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ノートの掲示板

トヨタがいよいよEVと自動運転 ライバルたちを一気に抜き去るのか、それとも?

 先月、ホンダは世界初の自動運転レベル3を搭載したレジェンドを発売したが、それを追い掛けるようにして、トヨタは最新の運転支援技術を採用した新機能「Advanced Drive」をレクサスLSとMIRAIに搭載して発売した。

 ハンズフリー機能そのものは、すでに日産やBMW、メルセデス・ベンツが導入しており、目新しいものではない。そういう意味では日産の「プロパイロット2.0」に近いものと判断することもできるが、プロパイロット2.0では追い越し時にはステアリングに手を添える必要がある。それに対しAdvanced Driveは追い越し時もステアリングを握る必要はなく、ドライバーが承認するだけで自動的に追い越し操作まで完了する。システムの複雑さとその完成度ではトヨタの方がワンランク上だ。

 その上で、トヨタがレベル3に踏み込まなかったのは、実際に使う人のことを考えているからだ。

 ホンダはリースで100台限りの販売であるのに対し、トヨタはレクサスLSとトヨタMIRAIの最上級グレードとして用意している。その価格はMIRAIでは同じ装備の従来グレードより55万円高、LSはグレードにより66~98万円高。レジェンドに比べればリーズナブルで、多くのオーナーが選択するであろうことが予想できる。

 そしてドライバーに優しい自動運転を本当に考えた時、よそ見をしてもいいが何かあった時にはドライバーの責任が追求される可能性があるレベル3より、そもそもよそ見ができないレベル2を維持していた方が分かりやすく、ユーザーに誤った認識による使われ方をされる危険性も少ない。しかも、その上で自動運転としての技術は最高レベルを目指している。

 その証拠となるのがLiDARの採用だ。赤外線レーザー光を幅広く照射して、その反射から対象物の形状と距離を分析できる、数ある障害物を検知するセンサー類でも最も緻密で高性能なレーザースキャナーである。

 自動運転のレベル分けを考え直すことも視野に入るほど、トヨタは自動運転に対して技術面では最高レベルを実現しながら、その扱いについては慎重さを失わない姿勢を維持している。

 このあたりは、報道の方向性によってコロコロと説明を変えるテスラとは対照的だ。オートパイロットを自動運転と呼んだり、FSDと呼ばれる追加機能を完全自動運転とうたったりする一方で、事故が起これば自動運転ではないと釈明するというシーンをこれまで何度か見てきた。

 ベンチャーらしいしたたかさと言ってしまえばそうだが、イーロン・マスクほど強じんなメンタルを持ち合わせていなければとても乗り切れない戦術で、マスコミや政府機関を相手に立ち回ってきた。

 トヨタはドライバーが例え間違った使い方をしても、乗員を危険な目に遭わせることがないように、幾重にもフェイルセーフを重ねている。ステアリングに重りをつるしただけで、ドライバーが運転席に居ると判断してしまうようなシステムは、トヨタでは絶対に作らないのだ。

EVを徐々に増やすか、一気に変えるかは社会の受容性次第
 同じことはEVに対する戦略にも通じる。日本の経済界を支える25兆円企業としての責任感と、斬新なアイデアを魅力たっぷりに見せユーザーや投資家を少々欺いても資金や売り上げを手にしようという灰色の商魂とでは、ビジネスの方向性がまったく違うのだ。

 先日の上海モーターショーで、トヨタは新しいEVを発表した。すでに試作モデルとして発表していたデザインの完成形であったものの、そのスタイリングと明かされている機能は、今後の売れ行きを予感させるに十分なもので、来年半ばとされる発売が待たれる。

 そして一昨年発表されたEVの試作車群の中には、他にもユニークで魅力的なモデルがいくつも存在している。今後4年間でEV15車種をグローバル市場で展開すると発表しているのだ。これはEV市場が拡大しても、EVベンチャーにやすやすとパイを奪わせない、というトヨタの決意の現れともいえる。

 国内を見れば、昨年よりトヨタは4チャンネルの販売体制による専売体制を廃止した。販売車種の整理と共に、今後はEV化が同時並行で進められることになる。販売の現場は大変だがタイミングとしては絶妙で、むしろコロナ禍など想定外の災害が重なったことは、後から見れば先に戦略を決めていた分、対応が早められたことにつながるだろう。

 そしておそらくディーラーの販売拠点も整理されていく中で、充電ステーションやカーシェアリングの専門拠点といった、新たなサービスを展開していくことになる可能性も高い。EV販売の機が熟してくれば、即座に現場に対応できる。トヨタの強みをそう予測した論評は少なくなかったが、いよいよそれが現実になろうとしているのだ。

水素利用のモビリティも商用分野で一気に現実味
 FCVも新局面に入って、これからが面白くなってきた。新型MIRAIの出来の良さもさることながら、燃料電池スタックを外販し、さらには子会社の日野自動車ばかりか、いすゞも巻き込んで商用車業界で水素燃料電池を普及させようという一大プロジェクトを仕掛けようとしている。

 日野といすゞを結び付けたトヨタの大胆さは、カーボンニュートラルへ向かって禁じ手はないことを身をもって示したものだとも言える。

 自動車業界のアライアンスは混迷を極めつつあるが、限定分野でのみ提携を結ぶことは、今後も進むだろう。ましてや水素利用のモビリティは、メーカー単位ではなく首都圏など地域レベルでのさまざまな企業や自治体が参加することによって、現実性が高まる。

 そして驚いたのは、トヨタが今さら水素エンジンにまで触手を伸ばしてきたことだ。つい先日、トヨタが水素エンジンを搭載したツーリングカーを製作し、耐久レースに参戦する(実際の参戦は豊田章男社長もドライバーを務めるチームへ委託)と発表したのである。

 筆者は、水素エンジンは燃料電池車にたどり着くまでの過渡的なモデルだと思っている。そのため、今後は水素を直接燃やすことはなくなるのではないか(ガスタービン発電の水素利用は別だ)と考えているのだが、トヨタの捉え方はやや異なるようだ。

 確かに水素と炭素を合成させる「eフューエル」より、水素だけで燃やした方が合成の手間は掛からず、二酸化炭素も排出しない。燃料電池の変換効率が高まれば、試みだけで終わるかもしれないが、トヨタとしては長年研究は続けており、選択肢は多く持っておきたいところなのだろう。

 それにこれはエンジンを存続させるためにも、有効な施策であるといえる。それはモーターでは味気ない、鼓動や熱気を感じさせるエンジンへの愛着といったノスタルジーではなく、日本の自動車産業がこれまで培ってきた高いエンジン製造技術を、今後も武器として持ち続けるためには水素を燃料として利用する方法もある、ということだ。

 政治家が2050年のカーボンニュートラルという目標を語ってもそれは絵空事で、どこかひと事のような責任感の希薄さを感じてしまう。それは政治家がエンジニアではなく、実際に額に汗をかいて実現へ努力する現場の人間ではないからだ。そして現状の把握と将来への展望に、発言者本人が理解力に乏しく、説得力に欠けるからだろう。

 しかし30年先を見据えて常に種まきをしてきた企業は、行動にも目標にも現実感が漂う。まさに日本の屋台骨であり、日本の産業界をけん引してきた実績とプライドが漂うのだ。自社だけでない、自動車業界だけでない、日本全体の将来のことを考えて戦略を立てていることが、このところのトヨタの活発な動きで感じ取れるのだ。

(高根英幸)