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あきひこ163センチ 2ndの掲示板

似たようなエピソードで確か東北の藩だったと思いますが、魚屋の小僧が桶を洗った汚水を店の前に勢いをつけて捨てたのを、登城のために歩いていた槍術の名人が浴び、魚屋の亭主が驚愕して謝るのを「座敷を借りるぞ」と上がり、自宅に使いをさせて着換えを持って来させ、別に怒らず「これからは家へも出入りするように…」と言って登城したという話があります。

もちろん魚屋の主人はその寛容さに深く感謝したのですが、この話を聞いたある人が「そこもとほどの名人なら魚屋の小僧の捨て水も避ければ避けられたのではないのか」と尋ねたところ、「いかにも、その通りだが、あの時は私のすぐ後ろに目付の者が歩いていた。私が避ければ水はあの者にかかる。あの者は短気者ゆえ、小僧を無礼討ちにしてしまうだろう。それでは小僧が不憫なので私が浴びたまでだ」と答えたので、これを聞いた者は一層感じ入ったとのことです。

まあ、このように、ちょっと聞くと現代ではとても信じられないような反応が出来た武術家は、昔日はかなり居たようです。これは単に「運動神経がいい」という事ではない世界を武術の稽古が拓いたからだと思います。それがどういうものだったかは、とても僅かなヒントしかありませんが、私の残りの人生があるうちに、少しでもその世界に近づく感覚を得たいと思っています。

甲野善紀