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やさしい株の談話室の掲示板

みなさま、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨年末年賀状はもちろん両面印刷で、ほんのちょっとだけ、
自筆で今年への思いを添えました。

平穏な日常が大切なことを思い知りました。
日々を大切にすごせますように。
お元気で楽しくお過ごしください。

何故か心からそう願って書き記して、迎えた新年。
その初日から「何気ない毎日」を望めない イレギュラー過ぎる現実が待っていました。
とはいえ、自然のなせる業なので、いくら防ぎたくても来るものは来ました。

まだ一日ちょっとしか時間が経っていませんが、何日も辛抱してきたみたいな心地です。
幸い、拙宅の居住しているところは震度5強とはいえ、電気ガス水道の供給は変わりなく、ちょっと肩身が狭いほどですが、棚から本一冊落ちていません。グラスやお皿、人形も微動だにせず、つまり、被害はほぼなし、でした。それどころか、年末に床の間とかちょっとした棚の上に活けたお正月花10数か所、どこも落ちずに壊れずに、活けたままです。お正月向けのお供え餅の上のみかんと干し柿が落ちていました。
それでも昨夜は、余震、能登では5強から6くらい、当地では4くらいのが頻繁におこりましたので、恐怖で当然ながら眠ることはできませんでした。
今夜も余震の繰り返しは避けられません。熊本地震がそうであったように、もしかして、もっと大きいのがいつ来ても仕方ない、そう思うと身が縮まります。なるべくこのまま収束していってほしい。。。
暫くの間は、寝るときも洋服を着たままで、と思っています。

実際は被害らしきものにもあわなかったことを喜ばないと、皆さまにも報告しておかないと、と登場しました。
そうそう、庭の灯篭が倒れました。そこに誰もいなかったですし、倒れたために家のどこかを損傷したわけでもありません。確実に揺れた、大きく横揺れした、家がこのままつぶれ落ちるのでは、と思うほどでしたこと、忘れられません。
あっ、今も小ぶりの余震です。震源地の石川県志賀町で震度3、この町は原発問題でもともと不安材料の的になっているところ。その分、誠実にしっかり調査追跡して、次代に役立たせてほしいです。輪島市、珠洲市の被害が実態が悲惨過ぎて、言葉になりません。もう少し落ち着きましたら何か自分にできることがあったら、しなければいけない、と考える夜更けです。
元気に過ごしていますのでそれだけお伝えしました。

皆さまのお声がけ、心に染み入りました。ありがとうございます。

  • >>2334

    2時、2時半と珠洲が震源地で5+のがありました。当地では3です。津波の心配もなしとのこと。能登では、1,2分おきに震度2とか3の地震が発生しているとNHK金沢局の方が言っていました。
    ソファに座っていても食卓についていても、お雑煮を仕込むため、レンジの前にたっていても、いつも身体のどこかがふわふわと揺れる感じがしてしまいます。PTSDなんて言ったら、本当にご苦労されている被災者の方々に申し訳ないのですが、極限の恐怖を身体に覚えたら、なかなか消えないものですね。
    何とか少しでも身体を休めないと、と思うものの、耳の奥にがたがた、と地震発生直前の不気味な音までしてきて寝つけません。
    おひとり暮らしのお年寄りを思うと甘い私です。

    珠洲市長さんが、4,5千人の市民は最早、自宅に戻って生活できない状態と仰っていました。平均年齢の高い独居老人が多い地方です。避難所で不足している必要物資を調達、届けることを真剣に考えないといけないのですが、道路の隆起、寸断、土砂崩れのために陸の孤島化している実情。
    自分の恐怖より、より困った人たちのために動かないと、と考えては焦ります。

    昨夜の飛行機事故のうち海上保安庁のは、救援のため、能登に向けてだったのですね。
    ますます暗澹たる思いです。命がけで働いてくださったのに敢無く、、、

    遅くに度々ごめんなさい。独り言です。
    能登の方々のために祈ります。