投稿一覧に戻る ネット小説大賞 ヤフー株板編の掲示板 22 中小路昌宏 2022年6月21日 15:58 けものたち 三 洋一は風景画を描くことを趣味としていた。会社を立ち上げてからは忙しくてゆっくり絵を描く時間は無くなっていたが、福井へ来てからは暇があるとスケッチブックを持って出かけるか、自宅でキャンバスに向かう毎日であった。 康介がときどきヨーロッパ方面へ仕入れに出かけているのを知って、洋一も時にはスケッチブック持参で同行するようになっていた。康介がイタリアの田舎町で裏通りを歩くとき、洋一も一緒について行って街角でスケッチをするか、または一人で海岸へ向かってイーゼルを立てるときもあった。 そうして描いた絵が増えすぎてしまって困っているのを見た山田康介が、 「売れるかどうか分からないがうちの店に飾って見ないか」 と言ってくれたので、 「それはありがたい。値段はいくらでもいいので置いてみてくれないか」 と言って四号から十二号までの油絵を数点、預けることにした。 いくらでもいい、とは言っても書くのに要した時間や画材の代金など考えると、最低でも五万円~二十万円ぐらいの値をつける必要があると康介は考えて加奈子に値付けと飾り付けを頼んだ。 特に絵の詳しい人でなくても、丁寧に描いた美しい風景画は見ていて心を豊かにしてくれるものである。何度も訪れてじっくり見て、買っていく人が一人、二人と出てきた。加奈子もそういう客との会話を楽しんでいるようだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ あるとき、加奈子が、店先で客と話しているのを見た洋一はメモ帳にサッとスケッチを描いて持ち帰り、キャンバスにそれを再現して見た。洋一がこれまで書いたのは、ほとんど風景画ばかりで、人物画としては学生時代に仲間数人とモデルを雇って描いたとき以来だった。しかし、この時の加奈子の絵は我ながらなかなか良い出来だと思ったので、きれいに仕上げて加奈子にプレゼントすることを思いついた。 しかし仕上げるためには、やはり前に座って微細な色合いなど最後の調整が必要だったので、夕食を招待しがてら、山田夫婦を呼んで加奈子に見てもらうことにした。 「わあ、素敵!これが私?」 加奈子は大喜びだった。その日は三十分ほど、さらに翌日、お天気も良かったので加奈子に来てもらい、ベランダを開け放ち、太陽光の下で最後の色の調整をした。 出来上がった絵を受け取って、お金を払うと言っても、勿論、洋一が受け取る筈はない。何かの形でお返しをするという事にして早速それを店の奥の応接セットのうしろに掛けた。何度も何度もそれを見ては楽しんでいた。 売り物では無いので値段はつけてなかったが、モデルがその店の奥さんだという事は一目で分かるので、常連の中には、 「この絵を分けてくれないか、」 という人が出てきた。 「それは出来ないわ。いくらお金を積まれてもそれは無理よ」 「これは私の宝物だもの」 「でもよかったら絵描きさんを紹介するわ。だから誰かモデルさんを決めて描いてもらいなさいね」 「いや、この、奥さんを描いた絵が欲しいのだが、もう一度、モデルになってはもらえないかね」 「やだわ。若い子ならいいけど、こんなおばさんなんかをモデルにしてどうするの?」 「まあ、そう言わずに頼むよ。この絵のような落ち着いた雰囲気は若い子では出せないと思うのだが・・・」 「それはともかく、その絵描きさんはいつ紹介してもらえるかな?」 返信する そう思う4 そう思わない0 開く お気に入りユーザーに登録する 無視ユーザーに登録する 違反報告する ツイート 投稿一覧に戻る
中小路昌宏 2022年6月21日 15:58
けものたち
三
洋一は風景画を描くことを趣味としていた。会社を立ち上げてからは忙しくてゆっくり絵を描く時間は無くなっていたが、福井へ来てからは暇があるとスケッチブックを持って出かけるか、自宅でキャンバスに向かう毎日であった。
康介がときどきヨーロッパ方面へ仕入れに出かけているのを知って、洋一も時にはスケッチブック持参で同行するようになっていた。康介がイタリアの田舎町で裏通りを歩くとき、洋一も一緒について行って街角でスケッチをするか、または一人で海岸へ向かってイーゼルを立てるときもあった。
そうして描いた絵が増えすぎてしまって困っているのを見た山田康介が、
「売れるかどうか分からないがうちの店に飾って見ないか」
と言ってくれたので、
「それはありがたい。値段はいくらでもいいので置いてみてくれないか」
と言って四号から十二号までの油絵を数点、預けることにした。
いくらでもいい、とは言っても書くのに要した時間や画材の代金など考えると、最低でも五万円~二十万円ぐらいの値をつける必要があると康介は考えて加奈子に値付けと飾り付けを頼んだ。
特に絵の詳しい人でなくても、丁寧に描いた美しい風景画は見ていて心を豊かにしてくれるものである。何度も訪れてじっくり見て、買っていく人が一人、二人と出てきた。加奈子もそういう客との会話を楽しんでいるようだった。
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あるとき、加奈子が、店先で客と話しているのを見た洋一はメモ帳にサッとスケッチを描いて持ち帰り、キャンバスにそれを再現して見た。洋一がこれまで書いたのは、ほとんど風景画ばかりで、人物画としては学生時代に仲間数人とモデルを雇って描いたとき以来だった。しかし、この時の加奈子の絵は我ながらなかなか良い出来だと思ったので、きれいに仕上げて加奈子にプレゼントすることを思いついた。
しかし仕上げるためには、やはり前に座って微細な色合いなど最後の調整が必要だったので、夕食を招待しがてら、山田夫婦を呼んで加奈子に見てもらうことにした。
「わあ、素敵!これが私?」
加奈子は大喜びだった。その日は三十分ほど、さらに翌日、お天気も良かったので加奈子に来てもらい、ベランダを開け放ち、太陽光の下で最後の色の調整をした。
出来上がった絵を受け取って、お金を払うと言っても、勿論、洋一が受け取る筈はない。何かの形でお返しをするという事にして早速それを店の奥の応接セットのうしろに掛けた。何度も何度もそれを見ては楽しんでいた。
売り物では無いので値段はつけてなかったが、モデルがその店の奥さんだという事は一目で分かるので、常連の中には、
「この絵を分けてくれないか、」
という人が出てきた。
「それは出来ないわ。いくらお金を積まれてもそれは無理よ」
「これは私の宝物だもの」
「でもよかったら絵描きさんを紹介するわ。だから誰かモデルさんを決めて描いてもらいなさいね」
「いや、この、奥さんを描いた絵が欲しいのだが、もう一度、モデルになってはもらえないかね」
「やだわ。若い子ならいいけど、こんなおばさんなんかをモデルにしてどうするの?」
「まあ、そう言わずに頼むよ。この絵のような落ち着いた雰囲気は若い子では出せないと思うのだが・・・」
「それはともかく、その絵描きさんはいつ紹介してもらえるかな?」