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金融崩壊の掲示板

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新型コロナウイルス「武漢研究所流出説」、たとえ立証されなくても「中国に不利」だ

新型コロナウイルスが武漢の研究所から流出したとする説が、にわかに注目を集めている。バイデン米大統領は、90日以内に報告するよう情報機関に指示した。研究所流出説は、トランプ前大統領も主張していたが、主流メディアは、根拠のない「陰謀論」と一蹴していた。今回、それが変ったことの意味は大きい。

 決定的な証拠が得られず、灰色のまま終わる可能性が高いが、それでも中国にとって大きなマイナスだ。これは、米中対立の新たな段階と解釈することができる。

ウォールストリート・ジャーナルの衝撃的な報道

 新型コロナウイルスが武漢の研究所から流出したとする説が、にわかに注目を集めている。きっかけは、5月23 日の米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)の報道だ。

 米諜報機関の未公開の報告書によると、2019年11月、武漢ウイルス研究所の研究者3人が体調を崩し、病院での治療を求めたというのだ。

 同紙の6月4日の社説では、米国国立衛生研究所(NIH)傘下の国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)所長のファウチ博士と武漢ウイルス研究所との間に、「親密な関係」があったとしている(ファウチ博士は、トランプ前政権とバイデン現政権で、コロナウイルス対策の責任者)。

 NIHが武漢ウイルス研究所に研究助成し、その資金を使って、コロナウィルスに遺伝子操作が行なわれた可能性があるというのだ。 ファウチ氏は、公式には自然発生説を唱えなえているが、遺伝子操作を示唆する不自然な性質がウイルスにあったことを早い時期で認識していた疑いがある。

 ウォールストリート・ジャーナルは、さらに6月6日付で、2人の有力科学者による「科学が武漢研究所からの流出を示している」と題する寄稿記事を掲載した。この記事は、「新型コロナウイルスは人工的に造られた怪物である」とし、その根拠として、2020年2月に発表された論文を挙げた。

 この論文は、新型コロナウイルスに人工的操作の形跡があることを示している。新型コロナウイルスが人間の細胞に侵入する際の突起物であるスパイクタンパク質は、中国で2002年から発生したSARSウイルスのものと酷似しているが、一部に人工的な変更の跡がある。これは、ウイルスの毒性や感染力を高めるための「機能獲得」という実験の結果だったとみられ、ゲノム編集の形跡があった。当時の武漢ウイルス研究所では、同種の研究が行われていた記録があるという。

 バイデン米大統領は、5月26日、新型コロナウイルスの起源について追加調査し、90日以内に報告するよう情報機関に指示した。

 コロナの起源を巡っては、世界保健機関(WHO)が3月30日に、報告書を発表している。同報告書は、新型コロナウイルスの研究所流出は極めて低いと結論づけている。この報告書は、2021年1月14日から2月10日までの間、WHOなどから派遣された各国の専門家と中国の専門家が武漢で行った調査をもとにまとめられたものだ。

もやは、根拠のない「陰謀論」ではない
 研究所流出説は、トランプ前大統領が主張していたものだ。だが、主流メディアは、これを根拠のない「陰謀論」と一蹴していた。

 そして、バイデン政権や民主党支持の大手メディアは、中国が主張する自然発生説を支持していた。

 今回、その状況が大きく変ったわけだ。バイデン政権がジャーナリズムの報道を誘導したのだろうか? それとも、WSJのスクープにバイデン政権が反応しているのだろうか? 
 WSJの報道後わずか2日で政権が反応していることを見ると、前者の可能性が高い。

 フェイスブックはこれまで、研究所流出説をフェイクニュースだとして投稿を禁止していたが、バイデン政権の決定を受け、この措置を解除した。

 また、WSJだけでなく、『ニューズ・ウィーク』など米国の大手メディアも、研究所流出説を取り上げた。

巨額賠償金訴訟が復活するか
 2020年の4月から5月頃、新型コロナウイルスの感染拡大で甚大な損害を受けたとして、中国に損害賠償を求める動きが世界各地で広がった。

 アメリカ中西部ミズーリ州の司法長官は、4月21日、新型コロナウイルスの感染を拡大させたとして、中国政府に対し、総額440億ドルに達する損害賠償を求める訴えを連邦地方裁判所に起こした。フロリダ州やテキサス州、ネバダ州などでは、集団訴訟が広がった。

 トランプ前大統領は、4月に、「中国政府の責任は多様な方法で追及されなければならない」と強調した。「そのなかにはアメリカが受けた被害への賠償金支払いも含まれる」とし、そのための「真剣な調査」を進めているとも述べた。「新型コロナウィルスの感染拡大に対して、中国に巨額の賠償責任を問う」、「この被害はアメリカに限らず、世界的なものだ」と述べた。

 同様の動きがヨーロッパにも起こった。

 ドイツ最大の日刊新聞「ビルト」は、4月15日、コロナウイルスでドイツが受けた被害への賠償金として、中国政府に対して総額1650億ドルの賠償を請求すべきだとする社説を掲載した。

 英保守系シンクタンクのヘンリー・ジャクソン協会は、主要7カ国(G7)だけで損害賠償額は3兆2000億ポンド(約430兆円)に達するという試算を公表した。

 賠償金を求める動きは、オーストラリアでも起きた。

 こうした動きは、その後、弱まったようだ。しかし、研究所流出説が力を増すと、復活するかも知れない。

 実際、トランプ前大統領は、今年6月5日の共和党代表大会で、「新型コロナが研究所由来の人工ウイルスだとする説を早くから指摘していた」と述べ、その先見性を強調した。また、大統領在任中は「世界各国とともに中国に少なくとも10兆ドルの賠償金を請求するつもりだった」と明らかにした。

立証されなくても中国に不利
 仮にこの問題に関する決定的な証拠が得られ、研究所流出説が立証されれば、中国は絶体絶命の立場に立たされる。現政権の存続はおろか、中国という国の存立自体が危機に晒されるだろう。

 しかし、そのような証拠は、おそらく得られないだろう。なぜなら、そのためには、中国が調査に全面的に協力することが必要だが、そうしたことは望めないからだ。

 トランプ前大統領も、「研究所流出の決定的な証拠を見せる」と言っていたのだが、結局、できなかった。今回も多分、灰色のままだ。

 ただし、研究所流出説が陰謀や単なる人騒がせのデマでないと認識されたのは、重要なことだ。5月からのWSJの報道で、これが十分な状況証拠のある疑惑であることが分かった。

 ところが、それに対して、中国は、説得力のある反論をしていない。それだけでなく、問題の解明に必要な協力もしていない。中国が責任ある国際的行為を行えば、次の感染爆発も防げるだろうが、それができない。

 こうした論争を、世界各国はどう判断するだろうか? 
 中国に対する印象は、明らかに悪化する。これは、中国にとって大きなマイナスだ。それは、将来の米中バランスに重大な影響を与えるだろう。

米中対立が第3段階に
 以上で述べたことは、米中対立が新たな段階に入ったものとして解釈できる。

 米中対立は、制裁関税に始まり、さらにハイテク企業への制裁にエスカレートしてきた。 それが国家体制の理念を巡る第3段階に入ったのだ。

 いま、中国に対して、国際社会に対して責任ある行動を取れる国家なのか、その言動は信用できるのか、という基本的な問いが突きつけられている。

 国を信用できるかどうかは、国際的な経済活動では決定的に重要だ。とくに、金融ではそうだ。デジタル人民元のような高度の技術を持ちながら、人民元は信用されない。だから、国際決済通貨として広く使われることはないのだ。

 そうした問題が、これからますます強く問われることになる。

野口 悠紀雄(一橋大学名誉教授)