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ネット小説大賞 ヤフー株板編
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ネット小説大賞 ヤフー株板編の掲示板

 高校教師
 七  
 雪乃が川田鉄工に就職して二週間ぐらい経ったころに孝太郎に川田社長から電話があった 
 「先生、川田です。雪乃さんを紹介して頂いてありがとうございました。彼女は張り切って働いてくれていますよ」
 「ところで先生、今夜あたり一杯如何ですか? ユキが無くなってから、行くところが無くなってお困りなんじゃ無いでしょうか?」
 雪乃が新しい職場に慣れたかどうか、孝太郎も心配していたところだったので、
 「川田くん、そう言ってくれるのを待っていたんだよ。勿論私はいつでもオーケーだ。どこへ行けばいいのかね?」
 「片町の有楽ビルの三階に『摩天楼』というクラブがあるのをご存知ですか? そこへ七時半ごろから私は行っていますので、ご都合の良い時間にいつでも来て頂ければいいと思います」
 『摩天楼』は勿論知っている。だが高校教師の給料ではそう簡単には行くことができない高級クラブだ。七時半を少し回った頃にタクシーを呼んでそこへ向かうと、川田と一緒に雪乃も座っていた。昼間は給食係をしている人とはとても見えない艶やかなドレス姿だった。
 「いやあ、雪乃ちゃん、しばらく。今日はまた一段と煌びやかで、お美しくて、どこの高級マダムかと思ったよ」
 「先生。その節は本当に有難うございました。おかげさまで社長さんにも良くして頂いていますし、少しずつ仕事にも慣れて来たところです。今日はまたこんなところまでお誘い頂いて、なんか昔に、といってもついこの前の事ですけど、戻ったような気分です」
 孝太郎は川田と雪乃の関係が、単なる社長と新入社員の関係を超えて親しそうな様子である事に気がついた。
 「ところで川田くん、私は川田くんの奥さんや娘さんとはお会いしたことはないのだが、あの会社横の自宅で一緒に住んでいるんだね」
 「いや、それが実は・・・・娘は福井市の明宝中学に行っているのですが、うちからは遠いんで、妻の実家から通っているんですよ。そんなわけで妻も最初は行ったり来たりしていたんですが、どうもあんな田舎ですからだんだん家には寄り付かず、最近はほとんど実家暮らしをしているんですよ。まあ、ほんとに何も無いところですから、日中は退屈で仕方が無いということは分かるんですが・・・・」
 「そうか、静かで自然豊かで、一見、住むには最適の場所のような気がするのだが、町の暮しに慣れた奥さんや娘さんには退屈なのかな」
 その日は久しぶりの酒ではあったが、教え子の奢りで飲むのにはやはり遠慮があり、会社の近況や雪乃の仕事の進捗(しんちょく)状況などを聞いたあとは、二軒目に行こうというのを断って、一時間ほどで引き上げて来た。経営者としては有能な川田だが家庭的には問題もあるようだという事と、雪乃との関係がどうなるのか、ちょっと心配だった。初め元教師の自分を交えてではあったが、そのあと新入社員の独身女性と社長がふたりだけで飲み歩くというのは、ちょっと、普通の関係では無いような気がしたからである。


 つづく