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No.1588 強く売りたい
アホtepcoman、 電気…
2016/08/18 20:06
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No.1583 強く売りたい
ネカマの変態詐欺師に騙されるタ…
2016/08/18 20:02
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No.1562 強く売りたい
俺様も セシウムシャワーを浴び…
2016/08/18 19:51
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No.1553 強く売りたい
アホ電力は 破綻処理がベスト。…
2016/08/18 19:45
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No.1551 強く売りたい
フクイチ事故は起きるべきして起…
2016/08/18 19:43
フクイチ事故は起きるべきして起きたのだ。
アホ電力だから最悪事態は想定できた。 -
No.1547 強く売りたい
とま〜〜長々とコピペしましたが…
2016/08/18 19:40
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No.1544 強く売りたい
福島第一原発のトラブル一覧 …
2016/08/18 19:38
>>No. 1533
福島第一原発のトラブル一覧
2010年6月17日 2号機
水位低下事故。3号機プルサーマルのためMOX燃料を導入しようとした矢先、2号機で水位低下する事故が発生[28]。
2011年3月11日 1・2・3・4号機
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震とその地震による津波で、外部からの電源と発電所内の非常用ディーゼル発電機による電源の双方を失う「全交流電源喪失」状態に陥り原子炉の冷却機能が失われたため、炉心溶融等により大量の放射性物質が放出された。原子力安全・保安院による暫定評価は最悪のレベル7。 -
No.1542 強く売りたい
福島第一原発のトラブル一覧 …
2016/08/18 19:36
福島第一原発のトラブル一覧
1990年9月9日 3号機事故
主蒸気隔離弁を止めるピンが壊れた結果、原子炉圧力が上昇して「中性子束高」の信号により自動停止した。INESレベル2。
1998年2月22日 4号機
定期検査中、137本の制御棒のうちの34本が50分間、全体の25分の1(1ノッチは約15cm)抜けた。
2000年7月 1~6号機
過去の自主点検検査記録などのデータ改ざんが行われていたことが原子力安全・保安院への内部告発により発覚し、2002年には東京電力もデータ改ざんがなされていた事実を認め、社長南直哉等当時の首脳陣が引責辞任した(東京電力原発トラブル隠し事件)。 -
No.1537 強く売りたい
福島第一原発のトラブル一覧 …
2016/08/18 19:34
>>No. 1533
福島第一原発のトラブル一覧
1978年11月2日 3号機事故
日本で最初の臨界事故とされるが、公表されたのは事故発生から29年後の2007年3月22日になってからであった。2007年頃、東京電力は当時相次いでいた不祥事の洗い出しをするため、過去の記録の再調査を行っていた。3月21日夜、東芝から東京電力に3号機炉心の中性子の計測記録に問題があった旨連絡が入った。報告によると、1978年11月、同記録の計測限界を示す状態が約7時間半続いていたことが記されており、当時の3号機当直員(東京電力社員)は「朝出勤したら制御棒が抜けていたので入れなおすように指示した。中性子の数値が上がっていたように思う」と証言した。原因は制御棒の水圧を調節する戻り弁の操作ミスで、1978年11月の事件の3ヵ月後に5号機、7ヶ月後には2号機で同様の制御棒脱落が起きていた。11月の事故が起きた時点で情報を水平展開していれば後の事故は防げた可能性を日本経済新聞は指摘している[12]。
1978年 硫化水素中毒事故(号機不明)
森江信によれば、放射能以外にも作業者に対する危険はあり、1978年には2次系配管で硫化水素による中毒事故が起き、その理由として硫化水素ガスの発生が容易に予期出来るにも関わらず現場に満足な検知器も無かったためとしている。 -
No.1533 強く売りたい
福島第一原発のトラブル一覧 …
2016/08/18 19:32
>>No. 1530
福島第一原発のトラブル一覧
1977年 墜落災害による死亡事故
森江信によれば、1977年にはタンク室で墜落災害による死亡事故が発生しているという。しかもこの時、救出された被災者は病院への搬送前にホールボディカウンターの検査を通すことになり、作業員への取材によれば搬送は数時間後のことだったが、東京電力は直後に搬送したと発表したとしている[11]。
1978年11月2日 3号機事故
日本で最初の臨界事故とされるが、公表されたのは事故発生から29年後の2007年3月22日になってからであった。2007年頃、東京電力は当時相次いでいた不祥事の洗い出しをするため、過去の記録の再調査を行っていた。3月21日夜、東芝から東京電力に3号機炉心の中性子の計測記録に問題があった旨連絡が入った。報告によると、1978年11月、同記録の計測限界を示す状態が約7時間半続いていたことが記されており、当時の3号機当直員(東京電力社員)は「朝出勤したら制御棒が抜けていたので入れなおすように指示した。中性子の数値が上がっていたように思う」と証言した。原因は制御棒の水圧を調節する戻り弁の操作ミスで、1978年11月の事件の3ヵ月後に5号機、7ヶ月後には2号機で同様の制御棒脱落が起きていた。11月の事故が起きた時点で情報を水平展開していれば後の事故は防げた可能性を日本経済新聞は指摘している。 -
No.1530 強く売りたい
福島第一原発のトラブル一覧 …
2016/08/18 19:31
>>No. 1526
福島第一原発のトラブル一覧
1973年6月25日 放射性廃液漏洩事故
発生時刻は16時32分で、原因は作業員のミスであった。この際東京電力は汚染土を除去し、残りの廃液を含んだ水を処理したが、従事した作業員の被曝量は安全基準を超えるものではなかったとされる。しかし、大熊町への連絡は何も無く、6月26日16時に共同通信記者からコメントを求められて初めて知った。東京電力は26日14時10分に報告していたが、その時点で事故から22時間経過していたことを大熊町は強く批判し、「地元をないがしろにし、場合によってはその信用を失ってもやむをえない」と述懐している[8]。
1976年4月2日 2号機事故
構内で火災が発生したが外部には公表されなかった。しかし田原総一朗に宛てた内部告発により事故の発生が明らかになり、告発の一か月後東京電力は事故の発生を認めた。東京電力は「溶接の火花が掃除用布に燃え移った」と説明したが、実際にはパワープラントのケーブルが発火し、偽装のため東京電力社員がダクトの傍でボロ布を燃やしたという噂が下請社員間で流れた[9]。同型のブラウンズフェリー(en)でケーブル火災による全交流電源喪失事故を起こした直後だったこともあり、東京電力はこの火災後、建屋内全域でケーブル類に耐火塗装工事を実施した。森江信は公式発表と実際の乖離例としてこの件を批判している。 -
No.1522 強く売りたい
我輩は、 セシウムのシャワー…
2016/08/18 19:25
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No.1519 強く売りたい
ネズミ一匹で電源喪失するアホ電…
2016/08/18 19:23
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No.1512 強く売りたい
何度も言っているだろ。 …
2016/08/18 19:18
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No.1510 強く売りたい
何度も、何度も言ってやる。 …
2016/08/18 19:17
何度も、何度も言ってやる。
東電は破綻処理がベスト。
それしかない。
アホ会社は株式市場の癌だ。
笑
馬鹿だから。 笑 …
2016/08/18 20:11
馬鹿だから。
笑
> なぜ東電を応援する?