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>>148

> 僅か19万石、一介の中堅サラリーマンが
> 豊臣会社の副社長たる、255万石徳川家康
> の大勢力に匹敵する勢力を糾合し、
> 「天下分け目の戦い」を企画、演出した。

石高で三成の「格」を測ると間違えてしまうと思います。
江戸時代権力を握ってたのは老中たちですが、石高は低いです。
ウィキペディアで確認したら、田沼意次5万7千石、松平定信11万石、
水野忠邦6万石でした。

一方100万石の前田や77万石の島津には幕政での権限はありません。
御三家ですらそうです。

豊臣政権でも同様で、私は「実力会長でCEO」の秀吉の下に、
「実務を仕切る社長・COO」の三成、「権威はあるが権限の無い副会長」家康、
というイメージで理解してます。これが秀吉存命中の構図です。

秀吉死後は遺言で「後を任された」ことで家康が権限を握り、
旧来の実力者である三成と対立、という経過だと思います。
東西両軍の数が拮抗してたのも、以上の文脈だと自然ですね。

「武士道」の話はまた改めて。
とても楽しい話題の数々、ありがとうございます^^
久しく忘れていた中学時代の自分なども思い出しました(笑)
良いお年を^^