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東芝2兆円買収提案に利益相反の懸念!? ちらつくのはあの「プロ経営者」の影

「提案は来ている。これから取締役会で議論する」

 7日朝、日経新聞が「東芝に買収提案へ 2兆円超で非公開化 英ファンド」との記事を1面トップで報じた。M&Aがらみのスクープが飛び出すと、当事者は「ノーコメント」と言うケースが多い。しかし、東芝の車谷暢昭社長兼最高経営責任者(CEO)は新聞を見て自宅へ集まった報道陣に対して、「その話ですか」と言わんばかりの口調で冒頭のように述べた。

車谷社長を救うために買収提案は行われたのか?
 その後、東芝は英投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズ(以下CVC)などによる買収の初期提案を受領し、審議を開始したと発表。CVCは2兆円を超える金額を投じて、東芝を買収し、株式を非公開化する提案をしたという。

 しかし、この突然の買収提案にはいくつもの疑問点が残る。

 まず、車谷社長とCVCとの関係性だ。実は車谷氏はいま窮地に立たされており、彼を救うためにこの買収提案は行われたのではないかという見方ができるのだ。

 昨年7月に開かれた株主総会で車谷氏は苦い思いをした。議案の1つだった「取締役の再任」で車谷氏の続投に賛成したのは約57%と12人の取締役の中で最低だった。

 さらにこの総会にはケチがついた。開催後に一部株主の議決権が無効になったことが判明。一部の外国人投資家が東芝からの圧力を受けて議決権行使を断念したことも明らかとなった。

エフィッシモが放った「二の矢」
 そこで東芝の筆頭株主で、「物言う株主」としても知られるエフィッシモ・キャピタル・マネージメントが昨年末に株主総会の公正性を調査するよう求めた。東芝がこれを拒否したため、エフィッシモは「ニの矢」を放った。再調査をするかどうか、株主に判断を委ねようと、臨時株主総会の開催を請求したのだ。この請求により、臨時総会が今年3月18日に開かれ、エフィッシモの主張は賛成多数で可決された。

 臨時株主総会で決まった「再調査」の結果はまだ出ていない。しかし議案が可決されたのを見て、「昨年の株主総会が現経営陣によって都合よく運営された」という心象を持った株主は増えたはずである。陣頭指揮を執っていた車谷氏のイメージが悪化する可能性は高い。このため、今年の6月に開かれる予定の株主総会で、車谷氏の再任に賛成する比率はさらに下がり、場合によっては50%を切って再任を否決される可能性も出てきた。

CVCは“車谷社長の”ホワイトナイト?
 車谷氏が絶体絶命の状況の中、CVCの買収提案は飛び込んできた。今後、東芝が買収を受け入れ、株式を非公開化すれば、エフィッシモを含む「物言う株主」の揺さぶりから現経営陣は逃れることができる。さらに、CVCが現在提案しているように、東芝の株式を現在の株価よりも3割高い水準で買い取るというのであれば、うるさ型の株主は東芝株を手放す可能性もある。

 つまり、CVCは“東芝の”というよりも“車谷氏の”ホワイトナイト(白馬の騎士)のように映るのだ。

 そもそも車谷氏は三井住友銀行で副頭取を務めたバンカーだが、東芝の社長兼CEOに就く前はCVC日本法人会長の座にあった。車谷氏が「現在、CVCとは何の関係もない」といくら強弁したとしても、古巣が手を差し伸べている構図そのものは変わらない。

日経新聞では「広い意味での利益相反にあたる」
 さらに怪しいことがある。社外取締役に就いている藤森義明氏の存在だ。ひょっとすると、車谷氏よりこちらの方が問題かもしれない。

 同氏は現在、CVC日本法人の最高顧問でもある。そのポストに見合う報酬をもらっているであろう人が、片や東芝の取締役として、「買収提案に賛成するか反対するか」を主張できる立場にあるのだ。日経新聞の8日付朝刊は、車谷氏や藤森氏とCVCとの関係について触れたあとで、国内外のM&Aに携わる弁護士による次のコメントを伝えている。

〈広い意味での利益相反にあたる。注意して対応しなければ株式買収請求権や役員責任の問題につながるリスクもある〉

 別のビジネス系の弁護士は「文春オンライン」の取材にこう答えた。

「車谷社長がCVCのOBだからといって、直ちに利益相反とか違法性ということにはなりません。しかし、疑念を抱かれやすい状況であることは確かです。

 車谷社長にせよ藤森取締役にせよ、特別な利害関係のある取締役として、本件の取締役会決議には参加しない対応を取ることになるでしょう」

資生堂、武田薬品でも同じ構図のM&Aが
 藤森氏に関しては、今回の東芝と全く同じ構図のM&Aが最近あった。2月に資生堂がヘアケア商品「TSUBAKI」を含む日用品事業をCVCに1600億円で売却した件だ。藤森氏は旧知の間柄である資生堂社長兼CEOの魚谷雅彦氏に誘われ、昨年から同社の社外取締役にも就いている。

「さらに藤森氏は過去に東芝の子会社である東芝テックをCVCに売却しようと動いたこともあります。また武田薬品工業の社外取締役という肩書を持つ一方、同社の子会社で一般用医薬品を手掛ける武田コンシューマーヘルスケアをCVCに売ろうと画策したこともある」(経済ジャーナリスト)

華麗な転身を続け「プロ経営者」と評価された
 一体、藤森氏とはどんな人物なのか。藤森氏は1975年に東京大学工学部を卒業した後、日商岩井(現双日)に入社。その後に転職した米ゼネラル・エレクトリック(GE)で頭角を表し、2008年には日本GE会長兼社長兼CEOに就任。2011年にはLIXILグループ(現LIXIL)の社長兼CEOに就いている。

 当時、華麗な転身を続けた藤森氏を「プロ経営者」と評価する声が高まった。同氏はLIXILグループで、海外企業を相次ぎ買収した。

 11年12月にはカーテンウォール業界の名門で、イタリアにあるペルマスティリーザに約600億円、13年8月には米衛生陶器大手のアメリカンスタンダードに約530億円、14年1月には水栓金具で欧州最大の独グローエに約4000億円を投じ、それぞれ手に入れた。

 しかし買収にあたって実施するデューデリジェンスがかなり甘かったようだ。グローエの中国子会社の不正会計が見抜けず、LIXILグループは660億円の損失を計上。ペルマスティリーザも巨額の損失を出した。その経営責任を取って、同グループを退任したのは2016年のことだった。

 その後、LIXILグループでは藤森氏の後任社長兼CEOとなった瀬戸欣哉氏と同社の創業家出身で実質的なオーナーだった潮田洋一郎氏が対立。潮田氏は瀬戸氏を実質的に解任する一方で、CVCにLIXILを買収させ、株式を非公開化しようとした。この時にも藤森氏は潮田氏と手を結び、暗躍している。

CVC日本法人社長は東大アメフト部の後輩
 ちなみにCVC日本法人で社長を務める赤池敦史氏は藤森が東大在学中に所属したアメリカンフットボール部「ウォリアーズ」の後輩である。こうした人間関係も踏まえると、藤森氏はその人脈を伝って社外取締役に就いた先で、M&A案件を探し、それを後輩が日本法人の代表を務め、自身も最高顧問として籍を置くCVCに買わせているように映る。

 7日午後、東芝は取締役会を開き、買収提案について副社長をトップとするチームで検討していくことを決めた。今後、この買収劇がどう進むかは予断を許さない。しかし、今回の買収提案には、解かれるべき謎が既にいくつもあることだけは間違いない。

西田 壮太/Webオリジナル(特集班)