2007年に閉院した新潟県糸魚川市の姫川病院。100床超の病床数を有する地域の中核病院として地域住民になくてはならない存在だったが、閉院後はすっかり廃墟化してしまい、現在は心霊スポットとしても知られている。
地方医療を支えてきた姫川病院が破綻した背景には、一体何があったのだろうか。
また、姫川病院に象徴される「地方医療の崩壊」はいま、全国的な問題となりつつある。姫川病院が経営破綻に至る経緯やいまの姫川病院の姿を通じて、地方医療問題の現状にも迫る。
■診療報酬切り下げ・医師不足で経営難に
姫川病院は、1987年に設立された新潟県糸魚川市の中核病院である。医療過疎からの脱却のため、当時の保守系の市会議員らが発起人となって医療生活協同組合を設立し、地元住民らが組合債を購入する形で誕生した。
一般病床は114床で、常勤医はピーク時で15人。外来受診者は1日約200人となっていた。
しかし、国の医療改革に伴う診療報酬の切り下げや医師不足により、次第に病院経営が圧迫されるようになっていく。
2000年には、組合が市に対し公立化を求めるまでに至るものの、糸魚川市をはじめとする近隣市町には、公立化するだけの財政的な余裕はなかった。
医師不足の面からは、04年に導入された臨床研修制度によって、研修医が自身で研修先を選べるようになり、都市部の病院に流れてしまったことが大きな痛手となったようだ。
姫川病院には、富山大附属病院から医師が派遣されてきていたが、臨床研修制度によって大学病院も医師数が減ってしまい、派遣する余裕がなくなった。その結果、閉院時には医師の数は6人まで減っていた。
市は年間数千万円~1億円の補助金を支出し、姫川病院をサポート。病院側はその補助金を建設債の償還や高度医療機器の購入、借入金の返済などに充てていたものの、赤字経営からは脱却できなかった。
そして07年3月、累積赤字4億4700万円、負債総額22億6600万円に到達。同年6月、自己破産手続きの開始を申し立て、閉院が決まった。姫川病院の閉院は、多くの患者にとって寝耳に水の出来事だったという。
■組合債を買った市民らが経営陣を提訴
慢性的に経営が苦しかったのは事実だが、破綻の直接のきっかけになったのは、2007年5月ごろから相次いだ、一部債権者による組合債の解約・返済請求だったとも言われている。
当時病院側は、他の医療法人への事業譲渡に向けて動いていた。その情報を知った一部債権者が、一気に解約・返済請求に動いたというのだ。返済請求額は、4日間で2200万円に上ったという。
これに憤ったのが、組合債の返済を受けられなかった債権者らだ。組合債債権者の原告団は、姫川病院の元経営陣らを相手取り、総額約5億7000万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。
原告団は、「危機的な経営状態を説明しなかった」と主張。しかし、一審の新潟地裁高田支部は、「被告らに説明義務違反はなく、組合債発行に違法はない」として、これを棄却した。
そして控訴審の東京高裁、最高裁も訴えを棄却し、原告の敗訴が確定した。
当時の報道では、多くの債権者は「市が支援している病院がつぶれるはずはない」と考え、組合債を買っていたとされる。実際、もし事業譲渡がうまく行けば、存続する道もあったのだろう。
姫川病院の破綻原因の一つには、姫川病院の運営組織であった医療生活協同組合の財務基盤の弱さもあるだろう。医療生活協同組合は、地域住民と医療・介護の専門家が協力して運営する、いわば、住民の自主組織だ。
破綻の引き金を引いた組合債の解約にしても、ルールが緩い自主組織だったからこそ、簡単に解約されてしまったとも言える。
■忍び寄る地方の医療崩壊
上述したように、姫川病院は医療過疎と言われている糸魚川市とその周辺地域の地方医療を支える中核病院であった。
姫川病院閉院時には、3000人の患者が姫川病院に通っていたという。これらの患者については、救急医療、入院医療は糸魚川総合病院が中心となり、外来医療は地域の開業医が対応。医療崩壊を食い止めたとのことである。
ただ、この「地域の医療崩壊危機」は姫川病院に限った話ではない。2025年に日本医療法人協会などが実施した調査によると、同協会などの会員となっている全国1700余りの病院のうち、赤字経営の病院は実に6割を超えているという。
赤字の割合は、2年前に比べ10.4ポイントも増加している。この大きな要因は物価高などによる経費の増加で、同会は「物価や人件費の上昇に診療報酬などの収入が追いついていない」と主張している。
地方医療の要である各地の国立大学病院でさえ、経営危機に瀕している。24年度の全国立大学病院の赤字総額は過去最大の285億円に上る。25年上半期は、「医療機関の倒産件数が過去最多」とのニュースも報じられた。
■「心霊スポット化」姫川病院跡地の現状
2007年6月に閉院した姫川病院は、その後診療所として使われた時期もあったが、現在は、建物の管理者がおらず放置されたままになっている。市は、「管理者がいないために解体もできない」との立場を貫いている。
地元では、夜中に侵入者が建物内で騒いだり、窓ガラスを割ったりする音を聞きつけ、警察が出動したケースもあったという。「肝試しと称して敷地に入る若者グループを何度も見掛けた」との住民の証言もある。
廃墟・心霊系のYouTubeで、夜中に姫川病院の内部に侵入して撮影された映像を、いまも数多く見ることができる。
筆者も数カ月前に撮影されたという動画をいくつか見たが、内部は荒れ放題で、いまだに医療機器や薬品などが放置されていることがうかがえる。
筆者は今年8月、現地を訪れた。建物の入口には特に門や扉、バリケードなどもなく、内部に比較的簡単に入れてしまう状態であった。
正面入り口に設置されていたと思われるドアや窓のガラスは、人の手によって割られたのだろうと思われるほどに、粉々になっている。
このような状況は、地域の防犯面からも大きな問題である。実際2021年6月には、不審火による火災も起きている。住民の不安の声は絶えない。
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地域住民の健康を支えるはずの中核病院が、いまは市民にとっての「頭痛の種」となっていることは、なんとも皮肉な結果かもしれない。
姫川病院は国道148号に面しており、JR大糸線の姫川駅から徒歩2~3分という比較的利便性の高い立地であることが、侵入者を招いている側面もある。やはり行政など公的機関の介入も期待したいところである。
また、もう少し広く社会に目を向ければ、少子高齢化が急速に進み、経済力が停滞するわが国において、地方医療問題は看過できないほど大きな問題になりつつある。
廃墟になったまま放置されている姫川病院は、地方医療の窮状を訴えかけるシンボルのようにも見えた。
終夜亭/楽待新聞編集部
不動産投資の楽待 編集部
最終更新:10/14(火) 19:00