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橋本駅前が発展すると思っている京王線利用者は、頭がいかれている。 京王線橋本駅利用者が今まで増えたのは、横浜線と相模線の車内とホームから 京王線の走行が見えるから。 相原高校の跡地の地下ホームにのりばを変更したら、乗り換え動線が悪くなる。 相模原市は、橋本駅前の乱開発をやれば、環境破壊は将来のマイナスにつながる。 井戸水が枯れたら、誰が責任を持つのか? 橋本駅は新横浜駅には勝てない。
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新綱島駅は、既存の綱島駅と同じ駅の扱い。 横浜駅と新横浜駅のように、全くの別個の駅でないから、「綱島新」駅の方が わかりやすい。 地名に新を付けるのは、斬新に見える。 地名+新の駅名は、採用すれば、全国初となるでしょう。
その後は松下電器産業(当時)や…
2024/05/21 07:12
その後は松下電器産業(当時)や日立製作所など名だたる電機大手へのライセンス供与を決めていき、94年には川崎市に事務所を開設した。その後すぐに拡大し、現在は新横浜駅前に移転している。 ニュートンとザウルス。いずれも成功したとは言いがたいが、ふたつの端末に採用されたアームは狙いを定めていく。あえてパソコンという巨大市場に背を向ける決断を下したのだ。「パソコンではすでにインテルが巨人。僕たちはどうやっても太刀打ちはできないと考えた」。ミュラーはこう証言する。 「業界標準になる」 創業者たちには決めていたことがある。「いつか業界のスタンダードになる」。その野望を実現させるため、パソコンの次に来るチャンスを伺おうと考えた。こうしてアームが力を入れたのが2つの商品のような「モバイル」だった。パソコンが爆発的に普及する一方で、携帯電話がじわりと広がろうとしていたからだ。 ケータイはパソコンと比べ、とにかくバッテリーを長持ちさせる必要がある。アームは徹底して低消費電力技術を磨いた。90年代末になり、この戦略が大当たりする。アームのライセンス供与先となった米半導体メーカーのテキサス・インスツルメンツが推奨する形で、フィンランドの携帯大手ノキアに採用された。 こうしてアームはケータイ向けCPUという新たな市場に攻め込んだ。2007年には創業にも関わったアップルがiPhoneを発売し、モバイル・インターネットの時代が幕を開ける。今では世界中で使われるスマートフォンのほぼすべてにアームの半導体設計が取り入れられている。 七面鳥小屋から這い上がり「スマホの黒子」の地位を不動のものにしたアーム。その躍進を目の当たりにして虎視眈々と狙いを定める男が、日本にいた。ソフトバンクグループ創業者の孫正義だ。 =敬称略 (編集委員 杉本貴司)(日経記事)