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TSMC半導体工場が綱渡り状態、稼働停止ならクルマ産業は壊滅!

(湯之上 隆:技術経営コンサルタント、微細加工研究所所長)

■ 期待の台風2号は逸れてしまった

【本記事のグラフ】TSMCの分野別半導体の割合と出荷額。TSMCにおける車載半導体の割合は少ないが、クルマ産業はTSMCの半導体なしでは成り立たない。

 4月14日に発生し、18日には895hPa(ヘクトパスカル)に発達した猛烈な台風2号について、筆者は、「台湾に接近して大雨を降らせてくれ!」と願っていた。というのは、昨年(2020年)の少雨のために、台湾では水不足が深刻で、半導体の受託生産(ファンドリー)で世界シェア1位のTSMCの工場稼働が綱渡りの状態になっているからだ。

 ところが、筆者の願いは届かず、台風2号は日本の南の海上で進路を東に変えてしまい、25日に温帯低気圧に変わってしまった(図1)。したがって、台風2号による台湾の水不足解消の期待は潰(つい)えた。

 【本記事は多数の図版を掲載しています。配信先で図版が表示されていない場合は、JBpressのサイト(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65156)でご覧ください。】

■ 危機的状況のTSMC

 TSMCは1日で20万トン弱の水を使うという。そのTSMCの工場群がある台中市の水不足が特に深刻で、付近の主要なダム2つの貯水率は5%前後に低下していると伝えられている(日経新聞、4月28日)。

 この記事では、台湾当局の経済部(経済省)は、4月6日から給水制限を始め、企業に15%の節水を求めたと報じている。その上で、4月末までに公園など58カ所に井戸を設置し、1日6.5万トンの水を確保する緊急対策を開始した。さらに5月末までには30カ所に井戸を設置し、1日5万トンの水を確保する計画である。加えて、市内の一部では1週間のうち2日間は一般家庭に水を供給しない対応を決めたという。

 TSMCなどの半導体メーカー側も、給水車を使って貯水率が比較的高いダムから水を運び、工場を稼働させている。しかし、給水車1台が運べる水の量は20トンであるため、TSMCの工場稼働は綱渡りであり、危機的状況である。

 本稿では、もし、TSMCの工場稼働が止まったときのインパクトを論じたい。特に、今年に入って車載半導体不足が顕著になったクルマメーカーには、壊滅的な被害が出ることを指摘する。

■ もし、TSMCの工場稼働が止まったら? 

 米国半導体工業会(Semiconductor Industry Association、SIA)が「極端な仮説」と断ったうえで、「台湾の半導体受託生産会社が1年間生産を止めると、世界の電子産業は1年間で4900億ドル(約50兆円)の減収に見舞われる」という報告書を発表した(日経新聞、4月21日)。

 しかし、筆者は、SIAの「極端な仮説」による上記の減収予測は、過小評価ではないかと考えている。その根拠を述べたい。

 台湾には、ファンドリー(受託生産会社)の世界シェア1位のTSMC(55%)と3位のUMC(7%)がある(カッコ内は2020年のシェア)。このうち、TSMCは、世界最先端の微細化のトップランナーであり、現在は世界で唯一5nmの半導体を量産している(図2)。その最先端プロセスを求めて、世界中の設計専門の半導体メーカーのファブレスなどが、TSMCへの生産委託に殺到している(図3)。

 そのTSMCの半導体の出荷が1年間止まるわけである。パソコンやサーバー用のプロセッサ、スマートフォン用の各種半導体、様々な電機製品用半導体、そして、今年に入って供給不足が深刻化した車載半導体の供給が止まった場合の影響を考えなくてはならない。

 そこで、TSMCからの車載半導体の供給不足で、今年1月に何が起きたかを振り返ってみよう。

■ 2021年1月に起きた車載半導体不足の影響

 図4に、TSMCの分野別半導体の割合と出荷額を示す。出荷額の割合では、スマートフォン用が50%前後で最も大きく、次いでHigh Performance Computing(HPC)が30%以上になっている(図4A)。

 一方、TSMCにおける車載半導体の割合は、コロナ前の2020年第2四半期で、わずか4%しかない。それが同年第3四半期に2%に半減している。これが、クルマの減産を受けて、Infineon(インフィニオン)、NXP、ルネサスなど車載半導体メーカーがTSMCに半導体をキャンセルした影響である。そして、同年第4四半期に3%まで回復したが、あと1%が足りない。

 これを車載半導体の出荷額で見てみよう(図4B)。コロナ前の2020年第2四半期の出荷額は4.15億米ドルで、これが第3四半期に2.43億米ドルに落ち込み、第4四半期に3.80億米ドルまで回復した。しかし、コロナ前に比べると、3500万米ドル足りない。

 TSMCの半導体出荷額において、たった1%、出荷額にして3500万ドル足りないだけで、2021年1月末に日米独の各国政府が台湾政府に車載半導体の増産を要請する事態となった。

 この後、2月12日に米テキサス州に突然の寒波が襲来してInfineonとNXPの車載半導体工場が停電で止まった。また3月19日にルネサス那珂工場の300mmライン(N3棟)で火災が起き、車載半導体の生産が止まった。

 このように2月以降、車載半導体の供給不足は深刻化していくが、1月末には、まだ停電や火災の影響はない。にもかかわらず、日米独の政府が台湾政府に車載半導体の増産を要請する異常事態となったわけだ。

■ 40nm以降の車載半導体はTSMCに集中する

 Infineon、NXP、ルネサスなどの車載半導体メーカーは、自分でも半導体工場を持っているが、40nm以降の先端プロセスは、全てTSMCに生産委託している(図5)。そして、このように自社ではレガシーしか製造せず、先端品を外部委託する半導体メーカーを「ファブライト(Fab Light)」と呼んでいる。

 車載半導体メーカーが軒並みファブライトになったため、クルマ産業界では、図5に示すような構造がグローバルに形成されている。トヨタ自動車などの完成車メーカーは、1次下請け(テイア1)のデンソーなどを経由して、車載半導体をルネサスなどに発注する。

 そして、ルネサスなどの車載半導体メーカーは40nmよりレガシーなものは自社でも作るが、40nm以降は全てTSMCに生産委託する。したがって、世界の完成車メーカーが必要とする40nm以降の先端半導体は、TSMCに集中している。

■ TSMCの半導体工場が止まった時のインパクト

 このような状況の中で、2020年第4四半期に、TSMCの出荷額に占める車載半導体の割合が1%足りず、3500万ドル不足しただけで、日米独の政府が動かなくてはならない異常事態となった。

 前述のSIAの「極端な仮説」では、台湾のファンドリーの半導体生産が1年間止まったら、1年間で4900億ドル(約50兆円)の減収になると結論した。

 しかし、世界のクルマ産業は、1年間の売上高が400兆円規模である。そして、クルマは2~3万点の部品から構成されており、部品が1個足りないだけでも完成車はつくれない。

 もし、TSMCの生産が1年間止まったら、世界の完成車メーカーは40nm以降の先端プロセスで製造された半導体を入手できなくなる。したがって、TSMCの半導体工場が1年間止まった場合、クルマ産業の400兆円が吹き飛ぶことになる。SIAは「約50兆円の減収」と試算したが、1桁金額が小さいと言わざるを得ない。

■ 車載半導体市場に占めるTSMCの割合

 図6に、2018~2020年の世界半導体市場における分野別の出荷額を示す。最も規模が大きいのは、コンピューターとコミュニケーション(スマートフォン等の通信)用の半導体である。一方、車載半導体は、概ね500億ドル強の市場である。2020年の世界半導体市場は4403億ドルだったから、車載半導体市場が世界に占める割合は11.4%である。

 この500億ドル強の車載半導体市場において、TSMCの出荷額は、2018年が16.9億ドル、2019年が15.3億ドル、コロナで出荷額が減少した2020年が14.5億ドルだった。ここから、世界の車載半導体市場に占めるTSMCの出荷額の割合は、2018年が3.1%、2019年が3.0%、2020年が2.9%と計算される。要するに、世界半導体市場に占めるTSMCの出荷額の割合は僅か3%程度なのだ。

 もっとも、TSMCはウエハにチップを製造する前工程だけを行っており、後工程はOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)と呼ぶアッセンブリメーカーが行っている。そして、前工程でつくられたチップが後工程を経てパッケージされると、おおよそ1.8倍の価格になる。

 したがって、TSMCが製造する車載半導体は、後工程を考慮すれば、3%×1.8=5.4%になる。しかし、それでも、たったの5.4%である。そして、この5.4%の一部が不足しただけで、日米独の政府がお出ましになるくらい、世界のクルマメーカーは困窮するのである。

  • >>288

    ■ CASEの時代のTSMCの存在感とは

     クルマ産業は現在、100年に一度といわれる「CASE (Connected、Autonomous/Automated、Shared、Electric)」の大変革期を迎えている。ここで、“C”には5G通信半導体が、“A”には自動運転用の人工知能(AI)半導体が必要となる。そして、5G通信半導体もAI半導体も、7~5nmの最先端プロセスが必要不可欠である。

     TSMCが関係する車載半導体の5.4%のボリュームゾーンは、40nmおよび28nmかもしれない。このレベルの半導体は、同じ台湾のUMCや中国のSMICでも製造することができる。

     しかし、CASEの時代に必要な5G通信半導体とAI半導体は、今のところ、世界で唯一TSMCしか製造することができない。したがって、CASEの時代に、各国のクルマメーカーは、TSMCの存在無くして、コネクテッドされた自動運転車をつくることができないのである。

     そのTSMCの半導体工場の稼働が、昨年来の水不足のために綱渡りの危機的状態となっている。世界のクルマ産業やエレクトロニクス産業が壊滅しないためにも、「台湾に雨が降れ!」という雨乞いが必要であろう。

    湯之上 隆