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Achilles Last Standの掲示板

「レーザーマーカーを購入されるご予定ですか」

2021年冬、工作機械用部品を手掛けるエーワン精密の山梨工場でレーザーマーカーが故障した。同社は旋盤などを固定する「コレットチャック」で、国内シェア60%を占める最大手。少量多品種を扱うため、1点ずつ大きさは異なる。小さいもので高さ3センチほど。顧客によって製品の大きさは微妙に異なるため、レーザーマーカーで寸法を印字しなければ部品の判別ができない。

同社の室田武師専務は既存の生産ラインとの相性を考慮し、これまで通りパナソニック製を再び購入しようと考えていた。ところが声をかけてきたのはキーエンスの営業担当者。まるで、故障を知っていたかのようなタイミングだった。
種明かしをすれば単純だ。キーエンスの営業担当は室田氏を訪ねる直前、エーワン社内の別部署でレーザーマーカーの販売を終えていた。その去り際、いつもの習慣でこう尋ねた。「他にお困りの方はいませんか?」。その答えが彼を、隣の建屋に向かわせた。

それからの動きは早かった。数日後に再び来訪。1分ほどで自らレーザーマーカーを組み立てて、室田氏の目の前でデモを披露した。訓練を積んだ口調で機能を紹介し、質問への返事もよどみない。納得した室田氏はその場で購入を決断した。

パナソニックに対しては故障直後に連絡し、購入意向も伝えていた。だが同社の営業担当が返事の電話をかけてきたのは、キーエンス製の購入後。パナソニックはみすみす販売機会を逃した。

訓練された営業担当者が常に需要を探り続け、チャンスとみたら電光石火で勝負をかける。山梨工場での受注は決して偶然ではない。
強さは数字に表れている。キーエンスが2月1日に発表した2021年4~12月期の連結売上高は、前年同期比44.7%増の5453億円。同社は業績見通しを開示していないが、通期では過去最高を更新するとの見方が根強い。エーワンで見たようなシェア奪取劇が、世界中で起きているのは間違いない。

手掛ける製品を見る限り、キーエンスは極めて地味な会社だ。1974年の設立以来、主力にしてきたのはセンサーを中心とした電子部品。工場の製造現場で異常を発見したり、生産性を高めたりするための機器だ。自動化の進展につれて、ハンディーターミナルやロボットビジョンなどでも存在感を高めてきたが、工場や倉庫、研究所の外でキーエンス製品を

  • >>103

    見たことがある人はほとんどいないだろう。

    特徴は、ハイスペック製品というよりアイデア製品だ。例えば、複数の機械を制御するプログラマブル・ロジック・コントローラー(PLC)。キーエンスは2019年、PLCに世界で初めて「ドライブレコーダー」を搭載した。クルマの事故状況を把握するように、PLC搭載装置のトラブルを記録するのが目的だ。これが、中小製造業の心を捉えて大ヒット。今では三菱電機などの競合もPLCにドライブレコーダー機能を加えられるようにしている。
    原理はさほど難しくないが、キーエンスが真っ先に商品アイデアを思いついた。こうした例は珍しくない。同社は1万種類以上とされる製品を手掛けるが、新製品の約7割が「世界初」あるいは「業界初」だと豪語する。他にない機能を持つ製品が、高く売れるのは当然だ。同社製品の粗利は約8割とされる。原価2000円の製品を1万円で売っている計算だ。

    原動力になっているのが、代名詞でもある「直接営業」だ。競合が代理店を使った間接営業を主軸とするのとは対照的に、キーエンスは社員が営業担当として直接顧客企業を訪ね歩く。前出のエーワンの幹部は「あまりの訪問頻度の多さに『こちらが連絡するまで来ないでほしい』と言ったことがある」と苦笑いする。

    直接営業を貫く理由は2つある。まずは競合を出し抜く「スピード」だ。

    19年秋、キーエンス製品を導入したクボタは商談の展開スピードに驚いた。同社は農機や建機のエンジン製造に用いる3Dロボットビジョンシステムの導入を検討し、数社に見積もりを依頼した。代理店を挟むメーカーでは1週間かかるところもあったが、キーエンスは即日返答。翌日には大阪市内のラボでの試用まで提案してきた。クボタ生産技術統括部の竹野陽山・第一課長は「圧倒的な速さだった」と舌を巻く。