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ヘッジファンドが注視する「リスクパリティ戦略」がもたらす「テールリスク」
8/16(月) 16:31配信

ポートフォリオに占める各資産のリスクの割合を、概ね均等になるように調整する投資戦略である「リスクパリティ戦略」。この戦略を実行するヘッジファンドが増えているといいます。今回は、それによって引き起こされる「テールリスク」について考えていきます。※本連載は、東海東京調査センターの中村貴司シニアストラテジスト(オルタナティブ投資戦略担当)への取材レポートです。

「ポートフォリオ」の3つの構築スタイル
まず最初に、アカデミックな理論をベースにポートフォリオの構築スタイルを3つに分けて説明する。

◆ 現代ポートフォリオ理論(Modern Portfolio Theory)

1952年に米国のハリー・マーコウィッツにより発表された理論で、ポートフォリオのリスクとリターンの関係を明らかにしたもの。ポートフォリオ全体の価格変動リスクは、個々の組入銘柄の価格変動リスク、組入比率、相関係数によって決まることが示された。

同理論では、銘柄の価格変動リスクは過去から将来にわたって変わらないとの前提に立っており、リスクの推定がしやすい。その一方で、期待リターンの推定は困難である上、その期待リターンの水準が資産配分の結果に与える影響が大きく、推定に用いるデータ期間や目標リターンを少し変更しただけで異なる資産配分結果となってしまう問題点がある。

◆ブラック・リッターマンモデル(Black–Litterman model)

1990年にゴールドマン・サックスに所属していたフィッシャー・ブラックとロバート・リッターマンによって考案され、1992年に出版された数理モデル。

期待リターンの算定時に投資家の見通し(View)を反映した上で期待リターンを補正し、最適な資産配分を求める方法。同モデルでは現在の市場における時価総額ウェイト(マーケット・ポートフォリオ)は、マーケットが想定している推定リターンとリスクを入力して最適化した結果、得られたものと仮定している。

この考えに基づき、時価総額ウェイトと推定リスクから、市場が想定している期待リターン(インプライドリターン)を逆算する手法がとられる。加えて、投資家の見通しに基づく期待リターンを用いる(ブレンドする)ことで、期待リターンの推定が困難であるという現代ポートフォリオ理論の問題点をカバーしている。

一方、時価総額加重のポートフォリオは効率的ではなく、そこから導き出されるインプライドリターンの妥当性が担保されないという問題点もある。

◆リスクベース・ポートフォリオ(Risk-Based Portfolio)

長期的には、リスクに対するリターンは各資産において同じであるという仮定のもと、期待リターンを活用せず資産配分を決定する方法。具体的には、「最小分散ポートフォリオ」や「リスクパリティポートフォリオ」といったものがある。期待リターンを使用しないことにより、期待リターンの推定が困難であるという現代ポートフォリオ理論の問題点をカバーしている。

一方、リスクベース・ポートフォリオの構築手法は、リスクのみで期待リターンを考慮していない点や、投資家の見通しを反映することができない点が問題点として挙げられる。

同じ戦略をとる投資家が増え、価格形成に影響を与える
ポートフォリオの構築において、上記で述べたような問題点は残るものの、良好なバックテストや実務における戦略の優位性が示されている「リスクパリティ戦略」に投資家の関心が集中し、近年では同戦略を活用するファンド残高が急拡大している。

そして、類似したものも含めて、リスクパリティ戦略を大なり小なり採用しているヘッジファンドや機関投資家は多く、同戦略によるマーケットインパクトは無視できないほど大きくなっていることも事実である。そのため、ここからは、「リスクパリティ戦略」がもたらす可能性のあるテールリスク※1(機械的なハーディング現象※2)について考えてみたい。

※1:テールリスク:極めて低い確率で株価が大幅に下落するリスクのこと

※2:ハーディング現象:多数派と同じような行動をとってしまう現象のこと

リスクパリティ戦略が引き起こす「テールリスク」
リスクパリティ戦略による機械的なハーディング現象が起こるリスクは、以下の3点から推察される。

(1)リスクパリティ戦略は、分散対象資産でボラティリティが相対的に低い債券のパフォーマンスに依存している点

リスクパリティ戦略は、ポートフォリオの各資産のリスクを均等にする運用戦略であり、リスクの低い資産の配分比率を高くする一方、リスクの高い資産の配分比率を低くするオペレーションを機械的に実施する。

通常、リスクパリティ戦略のポートフォリオではボラティリティの低い債券の割合が株式と比較し高くなる。そのため、シャープレシオの高さは債券のパフォーマンスに大きく左右されるといえる。過去十数年を見ると、リスクパリティ戦略のシャープレシオの高さは、リスクの少ない債券のリターンが優れていた点、つまり概ね安定的にかつ長期的に長期金利が低下し続けていたからこそ、良好な結果がもたらされた可能性が高い。

だからこそ、先行き債券からの良好なシャープレシオが獲得できなくなる局面、たとえば、債券の長期の上昇局面(利回りの低下局面)が終わり、今までの過去のデータにないレベルで短期および長期でボラティリティが下方に高まった(利回りが急上昇した)場合は、リスクパリティ戦略の有用性を大きく低下させてしまうリスクがあろう。

たとえば、FRB(米連邦準備制度理事会)でも制御不能な長期金利の上昇局面、つまり通常、「株式投資家」と比較して冷静で合理的と捉えられることも多い「債券投資家」が不安や恐怖を感じて合理的ではない行動を起こしてしまう局面に該当するかもしれない。

何がカタリスト(きっかけ)になるかわからないし、また「FEDに逆らうな」というウォール街の格言通り、そのような場面は来ないのかもしれないが、ジョージ・ソロスによるポンドの売り崩しが成功したように、万が一、グローバルマクロ型のヘッジファンドが米国長期債の売り崩しに成功するような場面が来るのであれば、リスクパリティ戦略は破壊的なダメージを受ける可能性もあろう。

(2)債券の利回りが歴史的に低下し、またボラティリティも低下したことによって、リスクパリティ戦略を用いるファンドでレバレッジの活用が増えている点

リスクパリティ戦略を用いるポートフォリオは、債券のウェイトの高さとそのパフォーマンスに依存しがちである。同戦略はそもそもリスクの低い資産である債券の配分比率が高くなる傾向があるため、足元の低金利環境でかつ債券のボラティリティが低下している場合、レバレッジを活用しないとポートフォリオ全体のリスク水準が低くなることが多くなる。

ポートフォリオ全体の目標リスク水準を、たとえば年率標準偏差で10%とか12%とかに設定しているファンドなども多い。そのため、スワップや先物等を活用したレバレッジ取引を活用し、目標リスク水準まで高め、リターンの確保を目指す動きが強まることで債券買い圧力が増加する。

もちろん、レバレッジを活用するため、月間損失率を一定水準(フロア)以内に抑制するようなリスク管理基準を設けることも多い。ただリスク水準の調整は、資産の配分比率を維持したままレバレッジを調整することも多く、債券の急落に伴い、ポートフォリオのリスクが高まればレバレッジの解消を伴って債券の下落圧力を一段ともたらす可能性がある点には留意したい。

(3)リスクパリティ戦略においては、債券と株式が両方急落する局面になった場合に効果的に対応できる仕組みが弱い点

ボラティリティにおいては、上昇局面と異なり、下落局面や暴落する場合に急上昇する傾向があることが実証されている。株式のボラティリティが大きくなるとリスクパリティ戦略を活用するファンドが株式保有に対するリスクを低下させるため、一斉に売りを出すことになる。

株式市場が急落し、ボラティリティが上昇すると、リスクパリティ戦略ではリスクを均等にするためさらに株式を売却する。その行為がさらに株式市場のボラティリティを高め、リスクパリティ戦略からの一段の売り圧力が生じるといった負のスパイラルに陥る可能性がある。

そのような局面にありながら、上記の(1)(2)の要因がさらに伴うと、今までの良好なパフォーマンスを一気に吐き出してしまう可能性も排除できないだろう。金融危機などでも見られたように、パフォーマンスの低下を伴い、ファンドの解約が継続することで一段とリスクパリティ戦略のパフォーマンスを悪化させるスパイラルが働く可能性もあろう。

■まとめ

以上のようなリスクパリティ戦略の機械的なハーディング現象によるテールリスクに備え、インフレ連動債への資産配分を増加させる仕組みや、ハーディング、トレンドフォロー、その他のアノマリー戦略をリスクパリティ戦略に組み合わせてリスク管理を行おうとするヘッジファンドもある。

実際、このようなテールリスクの可能性やインパクトをどのように捉え、また備えとして、どのようなリスク管理手法を組み込んでいるのかを、デューデリジェンス(調査)で押さえておくことも重要だと考える。

中村 貴司

東海東京調査センター