ここから本文です
投稿一覧に戻る

呼吸困難の掲示板

「トランプ逮捕」はあるか、財務記録入手で不正疑惑捜査は核心に

● ハードディスクの入手で トランプへの捜査は核心へ

 逮捕され刑務所に送られるのか。それともお得意のウソとハッタリでまたも法の網を潜り抜けるのか。司法当局によるドナルド・トランプ前米大統領に対する捜査が核心に迫りつつある。

 吹雪の中、ニューヨーク郊外の会計事務所を訪れた地方検事補佐と2人の捜査官は「ある物」を受け取ると急いでマンハッタン南端に立つ古びた州庁舎へ車を走らせた。2月末のことである。

 「ある物」とは、トランプの過去8年分の納税記録など財務資料が記録されたハードディスクだ。脱税や保険詐欺、業務記録の改ざんなど前大統領の犯罪を裏付ける重要な証拠である。

 地元メディアの報道によると、そのハードディスクは州庁舎の特別な部屋に保管されている。入口は頑丈な二重の金属ドアで、内部の壁や天井には銅箔が張られているという。外部からリモートでデジタル情報にアクセスさせないためだ。そんな厳重な警戒ぶりからみても、資料の中には「大統領の犯罪」を立証する決め手が含まれていることは間違いないだろう。

 トランプは在任中、大統領の免責特権を盾に背任、共謀、職権乱用、司法妨害、脱税、詐欺などさまざまな疑惑の追及を逃れてきた。歴代大統領が慣例として行ってきた納税申告書の公開も、「政治的な魔女狩りだ!」と叫んで拒否し続けた。

 しかし、今や「ただの一市民」となったトランプに免責特権はない。最高裁は2月22日、ニューヨーク州マンハッタン地区主席検事サイラス・ヴァンスの要請を認め、前大統領に財務資料の提出を命令した。さすがのトランプもこれには逆らえない。判決からわずか数時間後、膨大な資料が収められたハードディスクがトランプの会計事務所から司直の手に渡った。

 この資料を基に検察が起訴すれば、内容が一般にも公開される可能性がある。場合によってはトランプ自身が法廷で証言を求められるかもしれない。そうなれば見ものだ。

● 脱税と不正税申告を 集中的に捜査

 ニューヨーク州検察が集中的に捜査しているのは脱税と不正税申告だ。そのため州検察は捜査チームにFTIコンサルティングというフォレンジック会計の専門家を雇った。フォレンジック会計は訴訟会計とも呼ばれ、会計上の違法行為を見つけて裁判に耐えうるデータを集める作業のことだ。トランプの不明朗な金の流れを精査するのが目的だが、捜査の中立性を担保する狙いもある。

 それだけではない。ニューヨーク・マフィア5大ファミリーのひとつ、ガンビーノ一家のボスの息子を有罪にしたことで有名な元連邦検察官マーク・ポメランツも捜査チームに加わっている。マフィアの巧妙な脱税手口を知り尽くしたベテランだ。

 「彼らは本気だ。すでに確証に近いものを手に入れ、その仕上げにかかっているようだ」と、トランプ大統領上級顧問だったケリーアン・コンウェイの夫で反トランプ弁護士のジョージ・コンウェイは地元誌のインタビューで語っている。

 トランプの財務記録を巡っては、すでに米ニューヨーク・タイムズ紙が独自入手した資料を基にスッパ抜いている。例えば、富豪のはずのトランプが大統領選以前の15年間のうち10年間にわたり連邦所得税を納めなくて済んだカラクリや、勝利が決まった2016年の納税額がたったの750ドル(約8万円)だったことなどだ。

 そもそもトランプの犯罪捜査は2018年までさかのぼる。当初は2016年の大統領選挙中にポルノ女優とのセックススキャンダルをもみ消すために数十万ドルの口止め料を支払ったことが公職選挙法違反に当たるというものだった。しかしその後、捜査はトランプ個人の不正疑惑だけでなく一族が経営するトランプ・オーガニゼーションを巻き込んだ粉飾決算、詐欺、背任などに広がっていった。

 すでに元顧問弁護士でトランプの忠実な「ピットブル(闘犬)」と呼ばれたマイケル・コーエンが司法取引に応じて有罪を認め、脱税と選挙資金法違反で禁固3年の有罪判決を受けている。ボスに見捨てられた恨みは深い。「あいつ(トランプ)はずるいウソつき、詐欺師だ」と議会証言で前大統領をこき下ろし、今も捜査に協力している。

 新司法長官メリック・ガーランド(民主党)が許可すれば、検察は年内にもトランプを複数の容疑で刑事告発できるとヴァンス主席検事は自信を深めているという。

● 検察の切り札は 金庫番との司法取引

 しかし法律専門家の間では、前大統領の刑事告発はそう簡単ではないという指摘がある。なぜなら裁判では、トランプに「合理的疑いの余地のない」明確な犯罪の意図があったことを陪審に証明しなくてはならないからだ。そのためには財務資料とともに決め手となる関係者の証言が欠かせない。

 すでに検察はトランプ一族と関係の深いドイツ銀行従業員など関係者多数に聞き取りを行った模様だが、油断は禁物だ。実業家時代にトランプは4000件近くの訴訟を抱えたが、いずれも狡猾な手段を使って切り抜けているからだ。

 じつはトランプの側にはマフィアの守護神といわれた悪徳弁護士ロイ・コーンが常についていた。ウソとハッタリで敵を容赦なくたたきつぶす者が最後に勝者となるという処世訓をトランプにたたき込んだのもこの男だった。

 コーンはすでにこの世を去っているが、トランプは彼から犯罪の痕跡を残さない術を学んでいる。例えば、自分の机にはコンピューターを置かず個人的電子メールアドレスも持たない。メッセージは側近に書かせる。不正行為を指示するときには言質を取られないよう曖昧な言葉を使って自分の意図を部下に忖度(そんたく)させる。悪徳政治家やヤクザの常とう手段だ。いざとなったら知らんふりをして責任を他人になすりつけることができる。

 そんな悪賢い前大統領に対して、検察の切り札は長年トランプ一族の忠実な金庫番を務め誰よりも黒い金の流れを知る最高財務責任者のアレン・ワイゼルバーグ(73歳)だ。もしワイゼルバーグがコーエン受刑者と同じように司法取引に応じて証言すれば、トランプは窮地に追い込まれるだろう。

 前大統領のめいで自著でトランプ一家の暗部を暴露したメアリー・トランプはこう言ってはばからない。

 「すべての死体(犯罪の証拠)がどこに埋められているかはワイゼルバーグが知っています」

● 平静を装うトランプだが 無傷の逃げ切りは困難

 それではトランプ本人は何をしているのだろうか。知人で米ニュース誌記者のビル・パウエルによると、フェイスブックやツイッターから排除されて発信力を失った前大統領は平静を装ってフロリダの高級リゾートでゴルフ三昧の日々を過ごしているそうだ。

 しかし、誇大妄想で偏執狂のトランプがそうたやすく引き下がるわけがない。パームビーチに「The Office of the Former President(元大統領のオフィス)」という珍妙な名前の事務所を開設し、陣営の上級顧問ジェイソン・ミラーや元主席戦略官だったスティーブ・バノンたちと共和党乗っ取りをひそかに画策しているという。いまだにトランプを恐れる大多数の共和党議員を利用して白人至上主義とアメリカファーストを推し進めようというのだ。

  • >>300

     トランプの政治資金団体である「Save America(アメリカを救え)」はすでに約8000万ドルもの寄付金を集めており、来年の中間選挙でトランプに忠誠を誓う共和党候補につぎ込む手はずだ。

     弾劾裁判でトランプに反旗を翻した共和党議員への仕返しも忘れていない。「復讐リスト」には、下院共和党ナンバー3のリズ・チェイニー下院議員を含む10人以上の共和党議員の名前がズラリと並んでいる。どんな汚い手を使っても彼らを落選させるつもりだ。

     とにかくトランプは蛇のように執念深い。実業家時代に黒い組織の人脈から2つのおきてを学んでいるからだ。ひとつは「やられたら容赦なくやり返せ」。もうひとつは「ボスを裏切ったヤツを絶対に許さない」である。

     そんな負けず嫌いのトランプも今度ばかりは無傷で逃げ切るのは難しいだろう。検察側が時間をかけて周到に物的証拠や証言を積み重ねてきているからだ。

     コロナ感染対策と経済再建で手いっぱいのバイデン大統領はトランプ起訴には消極的だ。だが、これほどまでに悪質な「大統領の犯罪」を見逃せば、民主主義の根幹である法の支配を揺るがすことになりかねない。不安の声が法曹界や民主党支持者の間で高まっている。

     アメリカ社会を分断し世界秩序を混乱させたトランプ前大統領は、果たしてどのように裁かれるのか。重厚なローマ様式のニューヨーク郡裁判所ビルの正面を見上げると、初代大統領ジョージ・ワシントンの次のような碑文が刻まれている。

     「真の司法権は良識ある政府の最も強固な柱である」