【家計直撃】作りすぎた「国産トマト」の価格が下がらないワケ、背景に便乗値上げも?

5/9 10:02 配信

ダイヤモンド・オンライン

 昨年来、トマトや加工品の値上げが相次ぎ、「トマトショック」「トマトパニック」などと騒がれている。日々の食卓に欠かせないトマトは「夏野菜の王様」とも呼ばれ、産出額でみると、国内で生産される野菜全体の1割を占め、堂々の1位である。もはや「野菜の王様」と言ってもよさそうなトマトは値上げが予想されている。しかも、市場では供給過多にもかかわらずだ。経済理論に反する奇妙な事象はどうして起こっているのか。統計データと現場取材から見えた「日本農業の大問題」を取り上げる。(取材・文/農業ジャーナリスト 山口亮子)

● 輸入依存が招いた 「トマトショック」

 4月から「デルモンテ」ブランドのトマトケチャップやジュースなどが値上がりした。

 販売元のキッコーマン食品株式会社(東京都港区)によると、同ブランドの値上げ対象は82品目に及ぶ。値上げ幅は、希望小売価格で約5~23%に達する。

 同ブランドは昨年3月にも値上げをしていた。ケチャップやトマトジュースで国内シェア1位のカゴメ株式会社も、2月に家庭用の147品目を値上げしている。やはり同社も、昨年4月にも値上げをしている。

 包材といった資材費や人件費の上昇も一因となっているが、最大の要因は供給不足だ。新興国で需要が伸びていることと、米国やモロッコといった主産地での水不足などによる不作が重なった。

 トマトの加工品は基本的に輸入された原料を使う。2021年を例にとると、輸入された野菜のうち、重量ベースで31.9%を占める圧倒的1位は、トマトの加工品(ピューレ、ジュースなど、農水省調べ)。それだけに、加工品の価格には国際相場の高騰が直に影響する。

 ケチャップの価格改定はその実、2015年に始まっている。同年、およそ25年ぶりに値上げされた理由は、新興国を中心とした需要の伸びだった。これは今でも変わらないので、価格の上昇は今後も続くだろう。

● 補助金で 供給過剰の皮肉

 加工品売り場の値上げと裏腹に、青果コーナーのトマトの価格は落ち着いている。それは、青果は基本的に国産だからだ。

 むしろ、トマトの卸売価格は安値に傾いてすらいる。農水省の「青果物卸売市場調査報告」によると、ここ10年は1キロ当たり330円台前後で推移してきた。この間、肥料や重油、段ボールや包材といった資材費と人件費が値上がりしていることを考えれば、実質的には値下がりしているといえる。

 卸売価格が下がっている理由は、食材としての人気ぶりや補助金に惹かれ、生産への参入が相次ぎ、供給過剰に陥っているからだ。不作により価格が一時的に上がることもあるものの、基調としては値崩れ気味である。

 台風の目となっているのが、2割近くを生産する生産量日本一の熊本県だ。生産性の高いハウス栽培を行政が補助金も使って支援してきた。同県において、ハウス栽培のトマトの収穫量は、2016年の12万4716トンから22年に13万4449トンまで増えている。

 2016年に熊本地震が起きた際、トマトをはじめとする野菜のハウスも被災し、安定供給が揺らぎかねないと心配された。復興のための補助金も使ってハウスが再建されたり、さらには拡張や、既存の施設の効率化が図られたりした。その結果、皮肉なことに供給過剰の一因となっている。

 もちろん、熊本だけが原因ではない。国内で最も栽培面積が広い作物はコメだが、作りたい生産者が多い割に、需要量は年間10万トンのペースで減っている。そこで、コメをやめて野菜や花といった園芸作物を生産しようという「園芸振興」が全国的にもてはやされている。儲かる作物として各地で注目され、作付けされたのが、ほかでもないトマトだった。

 こうした理由から、ブルーオーシャンと目されていたトマトの生産は、かえってレッドオーシャンと化しつつあった。

● 卸売価格が下がっても スーパーでは高値が続くワケ

 トマトは総じてだぶつき気味ながら、昨夏から秋にかけては例外的に、猛暑による不作で店頭価格が倍近くまで高騰した。

 卸売価格は一時、1000円を突破し、平年の同じ時期の倍以上に到達。11月に入ってようやく落ち着いた。ところがこの後、奇妙なことが起きる。12月に卸売価格は平年を下回ったにもかかわらず、小売価格は平年に比べて6~17%高いままだった(農水省「食品価格動向調査(野菜)」による)。

 卸売価格が絶壁を滑り落ちるかのように急落したのを傍目に、小売価格は遅れて緩やかに下がっていった。卸売価格が下がっても、小売店が仕入れ価格に応じた値下げをしない期間があったようだ。ある種の便乗値上げと言えそうで、小売店の経営の余裕のなさを反映していると考えられる。

 この価格維持について、小売店が適正な利益水準を模索しているとの受け止めもある。スーパーと言えば、かつてのダイエーに代表されるように、価格破壊を志向しがちだった。だが、商品の製造原価が上がる状況下、適正な価格で売って利益を得る方向に業界を挙げて変わる可能性もある。過渡期だけに、一度値上がりした商品で、利幅の確保を試みているのかもしれない。

● オランダの5分の1 低すぎる日本の栽培効率

 昨年の価格高騰に、トマトの供給体制が変わる予兆を感じ取った人がいる。株式会社大和証券グループ本社(東京都千代田区)の子会社・大和フード&アグリ株式会社(同)の社長・久枝和昇さんだ。

 同社は大分県玖珠(くす)町の約1ヘクタールでトマトを生産する農業法人・株式会社みらいの畑からを2020年に買収していて、久枝さんはその社長も兼ねる。施設園芸の業界でよく知られた農業コンサルタントで、トマトの生産に長年携わってきた。

 「高い価格が何カ月にもわたって続くという、今までなかったことが起きた。気候変動という要因もあるが、人という要因も影響し、これまでにない事態が生じる時代になる」

 農家の高齢化や人手不足で先の読みにくい時代になる。供給過剰という現状は1年や2年で変わるものではないとの見方を示しつつ、「トマト関連のビジネスは、今後5年くらいのスパンで見ると、大きく変化するタイミングが来るはず」と話す。そうなったとき、「従来型のやり方では乗り越えられない」。

 従来型のやり方とは、経験と勘に頼り、効率の悪い栽培方法や施設のまま、低い収量に甘んじることを指す。トマトの収量が最も高いのはオランダで、日本の面積当たりの平均収量はその5分の1程度でしかない。

 経験と勘が頼りでも、熟練さえすれば問題ないと思われるかもしれない。ところが、近年の異常気象には、経験と勘では歯が立たなくなっている。久枝さんは言う。

 「昨年のような異常気象のときに、どういう生産者がきちんと出荷していたか。我々のように数字を使ってきっちり管理している生産者が多かった」

 同社のハウスは、内部がつながっている連棟ハウスだ。環境制御や自動潅水(かんすい)の装置を導入し、ハウスの環境を「見える化」、自動化して一括で管理する。

● 大規模経営が進んでも 価格は下がらない

 稲作ではすでに、大規模な生産者に農地が集約される流れが確立している。米どころでは100ヘクタールを超えるような大規模経営が増えてきた。

 集約と大規模化は今後、野菜業界でも加速すると予想される。大和証券グループがトマトの生産を始めたのは、まさにこうした大規模経営が勝ち残る未来を見越してのことだ。

 「大規模になると、一定の契約に基づいて栽培するようになるので、キロ単価が設定されている分、きちんと量をとれば黒字を実現できます。経営ノウハウを持った大規模な施設園芸の生産者が増えれば、リスクマネー(リスク性の高い投資資金)を提供して農業の大規模産業化を進めるという我々の出番がもっと生まれてくると考えています」

 零細な生産者が淘汰される過程で、生産量は減少するのでトマトはほぼ確実に値上がりする。人件費やエアコンのための重油代、肥料代に種代など、あらゆるものが上昇しているなか、これまでが安過ぎたといえる。

 トマトは今のところ、流通の川上、つまり生産側の立場が弱く、川下の小売りといった消費側に買い叩かれている。そんな状況が過去のものとなる日は近い。

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最終更新:5/9(木) 10:02

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