開智所沢「志願者日本一」報道のミスリードはなぜ生まれたのか——。“合同併願制度”を徹底検証する

12/9 9:00 配信

東洋経済オンライン

■「サブスク入試」の究極系!?  2万円で5校を受け放題

 まもなく首都圏の中学入試本番が始まる。特に、毎年1万人を超える志願者がある栄東(埼玉県さいたま市)の入試初日の様子は、首都圏の中学入試シーズンの幕開けを告げる風物詩になっている。

 しかし、2025年入試の直前には異変があった。新規開校2年目の開智所沢中等教育学校が総志願者数で栄東の「日本一」を抜いたと、一部メディアで報じられたのだ。ただしこれはミスリードな報道だった。

 開智所沢を運営する学校法人開智学園には、5つの中学校がある。開智一貫部(埼玉県さいたま市)、開智所沢(埼玉県所沢市)、開智未来(埼玉県加須市)、開智望(茨城県つくばみらい市)、開智日本橋(東京都中央区)。

 2025年入試では、これら5校すべてについて、受験料2万円で、何回でも何校でも受けられる「開智学園合同併願制度」を導入していた(図1)。いわば「学園グループ共通サブスク入試」だ。

 グループ併願を希望すれば、日程によって3〜5校同時に志願したことになる。つまり3〜5校それぞれの志願者数に「1」が足される。複数日程志願なら、それぞれの学校ののべ志望者数がさらに加算される。

 1回の入試を受けただけで最大5校を同時に受験したことになるのだから、よほど特別な理由がないかぎり、併願を希望しない手はない(図2)。

 開智一貫部に志願した併願希望受験生の数は、開智所沢にもダブルカウントされる。その逆もしかり。開智一貫部の志願者が、開智所沢開校前夜の2023年から開智所沢初年度の2024年にかけて激増している背景にはこの併願制度の導入がある。

 たとえば全国に20校以上ある日本大学の付属中学が同じことをしたら、各校の志願者数は驚異的な数字になるはずだ。

 おかげで埼玉県の各私立中学志願者数を合計した統計値はバグを生じた。開智グループでダブル・トリプルに志願者がカウントされているぶん、のべ受験者数が激増していることになってしまったのだ(図3)。

■少数精鋭のコース制は「バブル偏差値」の温床に

 志願者数が多かろうが、日本一だろうが、学校の良し悪しには関係がない。ましてやサブスク入試がこれだけ一般化してしまった現在の中学入試においては、入試回数を増やすほどにのべ志願者も増えるのは当然で、各校が発表するのべ志願者数にもはやほとんど意味はない。

 しかし大手メディアで「日本一」と報じられる宣伝効果は絶大だ。行列ができているラーメン店にさらにひとが集まるように、中学受験においても、人気があるように見える学校にさらに人気が集まる傾向がある。

 似たようなことをやりすぎて騒動に至ったのが、2023年の芝国際(東京都港区)初年度入試だ。一律の受験料で何度でも受験する権利が得られるサブスク入試を導入することで総志願者数を大きく見せ、「Ⅱ類」「I類」などのコース制導入のみならず50種類もの入試枠を用意することでいわゆる「バブル偏差値」をつくり出した。

 このとき芝国際の開校準備室長だった人物が、現在は開智所沢校長に就いている。都市大付属(旧武蔵工業大付属)、広尾学園小石川(旧村田女子)、芝国際(旧東京女子学園)と渡り歩いた経歴をもつ。

 開智所沢でもコース制が導入されている。上位枠の「特待コース(2026年は特進コースに名称変更)」と一般枠的な「本科コース」を分けた。これは都市大付属や芝国際の「Ⅱ類」「Ⅰ類」と同じだ。

 これらのコース制には、学力上位層のみに合格を出して「学校偏差値」を高く見せる効果がある。都市大付属は2013年入試で「Ⅱ類」「Ⅰ類」を導入して学校偏差値が跳ね上がり、躍進校としてメディアの注目を浴びた。

 ただし、芝国際はコース制をやめた。都市大付属も2026年入試からコース制廃止をすでに決定している。

 話をもとに戻す。2025年1月6日に埼玉県がとりまとめた数字として、一部メディアは開智所沢ののべ志願者数を1万5175人と報じた。同じく栄東は1万2757人だった。さて、ここからが答え合わせ。

 2025年の入試後に開智所沢が塾関係者に配付した資料によると、「開智学園合同併願制度」で合否判定を「開智所沢のみ」または「開智所沢第一」と選択した受験者の割合は合計で68.5%。

 これに、最終的に学校が発表したのべ志願者数の1万6486人を乗じると1万1293人になる。さらに学校発表の実志願者数5332人と実受験者数5131人を乗じると、「開智所沢のみ」または「開智所沢第一」と選択した実志願者数は3650人程度、実受験者数は3510人程度と推計される。

 そこで実際の数字を開智所沢に問い合わせた。「イベントにお越しになった方にお渡ししている入試分析データから推測可能な数字ですので、大雑把な数値として公表していただいて差し支えありません」というコメントとともに、「開智所沢のみ」と「開智所沢第一」のそれぞれを選択した実志願者数を実数で開示してくれた。その合計は、私の推計よりもざっくりと200人近く少ない数字であった。

■メディア各社は数字の背景を理解してから報道を

 合否判定には影響しないはずなのにわざわざ「開智所沢のみ」や「開智所沢第一」のような選択肢を設けている意図も尋ねた。回答は下記の通り。

 「本校は合同併願入試ですが、2校は独立した学校ですから、『出願時に2校を併願することを、受験生に強制するようなシステムは好ましくない』という学園の判断によるものです。

 併願は受験生、保護者にとってメリットの大きいものであると確信しておりますが、あくまでも本人の意志に基づき決定されるものであると考えております。したがって、出願の際に開智所沢のみに出願する、もしくは開智中のみに出願するといった選択肢を残しておくことで、2校の独立性を担保することができると考えています」

 なお2026年入試の募集要項では、追加合格判定においてのみ、「開智所沢のみ」または「開智所沢第一」を選択した者が優先される旨が追記されている。

 一方、栄東の最終的なのべ志願者数は1万4435人だった。実志願者数と実受験者数は、1月10日の「A日程(東大)」だけでも5179人と4969人だった。

 2025年の中学入試志願者日本一が実質的にどの学校だったのか?  結論は読者に委ねたい。

 大切なのは、中学受験で学校を選ぶ際には、数字の裏側にある制度やしくみにも目を向けてほしいということだ。そこは大人の役割だ。さらにいえば、メディア各社は、学校や塾が発表する数字の意味をしっかり吟味してから報じてほしい。

おおたとしまさ :教育ジャーナリスト

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最終更新:12/9(火) 11:10

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