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源氏物語』は長大な物語であるため、いくつかの部分に分けて取り扱われている事例が多い。

二部構成説、三部構成説
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『白造紙』『紫明抄』あるいは『花鳥余情』といった古い時代の文献には、宇治十帖の巻数を「宇治一」「宇治二」というようにそれ以外の巻とは別立てで数えているものがあり、このころ、すでにこの部分をその他の部分とはわけて取り扱う考え方が存在したと見られる。

その後、『源氏物語』全体を光源氏を主人公にしている「幻」(「雲隠」)までの『光源氏物語』とそれ以降の『宇治大将物語』(または『薫大将物語』)の2つにわけて、「前編」「後編」(または「正編」(「本編」とも)「続編」)と呼ぶことは古くから行われてきた。

与謝野晶子は、それまでと同様に『源氏物語』全体を2つにわけたが、光源氏の成功・栄達を描くことが中心の陽の性格を持った「桐壺」から「藤裏葉」までを前半とし、源氏やその子孫たちの苦悩を描くことが中心の陰の性格を持った「若菜」から「夢浮橋」までを後半とする二分法を提唱した。

その後の何人かの学者はこの2つの二分法をともに評価し、玉上琢弥は第一部を「桐壺」から「藤裏葉」までの前半部と、「若菜」から「幻」までの後半部にわけ、池田亀鑑は、この2つを組み合わせて『源氏物語』を「桐壺」から「藤裏葉」までの第一部、「若菜」から「幻」までの第二部、「匂兵部卿」から「夢浮橋」までの第三部の3つに分ける三部構成説を唱えた。三部構成説はその後広く受け入れられるようになった。

このうち、第一部は武田宗俊によって成立論(いわゆる玉鬘系後記挿入説)と絡めて「紫上系」の諸巻と「玉鬘系」の諸巻に分けることが唱えられた。この区分は、武田の成立論に賛同する者はもちろん、成立論自体には賛同しない論者にもしばしば受け入れられて使われている。

第三部は、「匂兵部卿」から「竹河」までのいわゆる匂宮三帖と、「橋姫」から「夢浮橋」までの宇治十帖にわけられることが多い。

上記にもすでに一部出ているが、これらとは別に連続したいくつかの巻々をまとめて

帚木、空蝉、夕顔の三帖を帚木三帖
玉鬘、初音、胡蝶、蛍、常夏、篝火、野分、行幸、藤袴、真木柱の十帖を玉鬘十帖
匂兵部卿、紅梅、竹河の三帖を匂宮三帖
橋姫、椎本、総角、早蕨、宿木、東屋、浮舟、蜻蛉、手習、夢浮橋の十帖を宇治十帖
といった呼び方をすることもよく行われている。

巻々単位とは限らないが、「紫上物語」「明石物語」「玉鬘物語」「浮舟物語」など、特定の主要登場人物が活躍する部分をまとめて「○○物語」と呼ぶことがある。