ここから本文です
雑談と文学(小説)
投稿一覧に戻る

雑談と文学(小説)の掲示板

風の風子(ふうこ) 
 
 まもなく五月に入ろうとしていた。
 先月いっぱいで退職して行った斎藤は同期であり親友ともいうべき存在である。
 彼とは毎年のようにゴールテンウィークには山登りに行くのが恒例となっていたが、もはやそれも今年から出来なくなった。斎藤は長男で親の会社の後をいずれ継ぐそうだ。せっかく東京に就職したのだから最低も十五年は勤めるつもりだったが、父が体調を崩し仕方なく八年で退社する事になった。親友だが彼は華々しい未来が待っている。
 職場ではライバル関係にあったが、本当に気さくでいい奴だ。
 だが彼は突然、会社を辞めて故郷(北海道)に帰ると言う。親の後を継ぐ前に結婚すると言うのだ。
 まったく彼には驚かされる。斎藤が居なくなり、なんだかポッカリ心に穴があいたような気分だ。

 それから暫くして斎藤から結婚披露宴の招待状が届いた。彼の結婚は目出度い事だが北海道に行くのは初めてでそれも楽しみのひとつだ。招待状の中に新妻となる人とツーショットの写真と北海道に来るには備えてとして洋服について語っていた。まったく人に気持ちも考えないでデレデレとした写真を送りつけてくる無神経さ。いやお前も早く嫁さんを貰えよとの催促と受け止めて置こう。
夏だというのに北海道出身の斎藤は、知床に行くなら長袖と上着を用意した方がいいとアドバイスを受けていた。
ネットで北海道の気温を見ても参考にならないと言う。知床は札幌より七度から十℃気温が低いそうだ。
俺は冗談いうなよと笑ったが、あいつの言う通りになった。
八月も終わる頃、俺は北海道へ旅立った。
 気温は二十五度と湿気も少なく最高の気候だが、夜になると気温が十五度以下になるという。
 それでも今日は今年一番の暑さと云うから驚きを隠せない。
昼は良いが夜になると長袖どころか厚手の上着が必要だ。東京育ちの俺には信じられない。
東京は残暑で三十三℃を越す日が続いていると言うのに、北海道はもう秋が訪れようとしている。

  斎藤の結婚式出席の為に、東京から一週間の休暇を取って来たのだ。
 勿論こんな長い休暇は初めてだ。独身の俺は彼女が居る訳でもなく有給なんて入社以来一度も取った事がない。
その貢献度? まぁその貢献度が認められたかどうか疑問だが課長はすんなりと許可してくれた。
本来なら、こんな遠い地まで斉藤の為とは言え来ることはなかったが、だが斉藤とは入社時から親しくしていて言わば大の親友だ。俺達は共に三十歳、だがあいつは結婚すると云う。昔ならともかく三十歳の独身は社内でも多数を埋めるが、それでも友人が結婚すると聞けば、羨ましくもあり少し焦りも出てくる。
ともあれ一度は行ってみたかった北海道に興味があった。

 その結婚式当日の朝一番に羽田から直行便で女満別空港に着陸態勢に入ると眼下は黄色で一色だった。なんと四十六万本もの向日葵が咲き乱れている。いきなり驚かされた。これが北海道かなと思った。
向日葵に向かえられ到着した。着いたのは良いが初めての土地、右も左も分からない俺の為に斎藤が誰か迎えをやると言っていた。当の斎藤は式で忙しいから披露宴まで会えない。女満別空港は札幌と違い田舎の空港だが、まだ観光シーズンとあって機内は満席だった。
俺はゲートを出てキョロキョロと見渡しロビーに出た。
すると(氷室正人さま)と書かれた厚紙で作ったカードだけが人混みの上に見えた。なんだか照れくさい気分だったが初対面だし一番良い方法である。国際空港では良く見かける光景だが、まさかこんな所でお目にかかるとは思わなかった。
 俺はそのカードを掲げている人の方に向かって手を上げた。
 なんとそれは若い女性だった。斎藤の友人だからてっきり男だと思って居たが違ったようだ。その若い女性は俺に気づくとにっこり笑って。
 「遠い所を、お疲れ様でした。あの……氷室さんですか」
 「はい氷室です。わざわざ有難う御座います」
 「いいえ、寒くて驚いたでしょう。ではどうぞ車までご案内します」
 彼女は終始笑顔で駐車場まで連れていってくれた。
 顔は面長で目がパッチリとして、いかにも健康そうな若い女性だ。年の頃は二十七歳前後と云った処だろうか。まぁ余計な詮索はよそう。
 「すみません。忙しいでしょうに」
 「いいえ、私……清水風子と申します。風の子と書いてふうこ、です。斉藤さんとは近所で幼い頃から兄妹のように仲が良かったんですよ。だから今日は嬉しくって」

 なんと明るい子なのだろう。初対面なのにわざわざ漢字の読み方まで教えてくれた。風の子、まさにそんな雰囲気が似合う女性だ。
 「そうなんですか。あいつの故郷には一度来てみたいと思っていました。目出度い結婚式もですが、知床を見るのが楽しみなんです」
 「では北海道も初めてですか」
 「はい、そうです。せっかくなので一週間も休みを取ってしまいしまた」
 「実はお兄ちゃん……あっすいません。いつもそう呼んでいるので、お兄ちゃんから頼まれているんですよ。式が終わったら観光案内してやれと」
 「それは有り難い。あいつは職場でよく知床の自慢話を聞かされていました。そんなに自慢するなら、よほど良い所だろうと僕もいつの間にか知床に来るのが夢になっていました」

つづく

雑談と文学(小説) 風の風子(ふうこ)     まもなく五月に入ろうとしていた。  先月いっぱいで退職して行った斎藤は同期であり親友ともいうべき存在である。  彼とは毎年のようにゴールテンウィークには山登りに行くのが恒例となっていたが、もはやそれも今年から出来なくなった。斎藤は長男で親の会社の後をいずれ継ぐそうだ。せっかく東京に就職したのだから最低も十五年は勤めるつもりだったが、父が体調を崩し仕方なく八年で退社する事になった。親友だが彼は華々しい未来が待っている。  職場ではライバル関係にあったが、本当に気さくでいい奴だ。  だが彼は突然、会社を辞めて故郷(北海道)に帰ると言う。親の後を継ぐ前に結婚すると言うのだ。  まったく彼には驚かされる。斎藤が居なくなり、なんだかポッカリ心に穴があいたような気分だ。   それから暫くして斎藤から結婚披露宴の招待状が届いた。彼の結婚は目出度い事だが北海道に行くのは初めてでそれも楽しみのひとつだ。招待状の中に新妻となる人とツーショットの写真と北海道に来るには備えてとして洋服について語っていた。まったく人に気持ちも考えないでデレデレとした写真を送りつけてくる無神経さ。いやお前も早く嫁さんを貰えよとの催促と受け止めて置こう。 夏だというのに北海道出身の斎藤は、知床に行くなら長袖と上着を用意した方がいいとアドバイスを受けていた。 ネットで北海道の気温を見ても参考にならないと言う。知床は札幌より七度から十℃気温が低いそうだ。 俺は冗談いうなよと笑ったが、あいつの言う通りになった。 八月も終わる頃、俺は北海道へ旅立った。  気温は二十五度と湿気も少なく最高の気候だが、夜になると気温が十五度以下になるという。  それでも今日は今年一番の暑さと云うから驚きを隠せない。 昼は良いが夜になると長袖どころか厚手の上着が必要だ。東京育ちの俺には信じられない。 東京は残暑で三十三℃を越す日が続いていると言うのに、北海道はもう秋が訪れようとしている。    斎藤の結婚式出席の為に、東京から一週間の休暇を取って来たのだ。  勿論こんな長い休暇は初めてだ。独身の俺は彼女が居る訳でもなく有給なんて入社以来一度も取った事がない。 その貢献度? まぁその貢献度が認められたかどうか疑問だが課長はすんなりと許可してくれた。 本来なら、こんな遠い地まで斉藤の為とは言え来ることはなかったが、だが斉藤とは入社時から親しくしていて言わば大の親友だ。俺達は共に三十歳、だがあいつは結婚すると云う。昔ならともかく三十歳の独身は社内でも多数を埋めるが、それでも友人が結婚すると聞けば、羨ましくもあり少し焦りも出てくる。 ともあれ一度は行ってみたかった北海道に興味があった。   その結婚式当日の朝一番に羽田から直行便で女満別空港に着陸態勢に入ると眼下は黄色で一色だった。なんと四十六万本もの向日葵が咲き乱れている。いきなり驚かされた。これが北海道かなと思った。 向日葵に向かえられ到着した。着いたのは良いが初めての土地、右も左も分からない俺の為に斎藤が誰か迎えをやると言っていた。当の斎藤は式で忙しいから披露宴まで会えない。女満別空港は札幌と違い田舎の空港だが、まだ観光シーズンとあって機内は満席だった。 俺はゲートを出てキョロキョロと見渡しロビーに出た。 すると(氷室正人さま)と書かれた厚紙で作ったカードだけが人混みの上に見えた。なんだか照れくさい気分だったが初対面だし一番良い方法である。国際空港では良く見かける光景だが、まさかこんな所でお目にかかるとは思わなかった。  俺はそのカードを掲げている人の方に向かって手を上げた。  なんとそれは若い女性だった。斎藤の友人だからてっきり男だと思って居たが違ったようだ。その若い女性は俺に気づくとにっこり笑って。  「遠い所を、お疲れ様でした。あの……氷室さんですか」  「はい氷室です。わざわざ有難う御座います」  「いいえ、寒くて驚いたでしょう。ではどうぞ車までご案内します」  彼女は終始笑顔で駐車場まで連れていってくれた。  顔は面長で目がパッチリとして、いかにも健康そうな若い女性だ。年の頃は二十七歳前後と云った処だろうか。まぁ余計な詮索はよそう。  「すみません。忙しいでしょうに」  「いいえ、私……清水風子と申します。風の子と書いてふうこ、です。斉藤さんとは近所で幼い頃から兄妹のように仲が良かったんですよ。だから今日は嬉しくって」   なんと明るい子なのだろう。初対面なのにわざわざ漢字の読み方まで教えてくれた。風の子、まさにそんな雰囲気が似合う女性だ。  「そうなんですか。あいつの故郷には一度来てみたいと思っていました。目出度い結婚式もですが、知床を見るのが楽しみなんです」  「では北海道も初めてですか」  「はい、そうです。せっかくなので一週間も休みを取ってしまいしまた」  「実はお兄ちゃん……あっすいません。いつもそう呼んでいるので、お兄ちゃんから頼まれているんですよ。式が終わったら観光案内してやれと」  「それは有り難い。あいつは職場でよく知床の自慢話を聞かされていました。そんなに自慢するなら、よほど良い所だろうと僕もいつの間にか知床に来るのが夢になっていました」  つづく