができ、さらに、国が指定したがんなどの11種類の病気のいずれかを発症した場合、被爆者健康手帳が交付されて医療費などが給付されます。

一方、訴えを起こした住民たちは、被爆者に準じた援護が受けられる「健康診断特例区域」の範囲外にいたものの、同じく黒い雨を浴びて健康被害を受けたとして、国や自治体に対し、健康被害の実態調査などを求める活動を行いました。

これを受けて、広島市は、広島大学の教授などによる研究班を作って調査を行い、平成22年、黒い雨が降った範囲は、国が指定した援護区域のおよそ6倍に及ぶとする結果をまとめました。

広島市や県は、この調査結果でまとまった黒い雨の範囲全体を援護区域に指定するよう要望しましたが、国は、平成24年、健康被害が生じたとする科学的根拠は乏しいとして、援護区域の拡大を認めませんでした。

NHK

  • >>778

    裁判での大きな2つの争点

    今回の裁判では大きく2つの点が争われました。

    1点目は、被爆者援護法で規定している被爆者の定義の1つ、「原爆による放射線の影響を受ける事情にあった」と言えるかどうかです。

    住民たちは、放射線による身体への影響が完全には解明されていないとして法律の規定を広く捉え、「放射線の影響を受けたことを否定できない事情にあった」と解釈するべきだと主張しました。

    そのうえで、住民たちは、「国が指定した放射線の影響が否定できない病気のがんなどを発症しているので、黒い雨による健康被害は明らかだ」としています。

    一方、広島市や県は、法律で定める被爆地域は、爆心地からおおむね5キロの範囲を基本としているものの、住民たちは最も近くても8.8キロの地点にいて、放射線の影響が及ぶとは考えがたいと主張しました。

    そのうえで、「仮に住民たちが黒い雨を浴びたとしても、現在の科学的見解に照らして、健康被害が生じると合理的に認められるほどの被爆をしたと言える具体的根拠はない」としています。

    2点目は、住民たちが法律で定める被爆者として認められなかったとしても、被爆者に準じた援護が受けられるかどうかです。

    国が指定した「健康診断特例区域」と呼ばれる援護区域の範囲にいた人は被爆者に準じて無料で健康診断が受けられることになっていて、その範囲が妥当かどうかが争われました。


    国は昭和51年、爆心地からおよそ南北に19キロ、東西に11キロの範囲を「健康診

    断特例区域」に指定しています。

    国が指定したがんなどの病気を発症した場合、被爆者健康手帳が交付されて、医療費などが給付されますが、訴えを起こした住民たちは、援護区域の外にいたため、無料の健康診断といった被爆者に準じる援護も受けることができません。

    この援護区域は、原爆投下直後の昭和20年に当時の気象台の職員が行った調査に

    よって、黒い雨が激しく降った「大雨地域」と区分された範囲が指定されました

    が、住民たちは、「『大雨地域』だけでなく、さらに広い範囲で雨が降ったのに、

    援護区域を限定するのは不合理だ」と主張しました。

    一方、広島市や県は、「黒い雨の『大雨地域』の外では、高濃度の放射性物質が降

    ったと認められる科学的見解はなく、援護区域の範囲の指定に不合理な点はない

    」と主張しました。

    NHK