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忘れなちょうの掲示板

ATT 実装に秘められた、 Apple の本当の狙い:
「競争力の低下」と「レバレッジの集中」という厳しい現実

誰もが遅かれ早かれ、自分の嫌いなものになる。もちろん、嫌いなものすべてではないかもしれないが、もっとも注視しているものになる。

Appleにとってのそれはウォールドガーデンだ。Appleは長年にわたり、ほかのオンラインプラットフォームがメディア予算を追い求め、人々のデータを独占していると批判してきた。ところが今、全く同じ批判をApple自身が受けている。

Appleの「App Tracking Transparency(以下、ATT)」計画はプライバシーを盾に広告事業を拡大するための煙幕であるというのが批判派の言い分だ。もしそうでなければ、まったく異なる方法で人々のプライバシーを守ろうとしたはずだと批判は続く。ATTが市場に投入された今、そう遠くない未来にすべてが判明するだろう。

そのときが来るのを待つあいだ、なぜこの批判が的を射ているかを説明しておこう。

Appleが得られるひとつ目の勝利
まずは最新情報から。ATTが到来する数日前、フィナンシャル・タイムズ(Financial Times)は、Appleが自ら販売するためのインベントリー(在庫)を増やしていると報じた。特に、App Storeの検索ページにある「あなたにおすすめ」セクションの2番目の広告枠は5月から購入可能になる。

もしAppleがほかの企業と同じルールに従っていれば、これは大した問題ではないのだが、実際は違う。Apple Search Adsを使って購入された広告は、アプリ内広告の測定ツールSKADNetworkで提供されている切れ味の鈍いアトリビューションの対象にならない。その代わり、検索広告にはApple Ads Attribution APIが適用され、マーケターは広告のパフォーマンスをより総合的に把握できる。

つまり、Appleから直接購入した検索広告は、ほかのプラットフォームのアプリ内広告より最適化しやすい可能性があるということだ。その結果、マーケターはおそらくメディア予算を移動させることになるだろう。

モバイル広告の情報・分析を専門とするアップシューマー(Appsumer)のCEO、シュメル・ライス氏は「Appleの検索広告は我々のクライアントのあいだでも採用率が高く、約80%がキャンペーンを行っている」と話す。「問題は、予算全体に占める割合が低いため、成長の余地があることだ」。

しかし、Appleが勝っている点はこれだけではない。

「同意」が不要な唯一の企業
意図的かどうかにかかわらず、ATTはApp Storeのモバイル広告を潰すことになる。ほんの一部ではあるが、いくつかの例を紹介しよう。パフォーマンスキャンペーンの的確なトラッキングがなくなれば、マーケターは広告予算の削減に向かい、パブリッシャーの売上が減少する。トラッキング可能な広告が減少すれば、測定企業の成長は難しくなる。アドテクベンダーはアプリをインストールしたり、広告をクリックしたりする可能性が高いユーザーを見つけるのに苦労するだろう。

しかし、Appleの視点から見れば、未来ははるかに明るい。

広告はアプリを発見するための重要な手段であるため、広告の数が少ないほど、人々がApp Storeをより長く閲覧する可能性が高まる。つまり、Appleの検索事業は、粒度の細かいデータがマーケターにとって魅力的なだけでなく、App Storeでアプリを検索する人が増えることで、インプレッションも増加する可能性を秘めている。

ユー・アンド・ミスター・ジョーンズ(You & Mr Jones)傘下のデータエージェンシー、フィフティ・ファイブ(fifty-five)でマネージングディレクターを務めるヒューゴ・ロリオット氏は「予想される売上という点では、今回のATTの発表はAppleの広告プログラムに大きな変化をもたらすものではない。また、ストア内で行われるアプリのマーケティングは、モバイルアプリのマーケティング全体からするとほんの一部にすぎない」と話す。「しかし、AppleはiOSのデータを利用する際にユーザーの同意を得る必要がない唯一の企業であり、たとえIDFAのオプトイン率が低くても、この新製品には無関係だ」。

ウォールドガーデンのプレイブック
広告売上の増加はさておき、ATTが広告を無効化すれば、Appleは開発者との交渉の席でより大きな影響力を持つことができる。実際、アプリ開発者が広告によって成長するどころか、生き残ることさえできなければ、開発者たちは製品を流通させるため、App Storeへの依存度を高めることになる。

これらはウォールドガーデンのプレイブックに沿った動きだ。競争を抑制すれば、権力はさらに集中する。

その証拠としてFacebookを見てみよう。ATTはFacebookに大打撃を与える。モバイル・デブ・メモ(Mobile Dev Memo)の編集者を務めるモバイルコンサルタントのエリック・スフェルト氏によれば、Facebookの金銭的な打撃は2021年だけで7%の売上減になる可能性があるという。これにより、Appleは傍観を余儀なくされてきたモバイル広告ビジネスの一部、つまり、アプリ内広告に影響を及ぼすことができるようになる。Appleはアプリ内広告の売上手数料を徴収していないが、アプリの売上には15~30%の手数料を課している。

Facebookは逆に、検索広告ではなくアプリ内広告がアプリの発見につながるApp Storeの主な受益者だ。しかし、ATTが到来し、Facebookが使用できるモバイル識別子の数が制限されれば、そうした恩恵は消え去ることになる。Facebookにとって識別子が重要なのは、ユーザーのアプリ外での行動を追跡し、ユーザーのターゲティングを望むマーケターにその情報を販売できるためだ。識別子の数が減ることは、FacebookがiOSデバイス上で振り出しに戻ることを意味する。

広告売上よりハードウェアのため
エプシロン(Epsilon)のデジタルケイパビリティ担当バイスプレジデント、サラ・スティーブンズ氏は「ハードウェアはAppleが広告の強化という目的を果たすための重要な手段だ」と話す。「Appleがデバイスを売れば売るほど、ユーザーの維持に重点が置かれ、ビジネスがアプリの利用を前提としたものになる。Appleにとっては、App Storeでの体験をよりコントロールできることが重要だ」。

奇妙に聞こえるだろうが、Appleが広告を見直そうとしているのは、広告売上のためというよりハードウェアのためかもしれない。

イノベーションはハードウェアそのものではなく、ハードウェア上のソフトウェアやサービスから生まれることが多くなっている。iPhoneのメーカーにとっては、決してうれしい変化ではない。しかし、この事実はある意味、Appleが自社のハードウェア専用のストアでアプリの配布をコントロールできるよう、ATTへ全力を尽くそうとしている説明になる。少なくともこの意味では、ATTは目的を達成する手段に見える。

Appleが気にしていること
結局のところ、Appleがこのように振る舞ったのは初めてではない。AppleはApp Store上にアプリストアを立ち上げることを禁止し、App Store内でゲームストリーミングサービスを提供することを阻止し、App Storeを主要な決済システムとして使うよう市場を誘導した。詳細が知りたい人はスフェルト氏の分析記事を読んでほしい。

あるメディア幹部は、AppleのATTチームとつながりがあるため匿名を条件に次のように語る。「ごく普通の人が広告主のモバイル識別子をアプリ開発者と共有することにノーと言えば、お気に入りのアプリの売上を奪うことになる。しかし、Appleはその事実を気にしていない。Appleが気にしているのは、主に自社のデバイス経由でアクセスされるアプリストアからもたらされる売上だ。無料アプリの多くは広告付きだが、ATTの到来によって広告売上が失われれば、損失を補うために有料化せざるを得なくなる。そして、それはAppleの利益になる」。

[原文:Apple’s ATT power play: the hard truths of throttled competition and concentrated leverage]

SEB JOSEPH(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:長田真)