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手持ち資金でやれよ感はありますが年高ですしな😡😡😡 どうやっても儲かる投資でしょうしPO応募してねてます🥲🥲🥲
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みながAI必要だと思って利用する、うまくすると生産性が上がる、生産性が上がると、人が要らなくなる、失業者がふえる。。。その一方で生産性上がると企業が儲かる、投資する、給料上げる、仕事が増える! ラッダイト運動とか調べてみるといい。産業構造の変化にともなう摩擦的失業は起きるが、生産性向上は経済成長のもとだ。 ヒアリングしたいくつもの企業も、おれも役立つと実感してるが、仮にAIが役立たずだったとしても、使うやつがいれば、需要は生まれ仕事は増えるのだ。
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投資手法に絶対はなく、もしあれば皆がそうするので、その時点で絶対ではなくなります。 全員が儲かる投資手法なぞありません。 人それぞれ、自分の得意な投資手法を身につけることが大切だと思います。 私の投資手法を何回となく投稿していますが、今回は野球の例えで話してみます。私は球団の経営者の立場です。私はこの考え方が結構しっくりいっており、気に入っています。 現物保有は1軍で球団経営者としては一番大事にしている戦力です。一方信用保有は2軍です。 1軍は含み益が条件で、もし含み損へ転落すると即2軍落ちないし、戦力外通告(損切)です。 最近では6902デンソーが2軍落ちしました。再度1軍へ這い上げることを期待しています。最近は戦力外通告(損切)はありませんが、含み益があっても長期的な球団強化のためトレードに出すケース(利確)はたまにあります。 金銭トレードで手元資金が増えますので、また有望新人をスカウトするために使います。 一方、2軍(信用)は含み益が10%以上になれば1軍昇格をさせます。しかし、上記と同じように長期的な球団戦力を考えた場合、必要ないと判断すれば、10%以上の含み益があっても利確し金銭トレードに出し、新人発掘に努めます。 期待外れで5%以上含み損が出た場合には即刻戦力外通告します。買値付近でウロウロして泣かず、飛ばずのケースもかなりありますが、金銭トレードないし戦力外通告でフレッシュなメンバーに入れ替えます。 私はこんな感覚でポジション運営をしています。 球団経営の目標は純資産を増やすことです。 純資産とは「現物の時価評価額+信用の損益+証券会社預け金」です。
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投資の世界では絶対はないのだが、今、絶対に儲かる投資方法がある。 それは金利の安い円でお金を借りて、そのお金をドルに換え金利の高いドルで貯蓄することだ。 それほどドル円の金利差は広がっている。 そしてその広がった金利差が円からドルへの両替へとつながってどんどんどんどん円安がすすんでいるわけだ。 そのきっかけはパンデミックで欧米各国はお金をばらまきその場を凌いだ。 日本はそれが足りなかったし、「老後資金が―」とか「少子化で日本の将来がー」という政府誘導で庶民がお金を使わないし、企業も値上げに二の足を踏む。 というわけで日本は低金利にもかかわらずデフレ傾向。 一方FRBでは金利を下げるどころか上げることさえ検討されるほど。 アメリカ人の国民性もあるだろうけど、日本円については庶民の将来の不安を煽り政府誘導の円安になっているからこの傾向は直ぐには変わらない。 このままでは衰退する産業も出てきて本当に円の価値が下がることにもなりかねない。 財務省は絶対儲かる為替取引の利益を国民に還元するべきだろう。
全文は日経新聞で。一部抜粋。田…
2024/05/31 00:08
全文は日経新聞で。一部抜粋。田辺元社長お悔やみ申し上げます。 明日は田辺社長に経緯を払う相場展開になるかもしれません。 三井住友トラストホールディングスがなかったら、自分はここの株を買わなかった。資産運用立国で投資信託、年金信託など時代が三井住友トラストホールディングスに追いついてきたと言う。メガ信託銀行の誕生。田辺社長に哀悼の意を捧げ、記念配当10円に更にプラス5円だったり、記念自社株買いを1000億円頼みます。創立100年。信託銀行は、もっと儲かる投資ファンドになると思います。 再編仕掛けた「小さな巨人」 田辺和夫・元三井住友トラスト社長死去 2024年5月30日 2:00 [会員限定記事] 「平成金融危機」をくぐり抜けた金融激動期の経営者がまた一人、鬼籍に入った。5月19日、78歳の生涯を閉じた三井住友トラスト・ホールディングス(TH)初代社長の田辺和夫氏は暗闇に差した一筋の光明のような存在だった。(社会1面参照) 屋台骨を揺るがした銀行業務から撤退し、代わりに脇に追いやられていた資産運用ビジネスをメインに据える――。政府が昨年まとめた資産運用立国実現プランを先取りするような構造転換の必要性を、今から30年も前に周囲にアジテートしていた。 答えは「メガ信託の誕生」と心に決めていたからこそ、おのずと仕掛け人になっていく。 初の信託銀行同士の再編となった99年1月の中央信託銀行との合併発表は2~3週間でまとめた。存続会社も本社所在地も社名の順番もすべて譲歩し、周囲を驚かせた。 繰り出すアイデアは斬新で、実行力と胆力が備わっていた。大柄な私が取材で向き合うと小柄な風貌にもかかわらず巨人に映るオーラがあった。資産運用立国時代が訪れると予言した田辺氏に時代がようやく追いついてきたと感じている。