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終わりなき旅
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終わりなき旅の掲示板

『言葉より語るもの①』し〜も

 子供の頃のある日、友達の家に遊びに行くと、兄妹げんかの真っ最中だったことがあった。
きっかけは、兄(友達)の持っていたゲームで、妹も遊びたくて取り合う、という幼い頃にはよくある、ささいな事だった。

 兄が『ダメ!』と言って妹からゲームを取り上げると、妹は泣き出した。
『べーっ!』と変な顔をされ、妹はなおさら大声で泣いた。

 しばらくすると、お母さんが来て、苦笑いしながら静かに兄をたしなめた後、
『ほら、もう仲直りしようね。どうするんだっけ?』と、優しく言った。

 兄はしばらく黙っていたが、やがて泣いている妹に近寄ると、抱き寄せて頭を撫でた。
初めはイヤイヤをしていた妹が、やがて兄にしがみついてエンエン泣き出した。
兄は妹の頭を撫でながら『ごめんね、ごめんね、遊んでいいよ』と言っていた。
そうして妹が泣き止むと、お母さんは兄を呼んでそっと抱きしめた。

 それを見ていた俺は、自分が知らなかった友の優しい姿に驚くと共に、何故か涙がこぼれそうになった。
人前で泣くのが恥ずかしくて我慢していたが、お母さんがそんな俺を見て『ごめんなさいね…』と言って頭を撫でてくれた途端、涙が溢れて止まらなくなった。
『何泣いてんだよ』と友にからかわれ、自分でも訳がわからないまま、俺は泣いた。

 あれから長い年月が過ぎて、あの時自分が泣いた理由が、今は何となくわかる。
そして子供なりに、言葉より語る何かを、生きるのに大事な何かを、幼い心に感じたのは確かだという事も。

 今でも時々、あの光景をふと思い出す。
その時の気持ちを、その後の人生に充分生かしてきたとは言えない、今の自分への苦い思いと共に…。