「紅麹」と醤油や酒の醸造用「麹」の決定的な違い そもそも「麹」とはどのようなものかを解説

3/27 18:32 配信

東洋経済オンライン

サプリメントによる健康被害の問題で「紅麹」という言葉が連日ニュースに登場するようになりました。原因とされる「未知の成分」の実態や混入経路は特定されていませんが、そもそも「麹」がどのようなものか、ニュースを見て気になった人もいるのではないでしょうか。今回の件とは別に一般的に「紅麹」と発酵食品で使用される「麹」とはどう異なるのか、室町時代から600年続く種麹メーカーの第29代当主であり『ビジネスエリートが知っている 教養としての発酵』の著者である村井裕一郎氏が解説します。

■そもそも「麹」とはいったい何か

 「麹」とは、米や麦や豆などの穀物に麹菌を生やしたもののことです。米に麹菌が生えれば米麹、麦に麹菌が生えれば麦麹、豆に麹菌が生えれば豆麹、となります。

 食卓調味料として使われる塩麹、醤油麹、コンソメ麹などは、それぞれ、塩や醤油、野菜などを麹と混ぜた調味料や料理の名前になります。これは麹と他の食材を混ぜたものであって、「穀物に麹菌を生やしたもの」という本来の麹の定義とは異なります。

 では、麹は味噌、醤油、清酒といった醸造食品造りの中でどのように用いられるのでしょうか?  醸造食品においては、麹は酵素の供給源としての役割が大きいです。例えば、日本の清酒造りでは、麹の持つ酵素の力によって、原料であるお米のデンプンが分解され糖になり、その糖を酵母が食べてアルコールを生産します。

 今回注目されている紅麹ですが、紅麹は一般的な味噌や醤油、清酒、焼酎などに使われる麹とは生物学的にも異なる菌を使用しており、また、食品として利用される主な目的も異なります。

 紅麹は穀物(主に米)に紅麹菌を生やしたものです。紅麹はその名のとおり赤い色をしており、色素、着色料としても用いられてきました。沖縄の「豆腐よう」などが紅麹を使った有名な食品です。また、近年では抽出した色素が着色料としてさまざまな食品に用いられています。

 先述のように麹とは「穀物に麹菌を生やしたもの」です。そのため、紅麹も「麹」となります。

 一般的な味噌や醤油、清酒、焼酎などに使う麹菌には「アスペルギルス属」と呼ばれるカビの仲間が多く用いられています。それに対して、紅麹に使う紅麹菌は「モナスカス属」と呼ばれるカビの仲間が用いられます。

■生物学的に異なる菌でも「麹」と呼ばれる背景

 そもそも、私たち人間は、微生物学が発展する前から発酵食品を作ってきました。そのため、生物学的な定義の正確さより、それぞれの文化の中で慣習的に呼んでいた言葉が反映されていることも多くあります。

 竹を食べることから、レッサーパンダの大きな新種だと思ってジャイアントパンダと名付けても、レッサーパンダはレッサーパンダ科で、ジャイアントパンダはクマ科だったりします(中国ではレッサーパンダが成長するとジャイアントパンダになると考えられていた地域があるそうです)。

 微生物学的には別の種であっても、穀物にカビが生えて、それを食べたらおいしかったという体験が共通していれば、同じように麹と慣用的に呼んでしまうのは自然なことだと思います。

 なお、アスペルギルス属をさらに細かく見ていくと、味噌、醤油、清酒などに幅広く用いられる「アスペルギルス オリゼー」と呼ばれる種、特に醤油に用いられる「アスペルギルス ソーヤ」、焼酎や泡盛に用いられる「アスペルギルス ルチエンシス」などがあります。また、日本の発酵食品には使われない「アスペルギルス フラバス」、「アスペルギルス ナイジャー」という種などもあります。

 それでは、ここで、整理のために「麹菌」の定義の話をしましょう。まず、麹菌の示す範囲については広義に示すものと、狭義に示すものがあります。

 広義的に麹菌の指し示す範囲として、「麹を作るための糸状菌(カビ)を総称して麹菌と呼ぶ」というものがあります。

 ここには、日本の醸造食品に一般に使われる麹菌(アスペルギルス属の仲間)も、今回の紅麹(モナスカス属)も入ります。あるいは、中国の麹(曲)に使われるクモノスカビと呼ばれるカビなどが入る用例もあります。

■日本醸造学会が定めた「麴菌」はわずか

 次に、狭く麹菌の語句の示す範囲の定義としては、日本醸造学会が麹菌を「国菌」(日本を代表するものとして選ばれた菌)と認定した際に定めた定義があります。

麴菌とは、わが国で醸造及び食品等に汎用されている次の菌をいう。
(1)和名を黄麴菌と称する Aspergillus oryzae


(2)黄麴菌(オリゼー群)に分類される Aspergillus sojae
と黄麴菌の白色変異株。

(3)黒麴菌に分類される Aspergillus luchuensis
(Aspergillus luchuensis var. awamori
)及び黒麴菌の白色変異株である白麴菌 Aspergillus luchuensis mut. kawachi
(Aspergillus kawachii
)。

注)Aspergillus niger
(クロカビ)は、黒麴菌とは異なる菌種であり、麴菌には含めない。

平成 18 年 10 月 12 日 日本醸造学会

平成 25 年 11 月 28 日 一部改正(菌名変更)
 端的に言えば、アスペルギルス属のなかでも、オリゼー、ソーヤ、ルチエンシス、ルチエンシス ミュート カワチに限るとされています。

 そして、アスペルギルス属には他に「アスペルギルス フラバス」「アスペルギルス ナイジャー」など日本の醸造食品には用いられない複数の種が属していますが、それらは、国菌としての麹菌の定義から外れます。なお、私が麹菌という語を使う際はできる限り断りを入れたうえで、この狭義の定義を用いることが多いです。

 狭義の麹菌の定義から外れた「アスペルギルス フラバス」という種は、アフラトキシン、オクラトキシンなどのカビ毒を出すことで知られています。しかし、このフラバスは、日本の醸造食品には用いられません。日本醸造学会が定めた狭義の麹菌は、カビ毒を生産しないことが遺伝子レベルで確認されています。

 なぜ、オリゼーなどがこれらのカビ毒を出す能力を持たないのか、つまり、人間が使いやすい菌になったのか、あるいは、自然界から人間がどのようにオリゼーなどを選び取ったのかについてはさまざまな説があります。

■シトリニンを生産する能力を失った菌株を使用

 そして、紅麹菌(モナスカス属)ですが、欧州委員会規制(EC)が基準値を定めているように、一部はシトリニンというカビ毒を出すとされています。しかし、現在ではゲノムの解明が進んでおり、小林製薬のサイトでも、紅麹の製造においてはシトリニンを生産する能力を失った菌株が用いられていると説明されています。

 なお、日本で醸造食品に使われる狭義の麹菌にあたる、「アスペルギルス オリゼー」などからもシトリニンが生成されたという報告はありません。

 記事公開時点において、今回の小林製薬の問題で原因物質、および混入経路は特定されておりません。紅麹菌の生成物に由来するのか、それとも紅麹菌にする前の原料の時点で何かが生じていたのか、あるいは、人為的設備的な要因によるものなのか、さまざまな可能性を検討し調査している段階と認識しています。

 日本で扱われている「麹」「紅麹」そのものが問題となっているわけではない点に注意が必要です。

東洋経済オンライン

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最終更新:3/28(木) 20:14

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