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終わりなき旅
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終わりなき旅の掲示板

『言葉より語るもの②』し〜も

 子供の頃のある日、テレビで海外の衝撃映像を特集した番組を観ていた。
詳しい記憶は曖昧だが、たしかだいぶ昔にアメリカで起きた、飛行機事故の映像だった。

 真冬の寒い湖か川に、飛行機が墜落して外へ投げ出され、幸いにも命が助かった人達を、空中に待機するヘリコプターが救助していた。
凍るような水に浮かんで、必死にもがいている人へ向かって、救助隊員が浮き輪を降ろし、つかまらせて一人一人引き上げていた。

 そして、カメラには1人の中年の男性が映った。
彼は自分の近くに降ろされた浮き輪につかまろうとしていた。
だが、そのすぐ横にもう一人、今にも溺れそうな女性がいた。
彼は、自分がつかまりかけたその浮き輪を、必死にもがく女性のほうへ譲るように押した。
女性は咄嗟にそれにしがみついた。
それを見た後、男性は力尽きたように、冷たい水の中へ沈んでしまった。

 その一部始終が淡々と映されていく映像を観た時、俺は何とも言いようのないショックを受けた。
大人であれば、それも冷静に受け止められるものだったかもしれない。
決して綺麗事としてではなく、自分には無理だけどと受け流しつつ、その男性の美談を讃えたり、逆に助けられた女性がその後、いたたまれない気持ちになるだろう、という事なども想像がつく。

 だがその時の俺は、ただ言葉に出来ない衝撃で心がいっぱいだった。
その日は食事をする気も失せて一人で部屋に籠り、何かを考えようとした。
何をどう考えていいのか、頭と心の整理もつかない。
ただ、あのような最期を迎える人がいる一方で、自分はここで何も考えずに、我儘を言って日々を過ごしているだけのガキのままでいいのだろうか、という思いばかりが強かった。

 あれから長い年月が過ぎて、あの時自分が心に受けた衝撃が何だったのか、今は何となくわかる。
そして子供なりに、言葉より語る何かを、生きるのに大事な何かを、幼い心に感じたのは確かだという事も。

 今でも時々、あの光景をふと思い出す。
その時の気持ちを、その後の人生に充分生かしてきたとは言えない、今の自分への苦い思いと共に…。