あのシーバス社も始めた「脱炭素」計画の凄い中身とは? 「500年の歴史誇る」スコッチ業界の新たな挑戦

4/27 14:32 配信

東洋経済オンライン

 日本でも愛好家の多いウイスキー。そして「ウイスキーの聖地」として多くの人々の頭に浮かぶのは、スコットランドではないだろうか。

■関連事業の就業者数は4万人

 北海道とほぼ同規模の面積(7万8000平方キロ)と人口(約550万人)であるスコットランドは、500年を超えるウイスキー蒸溜の歴史を誇り、現在稼働中の蒸溜所は147カ所。ウイスキー関連事業の就業者数は4万人を超える。

 世界的に誉れ高いスコッチウイスキーは、スコットランドの飲料・食品部門輸出額の77%(イギリス全体では26%)を占める極めて重要な輸出品目でもある。

 まさにスコットランドの文化的・経済的な支柱といえるスコッチウイスキーだが、高温で蒸溜を行う製造過程では、大量の化石燃料が消費される。

 近年になって脱炭素社会を目指す動きが世界で加速し、各国がネットゼロ目標を掲げている。

 イギリスでは中央政府が2050年ネットゼロを宣言したのに対し、スコットランド自治政府は2045年ネットゼロを標榜。当然のことながら、スコッチウイスキー産業も脱炭素化に努めなければならない。

 このような状況のなか、スコッチウイスキーの製造者たちはどのような取り組みを進めているのだろうか。世界100カ国以上の現地在住日本人ライターの集まり「海外書き人クラブ」の会員が取材した。

■130年ぶりに蒸溜所がオープン

 2023年2月。スコットランドの北部にあるハイランド地方の主要都市、インヴァネスの中心部に、クラフトビール醸造所兼ウイスキー蒸溜所が新設オープンした。インヴァネス市内にウイスキー蒸溜所が新たにできたのは、じつに130年ぶりのこと。

 最新のカスタム設計酒造設備もさることながら、ここが注目に値するのは、スコットランド屈指の模範的な低炭素酒造所と称えられている点だ。

 市街地という立地条件を考慮して、オペレーションをオール電化。燃焼ガスは発生しない。

 醸造・蒸溜の熱源には、一般的な重油ボイラーではなく、高効率の電気加熱式ボイラーで生成した蒸気を利用。使用電力はすべて再生可能エネルギー由来で、その一部は屋根に設置した容量50キロワットの太陽光パネルで発電している。

 さらに、250万英ポンド(約5億円)を投じた最先端の水源式ヒートポンプシステムで、酒造所および隣接する同社経営ホテルと、ホリデーアパートの給湯と暖房を実現。

 水源は目の前を流れるネス川で、くみ上げた水の一部は紫外線浄水器で浄化後、ビールとウイスキーの仕込み水、およびホテルの飲料水になる。

 主原料のモルト(麦芽)は100%地元産。インヴァネス周辺はスコットランドでも有数の大麦生産地で、大手業者が同市内にモルティング(製麦)工場を構えているため、輸送に伴う炭素排出量も低く抑えることができる。

 これら一連の取り組みにより、この酒造所は年間250トンの炭素削減に貢献しているという。

■「夢の燃料」に寄せられる期待

 スコットランド東部アンガス地方の家族経営農場にある2013年創業のアービキー蒸溜所も、グリーン水素をベースとした脱炭素化を進めている。

 グリーン水素とは、再生可能エネルギーで水を電気分解して得られた水素のこと。燃焼しても温室効果ガスは発生せず、水になるだけの水素は、まさに「夢の燃料」だ。

 広大な自社農場で栽培したジャガイモやエンドウ、大麦を使ってジン、ウォッカ、ウイスキーを製造しているこの蒸溜所では、発電容量1メガワットの風車1基、電解槽、水素貯蔵タンク、水素ボイラーからなるグリーン水素エネルギーシステムを建設中だ。

 水素の生成に必要な水は、屋根から集めた雨水を利用するという。フル稼働すれば、アルコール1リットルの製造につき約4キログラムの二酸化炭素(CO₂)が削減されるという。

 「このシステムが実用化すれば、蒸溜所の脱炭素化は一気に加速するでしょう」と、取材に応じた創業者のイアン・スターリング氏は説明する。

 ほかにも、水素による脱炭素プロジェクトが進められている蒸溜所には、ピート香の効いたウイスキーで名高いアイラ島のブルックラディ蒸溜所(1881年創業)や、ビームサントリー傘下のアードモア蒸溜所(1898年創業)、グレンギリー蒸溜所(1797年創業)などが挙げられる。

 いずれも長い歴史を誇る蒸溜所だが、伝統にあぐらをかくことなく、未来を見据えた取り組みを積極的に推し進めているのが印象的だ。

■シーバスリーガルやバランタインも

 注目されているもう1つの脱炭素ソリューションは、蒸溜過程で生じる熱を回収・再利用することで省エネとCO₂排出量の大幅な削減を実現する廃熱回収システムだ。

 シーバスリーガルやバランタインなどの銘柄で知られ、スコットランドに12カ所の蒸溜所を抱える大手メーカーのシーバス・ブラザーズ社(仏ペルノ・リカール社傘下)は、自己蒸気機械圧縮と熱蒸気再圧縮技術を組み合わせた熱回収システムを導入している。

 2021年に熱回収システムの試験的プロジェクトに選ばれたグレントファース蒸溜所は、スコッチウイスキー最大の産地スペイサイド地方にある1897年創業の蒸溜所で、年間生産量は400万リットル。

 ここでは、3基ずつある初溜釜と再溜釜に熱回収システムを装備することで、年間CO₂排出量を8290トンから3970トンに削減することに成功した。残りの排出量は、電化、バイオ燃料、蒸溜副産物を利用したグリーンガスなどで段階的に対処していくという。

 この熱回収システムは、今後3年間で同社が所有するほかの蒸溜所にも導入される予定だ。

■温室効果ガス排出量が58%低減

 上記以外にも、スコッチウイスキー業界には脱炭素化の本格的な取り組み事例が数多くある。いったいなぜ、スコッチウイスキーの製造者たちにはここまでする能力があるのだろうか。

 その答えの1つは、業界団体であるスコッチウイスキー協会の結束力と影響力だろう。

 大小含めて90社以上の会員を抱える同協会は、スコットランドで業界全体の持続可能な開発目標を打ち立てた、最初の業界団体である。包括的な環境戦略を発表したのは2009年。そしてこの戦略は、かけ声倒れに終わっていない。

 同協会が2021年11月に公表したデータによると、2020年におけるスコッチウイスキー産業の温室効果ガス排出量は2008年のレベルから58%低減し、使用電力は40%が再エネに切り替わっている。

 この進展を受けて2009年の環境戦略は更新され、現在の産業目標は、2040年までに製造工程を完全脱炭素化し、2045年までにサプライチェーンも含めた産業活動全体でネットゼロを達成という極めて野心的なものだ。

 「スコッチウイスキーのように、イギリス経済のみならず、世界で重要な役割を担う産業にとって、持続可能な開発を先導することは当然の責任です」と語るのは、同協会の産業サステナビリティ部長、ルース・ピギン氏。

 だが、どのような取り組みも、政府の政策的支援や資金援助なしには実現しがたい。

 「脱炭素化の実現に必要な資源と財源を確保するには、個々の組織レベルでは力不足。産業を代表する声として、政府と密接に協働し、働きかけるのは、スコッチウイスキー協会の重要な機能の1つです」とピギン氏。 

 イギリス中央政府は2022年、実現可能性が実証された蒸溜所脱炭素プロジェクトに助成金を支給する、総額1000万英ポンド(約19億円)超の「グリーンディスティラリーズ・コンペティション基金」を開設したが、これはこの「声」がいかに重視されているかの証しだ。

 先述のアービキー蒸溜所はこの基金から300万英ポンド(約5.7億円)、ブルックラディ蒸溜所は250万英ポンド(約4.7億円)、ビームサントリーのプロジェクトは294万英ポンド(約5.5億円)の助成金を獲得している。

 一方、シーバス・ブラザーズ社の熱回収システムは、スコットランド自治政府の「産業エネルギー変革基金」から資金援助を受けた。

■会社の垣根を越え知識や資源を共有

 スコッチウイスキー業界の結束力の強さは、知識やリソースの共有にも見て取れる。

 シーバス・ブラザーズ社は、グレントファース蒸溜所の熱回収システムの設計と導入からの学びの詳細を無償で公開し、グループ外の蒸溜所にも共有している。

 「私たちが持続可能な開発における共通の目標を達成し、私たちの製品と地球の長期的な未来を確かなものにするには、産業全体での協働が肝要です」と語るのは、同社の会長兼CEOのジャン=エティエンヌ・グールグ氏。ネットゼロの達成は、競争ではなく、共走と共創が可能にするのだ。

 スコッチウイスキー協会の専門家チームは、それぞれの蒸溜所のニーズや課題に応じたガイダンスを提供するだけでなく、テーマ別ワークショップなどを通じて、会社の垣根を越えた知識や資源の共有と協働を円滑化することで、産業ぐるみの取り組みを支援している。

 「収集したデータの分析結果と、これまでの進捗を考慮すると、2040年までに製造工程の完全脱炭素化は、現実的な目標だと考えています」と、ピギン氏は説明する。

 一致団結して本気で脱炭素化を進めるスコッチウイスキーに、これまでに増して奥の深い魅力と味わいを感じるのは筆者だけであろうか。

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最終更新:4/27(土) 14:32

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