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ネット小説大賞 ヤフー株板編
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ネット小説大賞 ヤフー株板編の掲示板

 二
 洋一たちの福井での毎日は朝の散歩から始まる。東京にいた時は毎日仕事で出歩いていたので、わざわざ散歩に出掛けなくても運動不足になることはなかったが、こちらではそうはいかない。大雨や台風など、よほどの悪天候でない限り、いつも夜明けと同時に二人で家を出て、三十分か一時間ぐらい歩いて、帰ってから朝食を摂るのであった。
 車で通り過ぎるだけでは分からない裏通りの小さな店や 、住んでいる人の人柄が偲ばれるような、個性のある新築の家など見て歩いていると楽しく、今日はどの辺りを歩こうかと迷うのも、東京で仕事に追われていた時には味わうことが出来なかった楽しみである。
 そうしたある日、時々出会う、ラブラドールを連れた中年男性から声をかけられた。いつもは、
 「こんにちわ」とか
 「お早うございます」
 とだけ言って通り過ぎるのだが、その日は、
 「最近よく見かけますが、昔からこの辺りにお住まいなのですか?」
と聞かれ、
 「いや、3月ほど前に引っ越して来たばかりです」
 と答え、それからは会うたびに少しずつ会話も増えてきて、山田康介という、その人と出会うのが楽しみになって来た。
 ある時、女性が連れて歩いている犬が、半田夫婦を見て尻尾を振って近づいて来たので、その人が山田康介の妻の加奈子だとわかり、加奈子とも声をかけ会うようになった。旦那が不在の日には加奈子が犬の散歩をしているのである。聞いて見ると康介も、妻の加奈子も四十三歳と四十一歳で洋一たち夫婦と同じ歳だとわかった。
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 山田康介はヨーロッパのアンティーク小物を収集し、販売するのを仕事としている。以前は繊維製品のブローカーだったのだが、趣味で海外旅行に出かけた時、イタリアの田舎の町の裏通りで売っていた古い生活雑貨が気に入って、少しずつ買って帰るうちに、それが貯まってきたので店に並べておいたら、それを欲しいというお客さんが現れて、そういう人がだんだん増えてきて、繊維の仕事が少なくなって来るのとは反対に、今ではそれが本業のようになってしまったのである。
 そして今では趣味と仕事を兼ねてヨーロッパ各地にある、そういったアンティーク小物の商社を訪ね歩く仕入れの旅に、二~三か月に一度は出かけるようになっていた。
 康介の店は半田家のマンションから五百メートルほどのところで、住宅地を背にした、かなり広い通りにあったが、走る車は少なく、雑貨店やイタリアンレストランなどが点在する静かな落ちついた雰囲気の街だった。康介の店もそうした街によく似合った構えで、食事帰りに、新しい商品が入ったかと立ち寄る馴染みの客も多かった。
 さほど儲かる仕事ではないが他に繊維商時代に建てたアパートの家賃収入もあり、生活は安定していた。
 妻の加奈子も以前は一緒によく旅行に行っていたのだが、店の客が増えてきたのと、犬も飼っているので、今ではほとんど康介一人が仕入れの旅に出掛けるようになっていた。
 加奈子は好奇心の強い、何事も積極的な、そして思いっきりの良い、活発な女性だった。店で留守番しているだけの生活には飽き飽きしていたので、半田夫婦と仲良くなるにつれ、閉店後に彼らを店の奥の自宅に招いて、中庭でバーベキューをしたり、半田家のマンションを訪ねて、洋一の描いた絵や、昭子の活けた花を見て、お茶を頂いて、おしゃべりをするのを楽しむようになった。昭子から誘いがあるといつも康介を追い立てるようにして出かけるようになっていた。康介が旅行中のときは加奈子一人でも自宅に半田夫婦を呼んだり、半田家のマンションにふらりと立ち寄ることが多くなっていった。
 半田夫婦としても福井には特に知り合いもいなかったし、気の合う山田夫婦との付き合いは楽しかったので、加奈子の誘いには喜んで付き合ったし、康介が旅行中で、加奈子一人だけの時には毎日でも家に食事に招いたりする事もあった。昭子は料理も得意だったので、加奈子の訪問が続いても気にならないどころか、来ないと寂しく思うことさえあった。
 両家は親友というより、次第に家族のような付き合いをするようになっていった。