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投稿コメント一覧 (5123コメント)

  • >>No. 148

    > 僅か19万石、一介の中堅サラリーマンが
    > 豊臣会社の副社長たる、255万石徳川家康
    > の大勢力に匹敵する勢力を糾合し、
    > 「天下分け目の戦い」を企画、演出した。

    石高で三成の「格」を測ると間違えてしまうと思います。
    江戸時代権力を握ってたのは老中たちですが、石高は低いです。
    ウィキペディアで確認したら、田沼意次5万7千石、松平定信11万石、
    水野忠邦6万石でした。

    一方100万石の前田や77万石の島津には幕政での権限はありません。
    御三家ですらそうです。

    豊臣政権でも同様で、私は「実力会長でCEO」の秀吉の下に、
    「実務を仕切る社長・COO」の三成、「権威はあるが権限の無い副会長」家康、
    というイメージで理解してます。これが秀吉存命中の構図です。

    秀吉死後は遺言で「後を任された」ことで家康が権限を握り、
    旧来の実力者である三成と対立、という経過だと思います。
    東西両軍の数が拮抗してたのも、以上の文脈だと自然ですね。

    「武士道」の話はまた改めて。
    とても楽しい話題の数々、ありがとうございます^^
    久しく忘れていた中学時代の自分なども思い出しました(笑)
    良いお年を^^

  • >>No. 147

    > 実は「関ケ原」という本が好きなのも
    >
    > 多分蕭何になぞらえなくても司馬さんは三成が好きだったと思います。

    > 石田三成も義に厚い爽やかな大人物であったことは、
    >関ヶ原の合戦の西軍に大谷吉継が参加していること(ハンセン病もしくは梅毒を
    >患っていた吉継の顔面からこぼれた膿の入ったお茶を、膿ごと茶を飲み干し、
    >美味しいので全部飲んでしまったからもう一杯茶を注いでほしい、と言った)。

    「関ヶ原」は全部読みました。
    そのエピソードは「三成説」と「秀吉説」があるようです。
    映像作品としては加藤剛主演の物が素晴らしいんですが、
    スカパーに入ってた時に録画してたのを、
    初期化する必要に迫られて失くしてしまいました。
    (秀吉:宇野重吉 家康:森重久彌 島左近:三船敏郎 大谷刑部:加藤幸治)

    三成の肖像画は如何にも腹黒そうで悪意がありますね(笑)
    (加藤剛を連想させるイケメン風のもありますが)
    一頃よく使われてた「でっぷり太った頭巾の物」は見なくなりましたね。

  • >>No. 140

    「翔ぶが如く」は読破出来てないもののひとつです。全巻持ってるんですが(笑)

  • >>No. 139

    Haydéeさん、こんばんは^^

    > 私の友人も大の長州ファンで中でも吉田敏麿とか久坂玄瑞の大ファンなので
    > 私が新選組も好きなんだけどと言うと大変怒ります。
    > 吉田敏麿は池田家の時池田屋でなく外で死んでいるのですが、
    > それでも怒ります(笑

    多分「長州の立場から書かれたフィクション」を
    そのまま史実だと思ってるんだと想像します。

    霊山歴史館で聞いたこんなやり取りを思い出します。
    小学生(多分低学年)の男の子「どっちが正義でどっちが悪なの?」
    お母さん「両方ともそれぞれの信念で戦ってたので、どちらとも言えない。」

  • >>No. 1094

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    先読み作戦指令室
    =アンジェス:例年、年末年始買いが有力な戦法、材料も多彩

    年末年始に拾い、年央に大きく利益確定できるリズムを繰り返してきたことから
    狙いたいタイミングが接近してきたといえそう。

    具体的には(1)大発会の株価(2)年央の高値を見ると、
    16年が(1)200円台、(2)943円(6月)、
    17年は200円台、884円(884円)、
    19年は300円台、1350円(3月)、
    20年は600円台、2492円(6月)と
    (1)に比べて(2)は3-4倍と大きく上げている。

    18年は(1)の600円台が高値と例外的な年となったものの、
    それでも1年3カ月後の19年3月に1350円と倍以上に化けている。

    21年の大発会も20年高値からの半値水準であり、
    安値ゾーンからのスタートとなる。
    しかも、21年も年央に高値を付ける可能性が高い。

    その理由は
    (1)第2/3相臨床試験中の新型コロナウイルス感染症向けDNAワクチン(2)米国で第1相臨床試験中の新型コロナウイルス感染症治療薬
    (3)米国で第2相臨床中の下肢潰瘍を有する慢性動脈閉塞症を対象とした
       HGF遺伝子治療薬「コラテジェン」
    (4)豪州で第1/2相臨床中の高血圧DNAワクチン
    ――などで今後、進展材料が出ることが予測できるからだ。

    2020/12/30 09:30
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  • >>No. 1091

    うんさん、こんばんは^^

    > 「チュンコ姉さん」こと、雀の「チュンちゃん」なんですが。
    > かれこれ、9年ほど前に屋根の雨どいから伝って落下していた所を保護した
    > ものですから..........。

    スズメの寿命がそんなに長いというのは驚きです。
    この先もずっと家族でいてくれたらいいですね。

    > 個別銘柄の分散投資、頑張ってください........。
    > 私も、バイオ三銃士(三重視:富士F、アンジェス、タカラB)で頑張ります(笑)

    直近ではやはりレノバや日立造船など、「クリーンエネルギー」関連銘柄が
    一番元気でした。今年最後の利確(30日)はレーザーテックでした。

    アンジェスはきのう「株式新聞」の記事を見つけました。
    長期でホールドし続ければ妙味がありそうです。

  • >>No. 1089

    Thanksさん、こんばんは^^
    今年1年ありがとうございました。

    臨死体験の続きですが、
    「まばゆい光に包まれ、全知全能の存在に出会う」とのこと
    浄土真宗の伝統的なビジョンに似てるな、と思いました。

    ちなみに母のお墓がある寺は東本願寺系列(真宗大谷派)ですが、
    大谷派は伝統的な教義からは離れつつあるようです。

    皆さん良いお年を。
    アダモさん、オニさんもお元気でありますように。

  • 139・140についてはまた改めて。では失礼します^^

  • 以前「関ヶ原」についてもコメントされましたが
    今晩9時からNHKBSで「ドキュメンタリー・ドラマ」をやるようですね。
    以前やってた「鳥羽伏見の戦い」の路線だと思いますが楽しみです。

    小早川秀秋は元々心理的には東軍だったのでは、と思います。
    というのは朝鮮戦役で処分(減封・転封)が下った後、
    それを元に戻したのは家康なので。で処分には三成が関わってるはずです。
    ただ毛利本家が西軍なので、当初はやむを得ず西軍についていた、
    ということだと思います。

    秀秋が布陣してた松尾山というのは、元々別の西軍部隊が居ました。
    それを「押しのけて」陣を布いたので、この時点でもはや裏切りの気配が濃厚、
    ですね。この想定外の行動の結果、三成は戦略の変更を迫られたようです。

    「秀秋は開戦早々西軍を裏切り、関ヶ原は午前中に決着がついた。」
    という説を唱えてる人が居ますね。(別府大学、白峰旬氏)
    この人の本は買いました。従来の定説というのは、
    時間が経ってから書かれた「創作混じりの史料」による所が大きい、
    とのことです。

  • >>No. 123

    > 寺田屋のすぐ近くに住んでいました。
    > 月桂冠や黄桜の酒造会社も近くに有って、観月橋も近くに有りました。

    「大学に通うため」というのを読んだような記憶が。
    いずれにしても、京都は住んでみたい街ですね。
    富裕層は別荘買ったりしてるみたいですね(笑)

    寺田屋はあの建物が「龍馬襲撃事件」の現場なのか、以前話題になりましたね。
    「現場の建物は今は空き地(庭)になってる、その隣の空間にあった。」
    という結論だったと思います。だとすると「柱の弾痕」はフェイク、
    ということになりますね(笑)

    > なんと壬生屯所も行きました(笑
    >
    > 関西出身なので西軍贔屓→討幕の味方と思われるかもしれませんが
    > 司馬遼太郎さんの「新選組血風録」も「燃えよ剣」も読んでいますし。
    >
    > 「新選組血風録」はDVDも持っています。

    私も「八木邸」行きました。近所の前川邸も公開して欲しいですね。
    司馬先生が「一番好きな作品は?」と聞かれて
    「うーん、2つ上げさせて欲しい。『燃えよ剣』と『空海の風景』。」
    と答えたそうです。半藤一利氏の証言だったと思います。

    > ただ単に土方役の栗塚旭さんがめっちゃハンサムってだけの理由でもないけど
    > どっちかっつうと。佐幕でも勤皇でも無い。
    > でも、外国の脅威から日本は守らないといけなかったしなあ?
    > って感覚ですね。

    私が土方・近藤・沖田、以外のメンバーの名前を覚えたのは、
    三谷幸喜版の大河ドラマです。
    栗塚旭さんは晩年、哲学の道沿いだったか、で喫茶店をやってましたね。
    とても「癖のある」空間でした(笑) 何かの取材で見た記憶があります。

  • >>No. 122

    > 私も龍馬の貿易会社は薩摩の子会社的な感じと思っていました。
    >
    > だから元々は薩摩の命令で動く貿易商なのに
    > 龍馬主導はおかしいと思っていたんですけど。

    薩摩は小松帯刀主導で西洋の船を買ってました。
    その頃勝海舟の海軍塾が閉鎖になったので、塾生たちの引き受けを海舟が
    薩摩に頼んだ。操船技術を持つ人材が欲しかった薩摩としては
    ウィン・ウィンの話だった、ということだと思います。
    結果として政治工作に龍馬を使えたのは、副産物かもしれませんね。

    先の「武器・米バーター取引」の件では、こんな記事を見つけました。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    1865年7月21日。長崎の薩摩藩邸に居た帯刀のもとに、
    亀山社中の近藤長次郎に伴われ、長州の伊藤俊輔と井上聞多がやってきます。
    用件は、「薩摩名義で武器や艦船を買いたい」というもの。
    長州は、幕府の目が厳しい長崎で武器の調達がままならなかったのです。
    一方、帯刀は、長州から「米」を贈ってもらうことを条件に、
    この申し出を引き受けます。
    龍馬を仲立ちとして薩摩と長州の関係が深まって行くのです。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    BSTBSの歴史番組のサイトからです。(「Theナンバー2」)

    近藤長次郎は龍馬の代理人なので、この件に龍馬が関わってたのは間違いない
    と思います。司馬文学ではこれが「龍馬の構想」になるわけですね。

  • >>No. 121

    Haydéeさん、こんにちは^^

    > 私は長州巡りをして、萩から長州藩の参勤交代の宿場町の防府も行きましたし、
    > 下関の砲台も見てきました。
    >
    > なので下関砲撃事件の時はイギリス,フランス,アメリカ,オランダの
    > 4国連合艦隊が下関の砲台を攻撃し、
    > 結果長州は圧倒的な列国の火力の前に壊滅するんですが、
    > それでも討幕の意志は曲げなかった。
    >
    > この意志の強さと薩摩の討幕の意志の強さには全くの温度差が有りますよね。

    吉田松陰とか高杉晋作・久坂玄瑞などの長州の人たちは、
    龍馬よりも前に私の中でヒーローでした。
    イスラム教徒がメッカに行きたい、というような気分で、
    「萩巡礼をしたい」、と思ってました。中一のお正月の頃の話です。
    除夜の鐘が鳴る頃、そういう思いの中で庭で竹刀を振ってました(笑)

    > なので下関砲撃事件の時はイギリス,フランス,アメリカ,オランダの
    > 4国連合艦隊が下関の砲台を攻撃し、
    > 結果長州は圧倒的な列国の火力の前に壊滅するんですが、
    > それでも討幕の意志は曲げなかった。
    >
    > この意志の強さと薩摩の討幕の意志の強さには全くの温度差が有りますよね。

    八・一八の政変や禁門の変では、薩摩は長州とぶつかる立場ですからね。
    ただその時点で長州の志向してたのが「討幕」なのかどうか、
    私にはよくわかりません。「攘夷」と「尊王・勤王」は間違いないと思いますが。
    (「攘夷」に関しては直接戦争した結果、無理だというのがわかりましたね。)

    少なくとも「武力で」幕府・徳川を討つ、という構想は幕末最後の段階、
    慶応3年以降の話だと思ってます。

  • >>No. 111

    > 長州が薩摩名義で武器を購入した史実は? 「竜馬がゆく」では龍馬が発案、
    >仲介して両者の軍事同盟のきっかけをつくったと。
    >
    > 発案は違います。長州の木戸孝允の回想録に
    >「薩摩の名義で武器を買わせてくれと龍馬に言った」とある。

    「竜馬がゆく」では薩長連合は龍馬の発案、犬猿の仲だった両者を結びつけるのに
    まずビジネス関係を構築する(武器と米をバーターする)ことを思いつく、
    となってます。この「龍馬バーター構想」は
    NHKの歴史教育番組でも出てました。(小学生向き「歴史にドキリ」)
    それほど浸透したフィクションなんですね(笑)

    引用された朝日記事、語ってるのは一坂太郎氏で、萩博物館の元学芸員。
    長州関係の歴史番組でよく見ます。

    海援隊の前身「亀山社中」というのは薩摩藩という大企業の子会社みたいな物だ
    というイメージです。龍馬はそのCEOで、ただし赤字企業だったと聞いてます。
    薩長連合の成立はその頃の話ですね。

    龍馬が暗殺された年に親会社が薩摩から土佐に変わって「海援隊」になりますが、
    その経緯については不勉強でよく知りません。

  • >>No. 111

    Haydéeさん、こんにちは^^

    「薩長同盟」の内容がわかる一次史料は、
    龍馬が裏書した木戸の手紙しかありません。

    ウィキペディアはその内容を以下の通りまとめています。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    上記の各条の具体的な内容は、主に第二次長州征伐に際し、
    薩摩が長州に対し物心両面の援助を約するものである。
    第一条では長州で戦争が始まった場合に薩摩が京都・大坂に出兵して
    幕府に圧力を加えること、第二条~第四条で戦争の帰趨如何に関わらず
    薩摩が長州の政治的復権のために朝廷工作を行うことを、それぞれ約束している。
    第五条では、薩摩が第一条により畿内に出兵して圧力を加えた上でも、
    橋会桑(一会桑政権)が朝廷を牛耳ったうえで薩摩側の要求を拒むようであれば、
    彼らとの軍事的対決に至る覚悟があることを長州に対し表明する内容
    となっている。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    「政治的・軍事的同盟」と言えると思いますが、
    この時点ではまだ、「両藩連合して討幕するぞ!」という内容ではありませんね。
    それは幕末ギリギリの段階のことです。

    でこの手紙ですが、その後テレビ見た高知・龍馬記念館の映像では
    「レプリカ」という文字が展示スペースにありました(笑)
    オリジナルは宮内庁書陵部が持ってます。
    宮内庁所蔵品でなければ「国宝」や「重要文化財」になってたと思います。

    京都観光を兼ねて三条・文化博物館の龍馬展を見に行きましたが、
    そこで見た物は本物だったと思います。

    写真はネットで一番鮮明な画像です。

  • >>No. 133

    sisさん、皆さん、こんにちは^^

    先ほどエムスリー利確しました。
    記憶では、先月半ばに個別の分散投資に戻ってから
    3度目ぐらいだと思います。

  • >>No. 580

    何人かメールを交わしてる人が居るんですが、
    その中の1人が、lalalaは「楽天を買ってみた」と取引画像付きで投稿し、
    翌日暴落したので投稿を消してしまった、と教えてくれました(笑)

  • >>No. 94

    > 龍馬がゆくは長すぎて途中で挫折しました。
    > 司馬さんが一番熱心に語りたかったことかもしれませんが
    > 私も龍馬は薩長連合まではやって無いと思っています。
    >
    > 龍馬はただの海運業の商人だったんじゃないですかね?

    Haydéeさん、こんにちは^^

    司馬先生は編集者に
    「薩長連合と大政奉還はフィクション抜きで、史実だけで行く。」
    と語ったそうです。(編集者証言)
    実際は別として、気持ちとしてはそうだったんだと思います。

    高知の龍馬記念館で木戸孝允の書簡に、
    龍馬が朱筆で裏書きした物が展示されています。
    私はその場で初めてそういう史料の存在を知り、
    連れの者の両肩を持って赤い部分の前に寄せ、
    「これ多分、ここで一番のお宝だと思う。」と言った記憶があります。

    それは木戸孝允が薩長でまとまった協定の内容を整理し、
    龍馬に宛てて、「これで間違いありませんか?あったら訂正して下さい。」
    という内容です。「間違いありません。」ということで、
    龍馬のサインがあります。盟約の中身がわかる唯一の史料とされています。

    現場に居たのは西郷・小松・木戸・龍馬です。
    そんな訳で、龍馬が薩長同盟成立に重要な役割を果たしたことは
    間違いありません。

    ただ「竜馬がゆく」(表記は「竜」)では
    「犬猿の仲の薩長をまとめる」という発想、がそもそも龍馬の物、
    になってたと記憶しますが、これはどうも違うようです。
    「西郷や小松の意図を実現するために奔走した」というのが真相のようです。

  • >>No. 576

    > ララーちゃんは過去に仕事が上手くいかず
    > 社会に対して強烈なコンプレックスを
    > 感じている類の人になります。
    > だから認めたくないんだと思います。
    > 若さゆえの過ちというやつを(*´Д`*)☆

    私も同じ印象を持ちました。
    要は「自己評価が限りなく低い」のだと思います。
    こういう人間は自分の間違いを認める事が出来ません。
    認めてしまうと、「元々低い評価がどん底まで下がる」
    と思ってしまうんですね。

    また「評価が下がるきっかけを作った人間」を
    いつまでも忘れる事が出来ません。
    なので「粘着浮遊霊」になってネット空間をさまよう訳ですね(笑)

  • >>No. 554

    >ララさんが遼さんとヒロキさんが嫌いな理由は何ですか?

    出発点は「日経レバETFスレッド」での論争です。

    遼「日銀は0.5%ルールでETFを買っている。」
    lalala「そんなルールは無い!」

    0.5%ルールというのは、
    「TOPIXが前場終値で0.5%以上マイナスになると、後場日銀が買って来る」
    というルールです。

    こんな物、始める前から勝敗は明らかです。
    で「完全に論破され、恥をかかされた。結果私を恨んでる。」
    こういう経過です(笑)

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