マセラティが今なおエンジンにこだわる意味とは? V6 3.0L「ネットゥーノ・エンジン」の味わい

4/29 8:17 配信

東洋経済オンライン

 「この期におよんでも」と言えばいいのか。いくつもの自動車メーカーがバッテリー駆動に移行していくのを前に、いまだエンジンにこだわるメーカーもある。

 たとえば、ここで紹介するイタリアのマセラティだ。なんでわざわざ、凝りに凝った6気筒エンジンを2020年に開発したのだろう。

 詳しくいうと、ネットゥーノ(イタリア語でネプチューンの意=マセラティのシンボル的存在)と名付けられた3.0リッターV型6気筒エンジンで、2020年6月に発表された。

 F1などで使われるツインプラグ方式を採用。エンジン負荷に応じて燃焼を使い分ける、高効率性が特徴となっている。

 「自動車とはエンジンである」とは、以前からよく言われたこと。自動車メーカーは、新しいエンジン開発に成功した場合、単体で発表することがある。

 日産自動車も、凝ったリンクをピストンに組み込んで負荷(加速など)に応じて圧縮比を切り替える「VCターボ」を、現行「エクストレイル」搭載前に単体で発表したことがある。

 マセラティのネットゥーノも同様に単体で発表され、3カ月後に「MC20」というスーパースポーツに搭載した。

 私は、イタリア・モデナ郊外にある「マセラティ・イノベーション・ラボ」を訪れたことがある。そのとき、開発風景を見学。性能とともに音色(おんしょく)といった「感覚的な要素も大事だ」と説明された。それにしても、なぜ2020年に? 

【写真】ネットゥーノ・エンジンを搭載する美しき3台のマセラティ(40枚以上)

■BEVは「未来の一部」ではあるけれど

 2030年にはどのメーカーもバッテリー駆動へと移行しようという今、マセラティも例外でない。実際、2024年3月に東京で開催された「フォーミュラE」レースにおいても、マセラティコルセ(同社のレース部門)のジョバンニ・スグロ代表は、このBEVレースを「自分たちが向かう未来の一部」としていた。

 「エンジンのニーズは、世界を見渡したときに確実にあります。特にマセラティのようなブランドにとって、すぐれたエンジンはクルマの価値と結びつきます。実際のところ、マセラティがいつまでネットゥーノを生産するのか、正式には聞かされていませんが、スポーツカーファンとしては、いつまでも作ってほしいと思います」

 上記のように語るのは、マセラティジャパンの木村隆之代表取締役だ。私はこれまでに何度か、このエンジンを搭載したマセラティ車をドライブした経験がある。果たして私の感想も、木村社長とまったく同じ。すばらしいフィールのエンジンが惜しい。

 私が最初に体験したネットゥーノ搭載モデルは「MC20チェロ(オープン)」で、シチリアでのことだった。そのあとは「グレカーレ・トロフェオ」というSUVを東京で。そして今回は袖ケ浦のサーキット。

 2023年の暮れから日本でもデリバリーが始まった「グラントゥーリズモ・トロフェオ」も加えた、3台のネットゥーノ搭載車を乗るという、贅沢なテストドライブだった。

■目がさめるとはこのことか! 

 MC20はクーペが2020年に、チェロが2022年に発表された。MCはマセラティコルセの頭文字。マセラティコルセの現在のメイン業務はフォーミュラEでの活動で、それによって、同社のピュアEV「フォルゴレ」シリーズとの関連性を(マーケティングを含めて)追求している。

 というわけで、マセラティは今、並行するように高性能エンジン車とピュアEVとを手がけている。共通するのは、ともにマセラティコルセ(コルセはレース)の存在感の強調。同社にとって重要なキーコンセプトは、レースなのだ。

 実際にMC20チェロは、「目がさめるとはこのことか!」と思うような走りっぷりを見せてくれた。

 このクルマのネットゥーノは、基本設計は同じでも、最高出力463kW(630馬力)、最大トルク730Nmと、もっともパワフル。

 各バンク(3気筒のブロック)に1基ずつ取り付けられた容量可変ターボチャージャーは、見た目にも巨大。先述したツインプラグ方式で最大限の効率を追求した燃焼システムとともに、低回転域から高回転域まで広い範囲で、強力なターボブーストを提供する。

 しかも、MC20チェロは、ネットゥーノを後車軸前に搭載するミッドシップレイアウト。サーキットでの軽快かつパワフル、そしてスムーズなコーナリングには、本当に驚かされた。

 公道で走っていても、力があるエンジンだし、気持ちのよい動きをするし、「いいクルマだなぁ」と思っていたけれど、MC20はレーシングカーに近いスポーツカーだとつくづく感心。

 エンジンの回転はすばらしくなめらかで、8段オートマチック変速機をマニュアルモードにして、パドルを駆使して走ると、あっという間にレッドゾーンまで回る。

 そこで、右のパドルを1回引いてシフトアップしても、力強い加速が継続する。「めちゃめちゃ」と言いたくなるほど速い。高速道路での快適性は知っているつもりだけれど、長めの直線、カーブ、また直線……と、変化が大きな道を走るときの楽しさは極上だ。

 低回転から高回転まで、回転域にかかわらずアクセルペダルの踏み込みに対して即座に加速するエンジンの性質を、“フレキシブル”と表現することがある。マセラティのネットゥーノ・エンジンは、まさにそれ。

 そのことがよくわかるのが、プレミアムクラスの4人乗り2ドアクーペとして設定された新型「グラントゥーリズモ」だ。

■マセラティの伝統を感じるグラントゥーリズモ

 ネットゥーノは「トロフェオ」と「モデナ」という2つのグレードに搭載されている。出力は前者が405kW(550馬力)、後者が360kW(490馬力)で、最大トルクは2車ともに650Nm。

 マセラティは、戦前はレースで活躍して国際的な名声を確立したメーカーだが、戦後はわりと長い間、レース活動を休止して、高級かつ高性能なクーペ作りで人気を博してきた。「その伝統は健在」と思わせてくれるモデルが、グラントゥーリズモ。

 2929mmの比較的長いホイールベースに、5mをやや切るサイズの余裕あるボディ。だから、重めの車体をたっぷりしたトルクで走らせるようなキャラクターかと思っていたが、一瞬でその予想は訂正された。

 MC20の操縦感覚をカミソリにたとえるなら、グラントゥーリズモはナイフ。そんな印象のスポーツクーペだったのだ。

 足まわりの設定は、MC20ほど締め上げられておらず、しなやかに感じられるが、サーキットのカーブではしっかりと車体を支え、ステアリングも反応がよく、ネットゥーノのパワーを、スポーツクーペというコンセプトに基づいてしっかり生かしてくれている。

 車内の出来もとてもよく、ドイツ車とは違う質感も特徴的。後席は、乗り込むときだけちょっと苦労するけれど、ひとたび収まってしまえば、身長175cmの私でも落ち着いていられる。

 ホイールベースが3m近いだけあって、GT(グラントゥーリズモ)としてパッケージングも高得点。長距離を走るのにもよさそうだ(この加速感には興奮しっぱなしかもしれないけれど)。

■予想を裏切る楽しいSUV

 もう1台、ネットゥーノ搭載の「トロフェオ」グレードが設定されているのは、2022年春に日本で発売されたSUVの「グレカーレ」だ。

 マセラティは「レヴァンテ」というSUVを2016年から販売しているが、グレカーレはそれよりホイールベースで104mm、全長で141mmともに短い(グレードで若干の差はあり)。

 一説によると、当初マセラティは、ネットゥーノをグレカーレに搭載する計画がなかったとか。しかし、開発途中に計画が浮上。幸い、このV6は前後長がコンパクトなので、搭載位置を工夫することで、グレカーレのエンジンルームに収まったのだという。

 最高出力は390kW(530馬力)と、MC20とグラントゥーリズモよりやや控えめで、最大トルクは620Nm。なによりの特徴は、SUVのため、全高が1660mmもあること。なので、サーキットでは不利だろうと思ったが、予想を裏切る楽しさを提供してくれた。

 カーブを曲がっていくときの身のこなしも、スポーティ。車体のロールは抑えられているし、ハンドルを切ったときの車体の反応もよい。

 個人的には、マセラティのSUVなら、車体のロールもそれなりにあり、アクセルオン/オフに対する動きもあるレヴァンテが、運転する楽しさを味わわせてくれて気に入っている。でも、ネットゥーノのスポーティな味を堪能しようというなら、グレカーレだろう。

 いつまでエンジンを楽しんでいられるか。メーカー自身も、いつまでエンジン車を作り続けるのか、迷っているフシもある。しかし、マセラティのような楽しく官能的なエンジンを体験すると、「できるなら続いてほしい」と思うものである。

【写真】ネットゥーノを搭載する美しき3台のマセラティ

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最終更新:4/29(月) 9:14

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