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自分用メモ
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自分用メモの掲示板

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●失敗を恐れる雰囲気もあった

 当時の社員向け説明会では、現場の社員から「新規事業への挑戦にあたり、本当に赤字が許容されるのか」という質問も出たという。VAIO発足以来、収益の回復を最優先してきたことで、失敗を恐れて挑戦できない雰囲気が社内に満ちていた。

 VAIOには苦い経験もある。MVNO(仮想移動体通信事業者)の日本通信と共同で企画し、華々しく発表したスマートフォン「VAIO Phone」が鳴かず飛ばずだったのだ。VAIOのこだわりが感じられないデザインで、端末としての際立った魅力を提示できなかった。後にノートパソコンのデザインとの統一感を持たせた機種も投入したが、スマホ大手の牙城を崩すには至らず、スマホから事実上撤退している状況だ。

 新たなビジネスの種をどう見つけ、どう取り組むべきなのか。その具体例を社員に示すために取り組むのがドローン事業だ。イノベーション本部が手掛ける新規事業の第1弾として、ドローン事業を推進する子会社VFR(東京・千代田)を20年3月に設立。留目氏が社長に就任した。

 ドローンを選んだのは、国内では産業基盤がまだ確立していないからだ。VAIO単独ではなく、スタートアップなど外部の企業と連携しながら産業そのものを立ち上げる経験を積む狙いがある。「今VAIOに求められているのは、VAIOブランドのドローンを作ることではない。VAIOが持つコンピューティングや通信、製造の技術をプラットフォームとして提供していく」と留目氏は話す。自ら要素技術を開発していくことで、ドローン産業が確立した段階で主導権を握る目算だ。

 ドローンに続く芽も現場から出てきた。新規事業の第2弾として20年11月に事業化した企業向けリモートアクセスサービス「ソコワク」だ。この事業は同年6月に始めた「ビジネスプロデューサー制度」から生まれた。この制度は、ビジネスプロデューサーに任命された現場の社員が新規事業を立案し、役員などで構成される「イノベーション戦略コミッティー」で承認されれば事業化に進む仕組みだ。

●事業化に向けて質問攻め

 ソコワクのビジネスプロデューサーである安藤徹次氏は、安曇野工場の前身であるソニーイーエムシーエス長野テックに入社以来、パソコンのソフトウエア開発一筋で歩んできた技術者だ。ソコワクの原型となったVAIO専用のセキュリティーサービスを開発したことから白羽の矢が立った。

 事業化に向けて動き出した安藤氏の指導役になったのは山本社長。「VAIOがやる意義はどこにあるのか」「ユーザーにどういうメリットを与えられるのか」「ユーザーはいくら払ってくれるのか」──。山本社長の空き時間を見つけては足しげく相談に通った安藤氏は、技術者としてはあまり考えてこなかった視点を繰り返し問われた。「収益の考え方、マーケティングや営業のアプローチ手法など知らないことばかりだった。理解が足りないとすぐ見抜かれるので必死で勉強した」と振り返る。

 これらの新規事業がVAIOの収益向上に貢献するまでにはまだ時間がかかるだろう。それでもVAIOが将来にわたって成長するためには、新規事業のタネをまき、早く立ち上げて育てるしかない。その問題意識は徐々に定着しつつあるようだ。今年に入り、社員を対象に初めてビジネスプロデューサーを公募したところ、複数の社員が手を挙げたという。

 「VAIOに求められているのは『Wow』だ」。山本社長はソニーの経営陣がよく使う言葉を使いながら、「驚き」を与えようとするソニーのDNAを継承する方向性を示す。不振事業として切り離されたVAIOが自らの存在価値を示す第1段階は脱した。次は、社員の企画力や技術力を新規事業で本当に開花させられるか。それができたときがVAIOの真の「独立」となる。

▼INTERVIEW
山本知弘社長に聞く「株式上場は成長に向けた選択肢の一つ」

 VAIOをカーブアウト(事業の切り離し)するときの方針は明確でした。個人向けで培ってきた技術とデザインの資産を生かし、法人向けパソコンと新規事業に進出するというものです。その事業転換をきちんとできるかどうかが成功の鍵を握っていました。

 法人向けへの転換の手応えを感じたのはここ2~3年です。台数を追い求めるのではなく、我々の商品の価値を理解して買ってもらえる案件の獲得に集中することで利益率が上がってきました。最近は(1台当たり4万5000円の補助金が出る)「GIGAスクール構想」の需要が増えていましたが、あの価格ではできません。

 「VAIO Z」の開発に踏み切れたのは、経営の基盤が整ったことが大きい。以前から検討は進んでいたのですが、私が社長になってからゴーサインを出しました。

 2019年秋にデザイナーと話していたときに「実はボディーをフルカーボンで作るという選択肢もあって、試作品はあるんですよ」と言われたんです。軽くて固い素材だけれども曲げる加工が困難とされるカーボン。その量産加工は前人未到です。将来の成長のために、リスクを取ってでもやろうと決断しました。実は、パソコン事業だけを考えた決断ではありませんでした。ちょうど参入を検討していたドローンにもカーボンの加工技術を応用できると考えたのです。

 私のミッションは、VAIOの成長を加速させることです。そのための基盤を整備し、社員の間に挑戦するマインドをつくっていく。CINO(チーフイノベーションオフィサー)として招いた留目真伸氏には社外からの視点で刺激を与えてもらっていますし、挑戦した上での失敗は認めるというメッセージは社員に伝わりつつあります。

 9割超の株式を持つ日本産業パートナーズ(JIP)にとってのエグジット戦略は彼らが決めることなので、私は話す立場にありません。VAIOの社長としては、成長資金を市場で調達するという観点から、株式上場は選択肢の一つになると考えています。今はモノとサービスの関係が強固になってきているので、そういった組み合わせの再編もあり得るかもしれません。(談)

佐藤 嘉彦