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投稿コメント一覧 (1039コメント)

  • 花「テッポウユリ」

     4/14のネットニュースに、奄美大島の自分の敷地に、自生するテッポウユリを朝夕眺めるのは楽しい、と目を細める松元さんというお爺さんの写真が載っていた。家のぐるりに花が咲くっていいなぁと思う。それも自生で何も世話をしなくてもいいんだから。

     今ごろの季節の小学校の帰り道、お屋敷みたいな大きな家の塀の外に、大きな「ミズバショウ」の白い花が、綺麗な水の中にまっすぐ2本咲いていた。私は毎日眺めていて「ほしいなぁ~ほしいなぁ~」と思っていた。でもそれを取ったら、花泥棒だし、毎日学校の帰りに見る楽しみがなくなる。と、子どもなりに葛藤していた。

     長いこと「テッポウユリ」と覚えていたが、のちに図書館で見て「ミズバショウ」と分かった。尾瀬のミズバショウはこじんまりと小さいが、お屋敷のは背が高く真っ白で茎もしっかりして、気持ちのいい気高い花だった。あれからン十年。毎年ミズバショウの咲くころになると、あのお屋敷のミズバショウを思い出す。今はあの家もどうなったか何もわからない。松元さんの毎日眺められるテッポウユリがうらやましい。

    ●海を眺めるテッポウユリ 「夕日浴びると一層きれい」 笠利町外金久の松元さん敷地 奄美新聞4/14(水)

     奄美群島の各地で見ごろを迎えているテッポウユリ。春風にそよそよと揺れながら道路わきに自生する姿は、つい車を停めて写真を撮りたくなる美しさ。なかでも、奄美市笠利町外金久の松元哲也さん(74)の敷地に自生する群生は、ひときわ目を引く圧巻の眺望だ。

    「ここは夕日スポット。夕日に照らされた姿が、昼とは違った表情できれい」と目を細める松元さん。「手入れすればもう少し見栄えがいいかも」と笑うが、毎年安定して多くの花を咲かせるという。通りすがりの人や、近隣の宿泊施設を利用する観光客にも喜ばれているそう。

     道路わきの斜面のほか、自宅裏の畑に続く道も見事な植生ぶり。しかしこちらは現在立ち入り禁止なので注意が必要。付近の安全な場所に停車し、笠利の透き通った海、または夕日を眺めるように花開く姿を楽しんでみてはいかがだろうか。

    松元さんとテッポウユリ
    https://news.yahoo.co.jp/articles/20eaecd6a264e291ee8fda4bc1825f4fc549ab36/images/000

  • 「天台宗の僧侶 栢木 寛照(かやき かんしょう)」

     農機具の「春日の歴史」を載せてるのは、滋賀県の「伴谷(ばんたに)自治振興会」というところらしい。この「伴谷」で思い出したのが、「伴谷」出身の、天台宗僧侶の栢木 寛照(かやき かんしょう)さん。ミヤコ蝶々さんが生きていたころは、一緒にテレビに出て、人の悩みを聞いて解決したりしていた。あの頃の番組の方が、のんびりとして良かったわ。今や吉本の下手なタレントばっかりが、あっちこっち日替わりで出て、ガチャガチャとやかましい。

     さて栢木和尚を見るのは久しぶり。番組が終わったころから、その後は全然知らなかったので、久しぶりにネットで見た。以前は青少年育成に力を注いで、毎年希望者をサイパンに連れて行って交流をはかっていた。今も元気そうで、コロナで行けないだけで、サイパンとの交流は続いている様子。

     和尚は希望する少年に一応、本人の目的など作文を書かせるそうだが、ただ「行きたい、行きたい」と100回書いてる子も、全~部連れて行った!」と話していた。和尚は、風体(ふうてい)も大きいが、心も大きい。蝶々さんが本番中に「和尚さんは帽子をかぶって、よう祇園に遊びに行ってなはる」と言っていたのを思いだす(笑)

     和尚は今も、滋賀県大津市、比叡山麓「三宝莚(さんぽうえん)」の住職。

    ●和尚の顔
    https://www.sanpoen.jp/aboutus/chairman/

    ●比叡山麓「三宝莚」
    https://www.sanpoen.jp/columns/

  • 「魂のタキ火 癒しの炎」

     夜中にテレビでやっていて、40分ほど、ただひたすら薪(まき)が赤々と燃えてるとこだけを映していた。薪がパチパチ燃えてる音だけしか聞こえない。こんなんで50分も映すの?と思ったが、そのパチパチが何とも心地よい。ホントに「タキ火」って癒しになるんやと思った。

     子どもの頃は、風呂焚きにも、おくどさんにも「薪」を使っていた。兄は気難し
    くて怖かったが、ものすごく几帳面で、薪にする割り木が、市松模様のようにきれいにキチンと並べて積んであった。子ども心にも壊すのに気が引けた。

     母が早朝に、おくどさんの前に座って、毎朝ご飯を炊いていた。寝ぼけまなこで起きて来た私は、真っ暗い中で、炎のゆらゆらとした明かりに照らされている母の顔が、お化けみたいに怖かった(笑)

     百姓仕事に追われて、手はゴツゴツとしていた。農家の人はみんな働き者で、夜は夜なべをして朝は早い。母も「おくどさん」でご飯を炊いて、朝食の準備をしたら、学校に行く私より、早くに田んぼに出かけていた。目を覚ましたら、もう田んぼに行って、いない時は寂しかった。

     昔の農機具の、名前の分からないのが多かったが、ネットに載せてくれてる人がいて、「これこれ!」と思いながら見た。その内、段々と農業も開発されて、もう今では目にしないものばっかり。子供のころ「藁(わら)」だの「籾(もみ)」だの「毛虫」だの、あれだけイヤだったのに、今では懐かしいわぁ。

    ●滋賀県「春日の歴史」
    http://bantani-jichi.com/history/kasuga06.htm

  • 「横浜 桜木町駅とみなとみらいを結ぶロープウェイ」

     日本でも街や海の空中をゴンドラが通るのかと感慨深い。やっと日本でもできるようになった。私はシンガポールで、セントーサ島に渡るのに、もう20数年前に乗ったことがある。足がすくむほどの高い位置で、とても怖くて下が見られなかった。少しでも揺れようものなら、そのたびに心臓がドキドキした。あの思いは二度とイヤだなぁと思うが懐かしい(笑)日本はシンガポールにでも、だいぶ遅れをとっているのかと改めて思うが、距離は短くても画期的な事業のように思う。

     写真ではゴンドラの位置が低いように思うが大丈夫なのかな?山田洋次監督の映画「息子」で、田中邦衛がトラックの運転席の上まで来る長い金属を乗せていて、相手先の工場のゲートが高さすれすれで「中途半端な高さだな~」と文句を言うシーンがあって笑えた。

     橋幸夫の歌に「シンガポールの夜は更けて」という歌と映画があった。Youtubeに同じ題名で山内惠介が歌っていて「惠ちゃんがカバーを歌ってるの?」と思ったら、タイトルは一緒だけど曲が違う。実は橋さんの歌もほとんど知らないので「こんな歌だったかなぁ」という程度。でもシンガポールに行こうと思った時は、このタイトルを思い出していた。シンガポールは「エキゾチックな街」という印象がしている。ネットで見ると、街はずいぶん変わっているように思う。

    ●【4/22開業】横浜 桜木町駅とみなとみらいを結ぶロープウェイ!料金は1000円[YOKOHAMA AIR CABIN]

     横浜都心臨海部において、移動自体が楽しく感じられる多彩な交通サービスの導入を進めていくため、民間事業者から募集したさまざまな提案を選定し、まとめた。モノレールやら、連節バス「ベイサイドブルー」やら、AI運行バスやら…そんな数ある新しい交通手段の1つに、桜木町~ワールドポーターズを結ぶロープウェイの設置というものがあった。

    ゴンドラの写真
    https://1201.yokohama/ropeway-news190214/

  • 「小室圭さん解決金渡す意向」

     あったりまえや!圭ちゃんの母親も、この弁護士も「ド・アホ!」私なんか金銭問題が表に出た3年前から書いてるわ。母親が「ド・厚かましい」。早くに返していたら、2人の結婚はもっと早かったと思う。真子ちゃんは窮屈な皇室から出たがっている。大学生時代に、数人の男女とのコンペの写真、楽しそうに写ってる。

     私の職場でも話していたけど、自分の息子が可愛かったら、400万ぐらい借り歩いてでも用意して「ありがとうございました」と、相手の男に返すのが普通。それこそ弁護士を入れて、一筆書いてもらったら済むこと。相手も貸したと思っているから、返せというわけ。それこそグダグダと引き延ばしてるのは母親。しぶといおばさんやわ。相手は自分の生活費だから返してくれ、返してくれたら二度と言わない、と言っていた。早く解決して早く2人を結婚させてやれ!結婚してしまえば、祝福する人が多くなる。他人の意見なんて適当でいい。絶対つぶそうと茶々を入れる奴がいる。

    ●“金銭問題 小室圭さんが解決金渡す意向” 代理人弁護士
    2021年4月12日

     秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまとの婚約が内定している小室圭さんの代理人が、12日、報道陣の取材に応じ、母親と元婚約者の男性の金銭問題について、小室さんが解決金を渡す意向があると明らかにした。

     眞子さまと小室さんは、4年前、婚約が内定していた、週刊誌などが「小室さんの母親が元婚約者の男性と金銭トラブルになっている」などと相次いで報じ、その後、宮内庁が結婚に向けた行事の延期を発表した。

     小室さんは、今月8日、母親と元婚約者の男性の金銭問題について詳しく説明する文書を公表した。12日は、小室さんの代理人の上芝直史弁護士が取材に応じ、文書について、「これまでの対応を見える化するということと、経緯の説明と訂正を目的にしていて、金銭トラブルをクリアするためのものではない」と説明した。

     基本方針としていた十分な話し合いによる解決は難しいとする一方で、元婚約者の男性に支援を受けたことは間違いなく、小室さんも母親も一貫して感謝の気持ちを持っていると述べた。

    「今の時点では、話し合いというよりも、小室さんが元婚約者の男性に解決金を渡す形で解決する意向がある」と明らかにし、小室さんがこの点についても眞子さまと相談していると話した。

  • 「4/12はパンの日」

    「パンの日」とも何も知らないで、韓国ドラマ「製パン王 キム・タック」というのをたまたま見ていた。「キムタック」というのが、日本の「キムタク(木村 拓哉)」に似て覚えやすい。「キムタック」の子役「オ・ジェム」の坊主頭が可愛いい 。現在放送は7回目に入るが、まだ2回しか見ていない。ネットで見たら10年前のドラマらしく、子役の「オ・ジェム」が22歳になっている。他の俳優たちもみんな年齢が高い。

     ストーリーとしては、もうすぐ子役が大人に変わるのかな?と思う。大人役のユン・シユンも可愛いい顔をしている。全員、名前も顔も全く知らない人たちなので、役名か本名か何回も確認したりして(笑)

     今、日本のBSでは何故か韓国ドラマが増えている。日本のドラマに慣れているので、なかなか韓国ドラマを見ようとは思わない。日本でいう時代劇のようなドラマの時は、中国ともよく似ていて、どちらがどちらか分からない。私はパンが大好きで、京都にはパン屋がたくさんあり人気がある。このドラマは最後まで見たいと思う。

    ●「製パン王キム・タック」
    コソン食品の会長ク・イルチュン(チョン・グァンリョル)の妻インスク(チョン・インファ)は後継者となる息子を産むことができず、姑から冷遇されていた。そんな中、コソン家の使用人のミスン(チョン・ミソン)がイルチュンの子供を身ごもる。激怒したインスクは予言者の「夫との間に息子は授からない」との言葉を受けて秘書のハン・スンジェ(チョン・ソンモ)と関係を持ち、念願の男児を身ごもる。ミスンはインスクから危害を加えられることを恐れて身を隠し、密かに息子のタック(ユン・シユン)を出産する。やがて小学生に成長したタックは母から自分の素性について明かされ、コソン家に引き取られるが、その直後、母は何者かに拉致されてしまう。

     12年後、コソン家を飛び出して母を捜し続けるタックは、手掛かりを求める中でパルボンのパン屋に流れ着く。一方、コソン家の後継者として成長したインスクの息子マジュン(チュウォン)は技術を得るためにパルボンに弟子入りする。奇しくも同じ師匠の元に身を寄せた異母兄弟は、パンの技術、恋、そして後継者争いでも火花を散らすことになる。

    ●オ・ジェム
    http://hdata.seesaa.net/article/237893737.html

  • 「クイズ アタック25 シャズナのイザム」

     4枚の写真が出て、「共通するある植物の名前は?」というのが出題だった。答えは「スミレ」で、4枚目の写真にシャズナが歌った「スミレセッテンバ」のイザムが女装したジャケットが出た。偶然に今日のネットニュースに、吉川ひなのが第三子妊娠中で、ハワイライフを楽しんでいるような記事が載った。

     イザムはどうしてるのかな?と時々思い出していた。本物の女の子より、ずっとずっと可愛くて綺麗だった。ひなのは19歳で、姉妹の姉のような感覚でいたイザムの大きなチンチンを見て、びっくりしたんやないの?(笑)

     ひなのとのママゴト婚が破局して、イザムの人気もガタ落ちになった。イザムもどうやって生きていくか迷走していたようである。ごく最近のニュースなのか?新たなメンバーを加え「シャズナ」としてやっていくと載っていた。イザムにとっては、ビジュアル系の女装して生きるのが、一番自然で楽なのだと思う。それでいいと思う。趣味趣向は本人のもの。微力ながら応援してあげたい。

    ●イザム
    http://shazna20.com/
    http://acecrew.co.jp/artist/shazna.html

    ●ひなのの今日の記事
    https://news.yahoo.co.jp/articles/65636dba146e28df10686ac0dd89713bc537508c

  • 「熊に襲われる被害」

     今年は暖かい日が早く来てるので、熊も冬眠から早く目覚めるようである。今日、北海道で山菜取りに行った60代の男性が、熊に頭をかまれ亡くなったとニュースが載っていた。日本では一般的に、北海道に一番熊が多そうに思うので、普段から気をつけなければいけない

     近頃ポツンと一軒家の真似で、更に奥地の人を求め、テレビ局のスタッフが山に入る。麓の場所を聞かれた人が気を使って、熊よけの鈴を貸したりしている。みんな無防備すぎる。熊は冬眠から覚めたら、絶対お腹が空いているので襲われる確率が高い。

     私なんか「大文字山」のような低い山でも、登るときは、独り言を言ったり歌を歌ったり、カタコト音を出したりしていた。毎日運動のように登ってるおばさんは、タオル1枚に薄着と知って驚いた。ちょっと油断のしすぎだと思う。最低限の口に入れるものや、熊よけなどは必要と思う。大文字山にも、鹿、猪、猿はいる。油断は禁物。

    ●「悲鳴聞こえた」妻から通報…クマにかまれたか "山菜採り"で入山 60代男性死亡。2021年4月10日

     4月10日午前11時前、北海道東部の厚岸町の山林に、山菜採りのため入山中の60代の男性がクマに襲われ、その後死亡しました。事故があったのは、北海道東部の厚岸町の山林です。4月10日午前11時前、山菜採りのために入山中の男性と、一緒にいた妻から「旦那の悲鳴が聞こえた。クマとお見合い状態になっているのを見た」などと110番通報がありました。

     消防によりますと、男性は午前10時ごろから入山していました。襲われたのは釧路市に住む60代の男性で、頭をクマにかまれたとみられ、午後1時30分すぎに現場で死亡が確認されました。春の訪れとともに、北海道では各地でクマの出没が相次いでいて、警察が注意を呼びかけています。

  • 落語「桂 春団治 (4代目)」

     早朝に落語をやっていて、時々見ることがある。今朝は、現・桂春団治(かつら・はるだんじ)」で、その前は「桂春之助(かつら・はるのすけ)」と名乗っていた。いつだったか大事故に遭って、もう生きていないと思っていたので「え?生きてたん?」と思った(笑)落語は上手とは思わないで、バラエティとして、今の吉本みたいに、飛んだり跳ねたりして笑わしていたような、かすかな記憶しかない。

     私が好きだったのは、1にも2にも桂枝雀(かつら・しじゃく)。その次は桂吉朝(かつら・きっちょう)。素人の私でも2人は落語がうまいと思った。「京都府立文化芸術会館」では落語会がよくあって、2人を何回も見た。ここは舞台の裾から、すぐ裏口に出られたので、そこに立っていれば至近距離で見られた。「こんにちは」ぐらいは気さくに声をかけることができた。

     枝雀さんは頭が禿げているので、いつも毛糸で編んだ、春用や冬用の帽子をかぶっていた。割と小柄な人だった。いつだったか一度、枝雀さんに手紙を出したら、奥さんが「てぬぐいと扇子」を送ってきてくれた。めちゃめちゃ嬉しくて、一層のファンになった。今はどうか知らないが、落語家には気さくに声をかけられたし、落語家も答えてくれた。

     御大の桂米朝(かつらべいちょう)さんに「昔の道具が分からない。いかけやって何?」と聞いたら、その日の落語の時、舞台で話の中に入れて教えてくれた。今みたいにスマホでポンポンというわけにはいかないとき。

     大阪でたった1つ「村」が付くのが、「千早赤阪村(ちはやあかさかむら)」知り合いは誰もいないが、この地名が大好きで、金剛山に登りがてら1回行ったことがある。乗り合わせたバスの客が「落語家、桂南光の生まれたとこで、村一番の貧乏やった」と言っていた(笑)金剛山にはロープウェイがあり楽に登れる。

    ●米朝事務所
    http://www.beicho.co.jp/profile0

  • 「まんぷくメシ」

     梅沢冨美男と東野幸治が日本中を回っている。今朝は鹿児島・指宿で、「そらまめ」の収穫と調理をしていた。うちの実家も百姓で、子供のころは「豆もぎ」がイヤでイヤでたまらんかった。豆をもぐだけではなく、続けて皮むきがある。取り立てをむいた方が新鮮なので、早くやらなければならない。豆の皮は牛の餌になるので、タッタタッタと進めるが、半端ない量なのでたいへん。やらないと兄が怖かった。

     今は、ただただ懐かしい。やろうと思えば今でも畑があるが、百姓のやり方は全く知らない。実家を貸し家にしてるので、畑は別でも、やっぱり入りにくい。別のとこにも田んぼはあるが、近所の人に「今ごろ何してんの、気ぃでも狂ったん?」という目で見られるわ(笑)

     豆は青臭いので「かき揚げ」が一番おいしいかも。煮るのもおいしいけど、昔は料理のレパートリーも少ないし、毎日同じものを食べさせられて、文句ばっかり言っていたなぁ。 

     マツタケのシーズンには、マツタケを七輪で焼いて、子どもが普通にシイタケのようにパクパクと食べていた。昨年「松茸ハンター長野の藤原さん」をテレビで見ていたが、ものすごく努力して松茸を作っている。「チコちゃんに叱られる」でも取り上げていた。昔は普通に何もしなくても豊富に出ていたのに、今はなんでかな?と思う。

     そういえば、松茸山と言われるとこは、大きな「赤松」が多かったのを記憶している。松葉は風呂焚きに使うので、籠を背負って近所の子たちも皆で持ち帰っていた。それが雑菌の掃除になっていたのかも。今は開発されて山すら無くなった。懐かしい思い出。

    ●まんぷくメシ
    https://www.nhk.jp/p/manpuku/ts/L27W5XX25G/

  • 「大阪造幣局 桜の通り抜け 今年も中止」

     造幣局もダメか!桜の期間は短いので、見られたらいいのになぁ。満開の桜が一輪もなく、タダの青葉に代わっているのを見るのは、ホントにさみしい。あの華やかさは何だったのかと思う。小倉山にカタクリの花を見に行って、2~3日後に行ったら、何事もなく葉っぱだけに代わっていた時は、ホントに切なかった。毎年繰り返されることだけど、咲いてる内に、絶対見るべきと毎年思う。

     川のそばで、屋台のたこ焼きや、ウィンナーなども、桜の下で食べるから、ひとしおおいしく感じるのに。

    ●コロナで中止の「桜の通り抜け」 造幣局がHPに公開
    朝日新聞 2021年4月9日
     
     造幣局(大阪市北区)の桜が見頃を迎えている。新型コロナウイルスの感染拡大で、137種336本の桜が並ぶ、約560メートルの「桜の通り抜け」は2年連続の中止に。開催初日となる予定だった8日、ひっそりとした通りには、淡いピンクや白、黄緑色など様々な色の桜が咲き誇っていた。

     今春は、入場を事前申し込みに変え、例年約60万人の来場者を15分の1に減らして開催する予定だった。だが、大阪市が「まん延防止等重点措置」の対象地域になり、直前で中止を決めた。造幣局は8日から、ホームページで桜の写真を公開している。担当者は「来年こそはコロナが収束し、楽しんでもらえたら」と話す。
    https://www.asahi.com/articles/ASP49365FP47PTIL03L.html

  • 「小室圭さん、結婚への思い変わらず」

     そりゃ~そうよ。市井の貧乏人が天皇家の血筋と親戚になるんだもの。警備がついて世間からチヤホヤされて、この千載一遇のチャンスを、圭君はやすやすとは手放すまい(笑)一時金は住居や警備費にアッという間に無くなる。その後、どうするんやろ?今までの皇室離籍の女性たちは、相手の家がそこそこ名家で金持ち。清子(さやこ)さんの場合は、夫が公務員で収入は安定している。

     真子ちゃんは、いずれパートに出なければならないかも(笑)皇室の親に泣きつ
    いても長くは続かないぞよ。

    ●小室圭さん、結婚への思い変わらず 「誤情報を訂正」と文書公表
    毎日新聞2021/4/8

     秋篠宮家の長女眞子さま(29)との婚約が内定している小室圭さん(29)が8日、週刊誌などで報じられている小室さんの母親を巡る金銭トラブルについて説明する文書を公表した。冒頭では「結婚に対する思いに変わりはありません」と明記。その上で文書の目的を「金銭トラブルと言われている事柄に関する誤った情報をできる範囲で訂正すること」としている。

     文書は同日付でA4判24ページ。内容を4ページにまとめた概要も付いており、代理人の弁護士を通じ、各報道機関などにファクスした。

     眞子さまと小室さんの婚約は2017年9月に内定。しかし週刊誌で小室さんの母親を巡る金銭トラブルが報じられた後の18年2月、宮内庁が結婚の延期を発表した。秋篠宮さまは同年11月の誕生日記者会見で小室さん側に「相応の対応」を求められた。一方、小室さんは19年1月、金銭トラブルについて説明する文書を弁護士を通じて公表。「解決済みの事柄と理解してきた。(金銭トラブルの相手方である、母親の)元婚約者の方から理解を得るよう努めたい」としていた。

     眞子さまは20年11月、文書で結婚に向けた強い思いを表明したが、今後のスケジュールは示されていない。小室さんは18年8月から米ニューヨークのロースクールに留学している。
    https://mainichi.jp/articles/20210408/k00/00m/040/104000c?cx_testId=122&cx_testVariant=cx_2&cx_artPo

  • 「奥村千穂さんのブログ」

    「猫のしっぽカエルの手」というNHKの番組で、フィレンツェに住む千穂さん家族を知った。まだ一人娘のユキちゃんが、5歳ぐらいの時かな?「猫のしっぽ」は、まだ京都大原に住むベニシアさんで放送が続いている。しかし2017年ごろはベニシアさんも元気だったが、現在は70歳で白髪になり目が悪く、歩行が困難で両手で杖をついて、ヨボヨボ歩きは前にも書いた。今もベニシアさんの放送は続いているが、過去の放送分を繰り返し流しているだけ。それでも私なんかは全然飽きないで毎回見ている。

     千穂さんはテレビに出て来ないが、毎日ブログを書いているので情報は今も分かる。しかし千穂さんは救急隊のボランティアをしていて、忙しいのか最近はブログも休みがち。つい数日前、「これから毎日書く事にします」と書いてあったので、毎日見ているが3月30日で止まっている。千穂さんは旅行者の滞在型のアパートのお世話をしている。しかしコロナの影響で今は客も無いと思うし、ボランティアは無給らしい。20代の子はいくらか出るようである。何かメリットでも無いと「夜勤なんか出来ないわ」と私なんか思うけど、今いち国のやり方の詳細は分からない。

     税金を安くしてもらうとか、なんかメリットが無いと、かすみを食べて生きてはいけないんだし。千穂さんは本を書いたり、それなりの貯えを持っているかと思う。千穂さん夫婦は大学も出ているし頭も良い。夫の実家も近くにあるし、食いっぱぐれは無いと思う。貧乏人の私が心配しても一銭にもならんんけどね(笑)

     私はフィレンツェもイタリア 全土も大好き。もうイタリアには行く元気もないが、ブログを読むのは楽しみで続けてほしいと思う。ユキちゃんがこれから何になるのか成長も見ていたい。新学期はどうなるのかな?

    ●千穂さんのブログ
    https://lacasamia2.exblog.jp/

  • 「家、ついて行ってイイですか」

     関西では「BSテレ東」も入るが、「テレビ大阪」でもやってる事がある。3/3(水)の礼文島のてる子おばあちゃんを見てから、しばらく経った3/27(木)に「かかりつけ医、赤ひげ大賞」という番組をBSフジでやっているのを偶然に見た。「あれ?てる子おばあちゃんが転倒して入院した病院や」と思った。礼文島の「礼文町国民健康保険船泊診療所」の 升田鉄三医師(67歳)が受賞をしていた。

     私は病院が多すぎるような都会に住んでいるが、礼文島のようなへき地に住んでいる人たちには、医者は重要だろうと思い受賞されてよかったなぁと思う。私なんかは、いつでも病院に行けるという安心感からか、病気やケガで診察を受けた事は、今までほとんどないので、かかりつけの医者もいない。しかし年々年を取って行くので、かかりつけの病院を選んだ方がいいのかなと思って見ていた。

     升田医師は緊急手術の患者の場合、1日2便の船で本土に行ってもらわなければならないので、「できるだけ的確な診断をつけ、早急に専門病院に移送すべきか判断を迫られる場合が多い」と話していた。島内の訪問診療もしている。今は次男の晃生(あきお)医師が一緒に働き、後継者が出来てホッとしておられるのではと思う。「父の跡を引き継ぎながら、さらに発展させて島の人々の健康の支えになればと思っています」と感じのいい謙虚な人柄だった。

     礼文島にはお年寄りが多く、冬の間、転倒で運ばれてくる人が多い。稚内の整形外科に移送して治療をしてもらうと話していた。礼文島内では限界があり離島の中でも一番環境が厳しいとの事だった。礼文島ではコロナが発生していないので、一層の予防で礼文島には入れるようである。

     てる子おばあちゃんは、その後、元気にしてるかな?あの日の番組のスタッフは元気かな? 気になる。

  • 「桜を堪能!京都人のお花見」

     京都 大覚寺から4/2(金)に生放送があった。桜の花びら付きの枝を切って、四角い黒の水盤に、いけばな嵯峨御流の辻井ミカさんが生けていた。水盤の外に桜の花びらを散らしているのを見て、映画「利休」の1シーンを思い出す。

     せっかちな秀吉(山崎努)が利休(三国連太郎)の茶室に来て、武骨な大鍋と、梅の花が咲いた大きめの切枝を持って来て、いきなり「これを生けてみよ!」と言う。利休は落ち着いて、まず梅の花びらを鍋に多めに散らして、枝をそばに置いた。秀吉が「見みご!」と感心するシーンがあった。木や枝があると、凡人は何とか挿してみようと思うが、さすがに利休は違う。

     この映画では秀吉が来る朝に、利休は庭の朝顔の花を全部摘んで、一輪だけ竹の筒に入れて茶室の壁に掛けているシーンがあり、その趣向を秀吉が驚く。勅使河原宏さんが監督なので、随所に粋な計らいがある。茶々(山口小夜子)が秀吉に「わ子がお腹を蹴りまする~」というシーンの時に敷かれていた絨毯は1000万と解説の山本晋也監督が言っていた。

     別の番組で何かの審査委員長をしていた高橋英樹さんが、女子アナに「京都の桜、どこがいいですか」と聞かれ「広沢の池がいいですね」と答えた。その女子アナが「どのようにいいですか?」と聞いたら、英樹さんはウッと答えに詰まって「池の周りにズラッと咲いてるのがいいです」というような答えをしていた。桜は桜で理屈抜きに綺麗なもの。それを意地悪く突っ込んできた女子アナを「アホか!」と思った。

     このあと私も「広沢の池」に桜を見に行ったが、池の回りに桜の木がいっぱいあって綺麗だった。桜は理屈抜きに綺麗で、それでいいのに。私はトキオの「鉄腕ダッシュ」で、たまたま池から出て来た種をまいたら「まくわうり」が出来たのを見た。150年前に参勤交代で来た愛知の人が、捨てた種が池の中でジッとしていたのではという話だった。

     その話を思い出して、昨年の秋、近くの無人販売で売っていた柿を、サッと拭いて、歯でむいて食べ、種を池に沈めた。150年経ったら池から柿の木が伸びるかなと思って(笑)大覚寺は以前は大沢の池まで行けたが、今は池の手前から拝観料を取るようになって、行かなくなった。時代劇のロケもパッタリなくなったし。

  • 「市民新聞」

    「100%配布しんどい」と今日のネットに載っていた。「他にも京都みたいに無駄なことしてるとこがあるんやなぁ」と思ったら、何と京都の事だった。私なんかポストに入っていても1字も読まないで、ゴミ出しの日にそのままゴミ袋にポイ!。少なくとも似たような新聞が3紙入っている。どこがスポンサーなのか分からないが、未だに続いている。これを見ないからと不自由に感じた事は1度もない。

     この配達をバイトにしてる人もいるのかもしれないが、ホントに無駄よ。今は新聞を取ってないので知らないが、ぎょうざの「王将」が、餃子が1人前タダになるのとラーメンが半額になる券を月に2回載せていた。公共の新聞では、そこの部分を切られたらたまらないので、図書館なんかは、その部分を黒く塗って使えないようにしていた。

    ●「市民しんぶん」100%配布、なぜ難しい 負担はどれほどか、記者が体験
    京都新聞4/7(水)

     京都新聞社の双方向型報道「読者に応える」に寄せられた「市民しんぶんが自宅に届かない」という疑問を調べ、配布率が実際は約83%であることや「各家庭への配布が負担だ」という自治会の声を2月12日の紙面で取り上げたところ、読者から多くの反響が寄せられ、現行制度の改善を求める声や、町内会で工夫して解決すべきとする指摘もあった。読者からの意見を紹介し、京都市伏見区で記者が市民しんぶんを配布してみた。

     下京区の50代女性の住むマンションでは、市民しんぶんが1階の受付に置かれたままで半分以上は廃棄されているという。女性は「住民に確実に届かない状況は税金の無駄遣い。市は現状を把握して改善策を考えてほしい」と指摘。

     実際に配布する市政協力委員から「後任が見つからない」と嘆く声もあった。左京区の男性(75)は10年以上市政協力委員を担い、市民しんぶんを配り続けている。「以前委員をしていた人が亡くなってからずっと自分がやっている。後任を探してもみんなに断られている。自分もあと5年できるかどうか」と気をもむ。

     4月から市民しんぶんを配ることになった左京区の女性(60)は「市は地域の人の顔が見えるということを望んでいるかもしれないが、そのままポストインで誰が配っているかも認識されていない。これをずっと続けていくのか疑問視している人は多い」とため息。

  • 「花札(はなふだ)」

     お笑い千鳥(ちどり)の「花札やってみたいんじゃ」という番組を、たまたま見ていた。ノブが、映画「ちはやふる」で、百人一首の試合の時に着る、着物やハカマ、タスキをつけて女形をしていたが、意外と可愛いかった。今どき「花札」をするような人がいるのかと思うが、大悟もノブも花札のルールを知らなくて、やり方の紙を見ながら進めていが、途中で「こいこい」の方がいい、と違うのをやっていたが、私なんか「こいこい」のルールの方が分からない。

     子どもの頃は、雪もよく降って、お正月なんか火鉢でモチを焼きながら、よく花札をした。子どもなんでお金なんか掛けない。当時、義姉が内職で任天堂の花札を作っていた。昔のことで四角く切った 段ボールに花札の模様を糊で張り付けるだけ。それを竹のザルにいっぱい並べて、乾燥させていたのを思い出す。いくらにもならないと思うが、子どもも小さく、遊んでいるよりはと一生懸命やっていた。

     今は小振りだが100円均一で花札が売っている。たまに一人でやることがある。
    4枚あるうちの、同じ種類が3枚あれば1枚他のに変えられるが、大悟はそのまま使っていた。アカタン、アオタン、イノシカチョウなど同じなのもあるが、ルールが違うのもあり、地域によってルールが違うとテロップが出ていた。花札をしげしげと見た事が無かったが、よく見ると模様や色が綺麗。菊の花のそばにあるのは、盃だったんだと、改めて1枚づつ見てみた。

     今日はテレビなので、手の内にある札を見せていたが、普段は自分の持っている手札を見せたりはしない。何を取ろうとしてるか相手に分かり邪魔をされるから。

     松山千春の、今年99歳で亡くなった母親ミヨさんは、花札が大好きで、千春が歌手になる前、お金を賭けて家でよくやっていたと、千春が舞台で言っていた事がある。警察が来たことも有ると言っていた。おもしろくて豪傑なイメージがある母親のようだった。

    ●テレビ「千鳥」
    https://www.tv-asahi.co.jp/tvchidori/

  • 「応仁の乱」 「呉座勇一(ござ・ゆういち)」

    「応仁の乱」を書いた呉座さんが、北村紗衣さん(武蔵大学准教授)を誹謗中傷したという記事をネットで見た。呉座さんて穏やかで優しくて噛み砕くようにゆっくり話すので、私なんか親しみやすく思っていたので「え?誹謗中傷?」とビックリした。

    「応仁の乱」は、これと言った武将が出て来ないし、私なんか未だによく分からない。京都の「時代祭」に「室町時代」だけ出て来ないので日野富子が、わが息子を将軍にしたいが為に、山名宗全を味方にして「応仁の乱」を起こし、11年もの間、京都が荒廃したという事だけは分かる。しかし2007年からは「室町時代」が「時代祭」の行列に参加している。

     日野富子の尼姿の座像が人形寺の「宝鏡寺(ほうきょうじ」に祀られている。小さい像で穏やかな顔だし、気の強い女性にはとても見えないが、我が子の為なら鬼にも蛇にもなるのか。

     今年、桜を見に「南禅寺」を通ったら「山名宗全の墓」と書いてあった。堀川通り近くにある「山名宗全邸宅跡」は、一時期よく通っていたが、お墓を知ったのは今年。

     さて呉座さんは、次期大河ドラマの時代考証を降りたとあったが、そんなに根深いものなん?呉座さんの書いた「応仁の乱」は、文庫サイズに近く値段も安い。難しくても読める。本は40万部売れたらしい。

    ●──8代将軍の足利義政には息子がなく、弟の義視(よしみ)を後継者にしたところ、義政の妻である日野富子が男児(のちの9代将軍義尚)を出産。富子は我が子を将軍にしようと画策して乱を引き起こした、などとも言われます。

    呉座:かつては日野富子悪女説が有力でしたが、最近は富子の関与はかなり限定的だったと考えられています。足利義政が無能だったからという見方も単純すぎます。銀閣造営など文化事業にしか興味がなかった人と見られがちですが、義政の実際の行動を見ていくと、将軍としての自覚を持って政治に取り組んでいたことがわかります。応仁の乱に関しても、戦争を終わらせようと努力をしている。でも、そうした努力は実を結びませんでした。やることなすことタイミングが悪いんです。

    呉座さんの顔
    https://www.chuko.co.jp/shinsho/portal/098100.html

  • 「月曜から夜ふかし」

     うたた寝から目覚めたらやっていた。マツコ・デラックスと村上信五がやっている番組。今夜は過去の放送分を出していた。「村上」の写真を道を通る視聴者に見せ、名前を聞いている。誰か「村上」を「村雨(むらさめ)」と言って「え?」と思った。「村雨」とは時代劇ドラマ「蝉しぐれ」に出て来る剣法の名。多分私だけかもしれないが「村雨」と聞くと、必ず「村雲(むらくも)」が浮かぶ。

    「村雲」とは豊臣秀吉の姉で、豊臣秀次の母のこと。淀に秀吉の子「秀頼」が出来たため、秀次は秀吉に疎まれ、蟄居(ちっきょ)の上、自害させられた。秀次を弔うために「村雲御所」が堀川通りの現在「西陣会館」の場所に建てられた。その後、近江八幡市の八幡山に移築されている。

     今日、堀川通の桜を見に行き、「西陣会館」に建っている「村雲御所」跡地の石碑を見に行った。堀川の桜が途切れる辺りの、丁度向かいに「西陣会館」が見える。その少し手前だったか茶器で有名になった「織部焼(おりべやき)」の古田織部が建立した「興聖寺(こうしょうじ)」(別名・織部寺)を偶然に見つけた。織部焼は、中井貴一主演の映画「嘘八百」に、ニセモノがふんだんに出て来て、欲の突っ張りあいで、大騒動になるのがおもしろかった(笑)

     二条城西側の「ハナミズキ」の咲き具合を見に行った。ほんの少し咲き掛けみたいのがあったが、まだまだこれからという感じ。今、年度末で、あっちこっち道路を掘り返しているので、自転車でゆっくり見られない。すぐにガードマンが早く通るように旗を振る。「あんたらの勝手やろ!」と頭に来る。 

     堀川通りの桜が今、とっても綺麗。「ソメイヨシノ」は、ほぼ散っているが、それ以外の桜はこれから咲くのがまだまだある。京都市内で、これほど桜の種類があるのは、ここぐらいと思う。鴨川沿いにあるのは「ソメイヨシノ」がほとんどで、ほぼ同時に、全体が散るのですぐに無くなる。

     最近「ソメイヨシノ」はクローンで「オオシマザクラ」と「エドヒガン」を掛け合わせ、明治政府が近代化の象徴として吉野村で作らせたと知った。ずっと「ソメイヨシノ」が純粋な桜の発祥と思っていたが、東京の上野公園の桜守が話していた。

     映画「時雨の記(しぐれのき)」の主人公の名は、堀川多江(吉永小百合)壬生孝之助(渡哲也)京都らしくてすぐシーンが浮かぶ。

  • 「橋田壽賀子さん死去 95歳」

     私の姉は「渡る世間は鬼ばかり」が大好きで、たまたま電話が長引いたら「渡鬼(わたおに)始まった!」といきなりパチンと切られた(笑)橋田さんの代表作は「おしん」。2019~2020にかけて「おしん」の再放送があり、こんなストーリーだったのかと、昨年初めて全部を見た。

     2019年11月には「おしん」の同窓会が放送され、泉ピン子、伊東四朗、小林綾子、東てる美、大橋吾郎、並樹史朗、の6人が出た。おしん役の綾ちゃんは子役からすっかりお姉さんになった。ピン子さんと四朗さんは、おしんの父母役。てる美さんは、おしんの奉公先「加賀屋」のお嬢様加代。大橋吾郎は加代の息子。並樹史郎はおしんの夫。並樹さんは再放送で見ると、めっちゃイケメンだが、今やただのおっさん(笑)

    ●脚本家・橋田壽賀子さん死去
    TBS系4/5(月)

     「渡る世間は鬼ばかり」などを手がけた脚本家の橋田壽賀子さんが、4日、亡くなった。橋田さんは、脚本家として、TBSテレビのドラマ「渡る世間は鬼ばかり」やNHKのテレビ小説「おしん」など数多くの名作を世に送り出した。2015年には文化功労者として顕彰され、昨年秋には文化勲章を受章。

     橋田さんは、今年2月下旬から、急性リンパ腫の治療のため東京都内の病院に入院。先月には、自宅のある静岡県熱海市内の病院に移り、治療を続けてきた。その後3日に自宅に戻り、4日午前、息を引き取った。橋田さんの遺志により、通夜・告別式、「お別れの会」などは行われない。

    ●泉ピン子コメント。

     昨日意識がなくなったとき、「ママ」って呼ぶ私の声が聞こえたのか、最後に目を見開いた、それが最後。クルーズ旅行に行く時と、お正月に着ていたお気に入りのドレスと、橋田文化財団を設立したときに作った松竹梅の思い出のドレスを着せ、私がお化粧をしてあげ旅立った。橋田さんは「千の風になってあなたの周りにいるから」といつも言っていた。「私が先に逝くとは限らないけど」と茶目っ気たっぷりで付け加えたりして。

     最後は「千の風になって」をかけて送った。今の私があるのは橋田先生のお蔭。ずいぶん喧嘩もしたし、泣いたこともあったけど、橋田さんとご主人には本当の娘のようにかわいがっていただいた。私も熱海で暮らすようになり、最後はずっとそばにいられたから熱海に越してきた意味があったと思う。

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