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島国日本では、電欠でSHIぬことはないと 投稿したら、北海道ではありえると 返信頂いたことあります 都会の平野部在住で、遠出しないので 個人的には充電インフラは気にしません たぶん、サクラオーナーも気にしてないでしょう いつか航続距離が1000kmが普通になったら もう出先充電する人はほとんどいなくなるかな? 戸建ての場合ですが
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「日本の国の成立の第一歩は、ヤマト王権の成立ということになります。それは、ちょうど卑弥呼が亡くなった3世紀の中頃です。そして、その後5世紀になると〝倭の五王〟と呼ばれる王が5人続く安定的な統一王権が存在したことがわかっています。 でも、その間の4世紀に、どのように王権が推移していったのかは文献からはわからないんです。そのため、「空白の4世紀」と呼ばれています。 また、この空白の4世紀に王陵の場所がすごく変わっています。 3世紀の古墳は、邪馬台国、あるいは初代ヤマト王権の王の王陵と考えられるものが、奈良盆地の南にあります。そして、5世紀になって倭の五王の時代になると、大阪の平野に移っています。 では、4世紀はどうかというと、富雄丸山古墳のある奈良盆地の北に王陵が一時出てきます。つまり、4世紀は王陵の所在地が奈良盆地の南から北を経て、大阪平野へと変化する激動の時代なんです。 そして、富雄丸山古墳の調査によって、ある仮説が考えられるようになりました。 ヤマト王権の王は、畿内地域の諸勢力の中で、どの派閥が担いだ王なのかということです。王権の成立期は奈良盆地の南部の勢力がリーダーシップを握って王を輩出する立場にいた。しかし、4世紀になると弱体化して、主導権が大阪の平野部の勢力に移っていった。自民党の派閥争いみたいなものです。 そのとき、大阪の平野部の勢力のために非常に重要な働きをした人物が、富雄丸山古墳に眠っているのではないかというものです。 というのも、大阪平野に主導権が移ったヤマト王権は、5世紀になると盾形銅鏡に似た形をした革で作った盾や蛇行剣を各地の有力者に分け与えています。それによって連携を強めていきました。 その一番古いものが富雄丸山古墳から出ているのですから、大阪の平野部のヤマト王権に大きな影響力を与えた人だということが考えられるわけです」
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海の近くは内陸に比べて気温が低いよ。 関東で夏の平均気温が一番低いのは、平野部ではおそらく銚子じゃないかな。
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てかさ、地方のクソ田舎から仕事のある平野部に出ていっても、 土地、戸建てを買う、ローンを払う、嫁と車2台を維持、車の経費、食費、光熱費、 通信費、外食費、医療費、衣料費、子供がいたら子供の養育費、 子供の生命保険、夫婦の生命保険、車の任意保険、夫婦、子供のおこずかい、 雑費、GW、夏休み、年末年始の費用・・・ これ、年収600万でもマジきつくね?
>>太陽光、再エネ捨ててます。…
2024/05/24 14:42
>>太陽光、再エネ捨ててます。東電の送電線に余裕ありません。 その通りで新規に送電線簡単にできない 平野部の電柱ならいくらでもできるけど 更にサイクル変換も同じ データセンターなんて10年後でも無理