「問題ないだろう」
林は決裁書にペンを走らせた。軽はずみだった。
市場の反応は想定を大きく下回り、株価は急落した。株主総会で飛び交う罵声を鎮めるため、またしても軽はずみに口走った約束。そこから林の贖罪は始まった。
食事はきゅうりだけ。朝も昼も夜も、塩もかけずに齧る。浮かせた食費で株を買う。退職金を前借りし、娘の学資保険も切り崩し、株を買う。だが、買えども買えども売りは止まらない。市場は残酷だった。
それでも彼は止まらなかった。毎日17:00きっかりに社を出ると、林は二度目の出勤を始める。オーダーメイドの背広を脱ぎ捨て、安いホテル街の路地に立つのだ。
「なんでもします 5000円」
何度も何度も、言われるままに体を差し出し、この日は朝までに一ダースほどの中年男に弄ばれた。心身ともにボロボロになった林は、きゅうりを齧りながら寄り付きを見つめる。
「特売 OVER 1,919,000」
40年近く休むことなく走り続けた男の、乾き切った頬に、涙が伝った。その時、何日も帰らぬ父を憂いた娘からの着信が鳴る。林は拳を強く握りしめ、嗚咽を噛み殺し、ただ「大丈夫だ」と繰り返した。得意の、そして自身を苦境に立たせる元凶の悪癖でもある、根拠のない約束。電話を切り、きゅうりを一本、ゆっくりと噛む。夜がまた、近づいていた。
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