日本は自動運転「負け組」か?「ビジネスの勝ち負け」では論じられない自動運転のリアル
「自分のクルマで飲みに行っても、自動運転ならそのまま気にせず帰ってこられるよね」
「アメリカでロボットタクシーが街中を普通に走っている様子をテレビで見たことがある。やっぱり、日本は海外に比べて先進的な技術も法律も遅れているな」
「新東名で夜間に自動運転優先レーンができたらしいけど、2024年問題を考えると、トラックの自動運転は、まあアリかも」
巷で最近、こういったニュアンスの自動運転に対する声が聞こえてくる。
国の目標では、2025年度に全国50カ所程度、2027年度には100カ所以上で公共交通機関の自動運転車が走り出すことになっているが、自動運転の実情を正しく理解している人は決して多くない。
そうした中、長野県塩尻市で2025年3月6日に開催された「第7回 Level Ⅳ Discovery × core塩尻シンポジウム」を取材した。
■「熱い思い」と「冷静に捉えている」部分
塩尻市が自動運転に対して他の地域とは違うアプローチをしていることは、これまで本連載でも何度か取り上げてきた。
詳しくは、「なぜ? 塩尻市が『自動運転』で全国から注目のワケ」を参照いただきたいが、塩尻市における自動運転の最大の特徴は、自動運転技術の社会導入だけではなく、地元で「稼ぐ力」を生み出している点にある。
多様な働き方を支援する取り組み「KADO」が、塩尻市の自動運転事業を下支えしており、「生活のために個人が有効な時間を使ってしっかり稼ぐ」ことと、「地域の暮らしやすさの追求」がしっかりつながっているのだ。
いうなれば、そうした仕組みの中で、自動運転とすでに社会実装しているAIオンデマンド交通「のるーと」は、塩尻市の次世代まちづくりの「選択肢のひとつ」にすぎない。
塩尻市の関係者と意見交換をしてきた中で、彼らが街の未来を真剣に考える「熱い思い」を持つ一方で、自動運転については持続性や事業面を踏まえて「冷静に捉えている」と感じてきた。
シンポジウムに登壇した、百瀬敬(ももせたかし)市長は「ここは昔から交通の要衝。常に時代の変化に対して敏感な土地柄」と、自身が生まれ育った塩尻を解析する。
■変化が出てきた自動車メーカーの取り組み
今回の取材を通じた意見を述べる前に、国内外の自動運転に関する動きを整理しておきたい。
時計の針を戻してみると、国は2010年代半ば以降、アメリカ運輸省道路交通安全局(NHTSA)、アメリカ自動車技術会(SAE)、そして独連邦道路交通研究所(Bast)が共同で策定した、自動運転レベルなどの指針を考慮し、乗用車の意味である「オーナーカー」と、公共交通機関を指す「サービスカー」という分類をしてきた。
主要な施策としては、自動運転の技術・法整備・人材育成・実用化戦略を行うため、内閣府を中心とした産学官連携の国家プロジェクト「戦略的イノベーション創造プログラム(通称SIP)」をその一環として実施し、第1期・第2期で合計9年半を費やしている。
また、こうした動きに連動して、経済産業省と国土交通省が、自動運転やMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の補助事業を行い、同時に自動車メーカー各社は、オーナーカーにおいていわゆる緊急自動ブレーキや、車線逸脱防止装置といった先進運転支援システム(ADAS)の高度化を進めてきた。
現時点では、運転の主体がドライバーにある「自動運転レベル2」の高度化が主流だ。
運転の主体をシステムが担う「自動運転レベル3」は、ホンダが「Honda SENSING Elite」として「レジェンド」に搭載し、世界初の量産事例となったものの、その後に続く例はあまりない。課題はコストと社会受容性だ。
そんな中、自動車メーカー各社の自動運転に対する取り組み方に変化が出てきた。
近年、自動車産業界ではクルマ全体を総合制御するSDV(Software Defined Vehicle)という概念が広がっており、オーナーカーのADASや自動運転についても、SDVの一部として組み込むという発想が増えてきたからだ。
たとえばスバルは、アメリカの半導体メーカーであるAMDやonsemiとの協業の幅を、これまでのアイサイト向けから制御総合ECUへの対応へと拡張することを明らかにしている。
■ドライバーレス「自動運転レベル4」の実証も進む
一方、サービスカーについては、日米欧中のベンチャー企業が中心となって、車内無人化(ドライバーレス・自動運転レベル4)を目指した実証試験が積極的に行われるようになった。
塩尻市では、公道を時速35kmで走行する自動運転レベル4の実証実験中であるし、自動車メーカーによるサービスカーの試みでは、トヨタが「ウーブンシティ」でリアルワールドを想定したさまざまな自動運転関連の実証実験を行う計画だ。
一方でホンダは、GM・クルーズと協業して2026年前半から都内で行う予定だった実証試験の中止を発表した。コストメリットを精査した結果だという。
日産は2025年3月10日、最新の自動運転技術を搭載した実験車両を公開した。2025年度下期から2026年度にかけて、日産の地元横浜市で約20台を運用する大規模なサービス実証実験を実施するという。
ただし、日産は2025年4月1日付で新経営体制に移行したばかりだ。経営の立て直しのために他社からの資本参加を含む、多様な選択肢を協議中であるため、こうした自動運転サービス事業の将来性は未知数といわざるをえない。
その他、実用性の面で現実的なのが、物流関連での自動運転だ。トラックメーカーやベンチャー企業などが参加して新東名高速道路(駿河湾沼津SA〜浜松SA)で2025年3月3日から、平日の夜間(22時〜5時)に「自動運転車優先レーン」を設定した実証試験を始めている。
このように、日本での自動運転は社会実装に向けて前進している部分もある。ところが、海外の一部では、日本とはまるで「別次元」のような話の進み方をしているのが実情だ。
Googleからスピンアウト(独立)したWaymo(ウェイモ)などはその一例で、日本でロボットタクシーと呼ばれる領域の開発コストが、日本と比べて2桁どころか3桁も違うようなイメージ。つまり、数十億円に対して数兆円という規模感なのだ。
日本の自動運転ベンチャー関係者の中には「今はデファクト待ちが得策」という見方もある。「デファクト」とは、有力企業のビジネスモデルが市場を占有することで、実質的に標準化する「デファクトスタンダード」を指す。
デファクトされた技術をそのまま買うのか、それともデファクトされた技術を参考に独自開発するのかなど、日本企業にはさまざまな選択肢が考えられるだろう。
■ロボットタクシーとして稼ぐ自家用車
もうひとつ、サービス事業としてのデファクトになりそうなのが、アメリカ・テスラのモデル名称「ロボットタクシー」だ。
3万ドル(1ドル150円換算で450万円)で個人が購入し、自分がオーナーカー(乗用車)として使わないときは、ロボットタクシーとして稼ぐことができるという新型EVだ。
アメリカの報道では、テスラのイーロン・マスクCEOは「ロボットタクシー技術を使った『モデル3』と『モデルY』をロボットタクシーに先駆けて市場投入する」と発言したとされる。
こうしたテスラのビジネスモデルは、オーナーカーとサービスカーという発想が融合する「乗用車の公共化」だ。
筆者は、2000年代から世界各地で自動運転に関する取材や、産学官関係者との意見交換を定常的に行い、また国や地方自治体の会議や検討会にも参加してきたが、現在のグローバルでの動きを俯瞰してみると、自動運転は今「新たなるステージに突入した」といっていいと思う。
話を塩尻市でのシンポジウムに戻そう。ここで気になったポイントは、大きく3点だ。
1点目は、「導入や運用にかかるコスト」。車両の量産効果がまだ大きくないため、導入時のコストが高く、地方自治体は国の補助金に頼っている状況だ。
運用コストについては、乗車賃金による収入は限定的であり、多くの場合、地域企業の広告に頼ることになるが、それも多くは見込めない。
だからこそ、ドライバーレス(無人運転化)による人件費削減はもとより、遠隔操作による集中管理方式にすることで、トータルコストの削減が必要だ。
また、一般に自動運転より低コストだとされるAIオンデマンド交通も、事業者によって多少の差はあるが「コストはそれなりにかかる」といわれている。
いずれにしても、地方自治体が「地域生活のためのセーフティネット」という観点で公費で支えることになる。
そのためには、地域の公共交通を再編する「リ・デザイン」を明確化し、地域住民に対して自動運転のコスパをしっかり説明するべきだろう。こうした従来の考え方に、大きな変化はないように思う。
■急ブレーキで乗員の安全や快適性は?
2点目は「リスク」だ。もしもの場合の補償としては、保険大手会社による自動運転向け保険が商品化されており、事業運営者と自動運転車の利用者、また公道で混走する一般自動車の利用者など、それぞれへの配慮は行われている。
そのうえで今回話題にのぼったのは、急ブレーキ等での乗員の安全性の確保だ。言い方を変えると、「乗り心地」の改善である。
人が運転するより、自動運転のほうが事故に遭遇しにくいという技術的な見解の中で、衝突のリスク回避と、車内での乗り心地のバランスについて、快適なサービスという観点で今後さらなる議論が必要であろう。
そして3点目は「必要性」である。端的に「自動運転は日本で、本当に必要なのか?」ということだ。
自動運転では、「社会受容性」という表現を使い、その中で人間らしい生き方を考えるウェルビーイングの領域も踏まえた「広い発想」に基づく議論がある。そうした中で、「理想と現実」が乖離している部分があるのだ。
たとえば、サービスカーでの「現実」とは、前述のようなコストの問題がある。あわせて、AIオンデマンド交通や各種のライドシェアなど、地域交通に関するさまざまな選択肢が増えてきており、自動運転の必要性が変化していると感じる。
オーナーカーの自動運転についても、必要性が問われるだろう。直近では、自動車メーカー各社が「AI(人工知能)を活用した」という枕詞を使い、技術革新について説明する機会が増えた。
■自動運転の「現実解」はどこにあるのか?
「交通事故ゼロ」を目指す自動車メーカーの方針に異議を唱える人はほとんどいないだろう。だが、そこにもやはりコストという課題が立ちはだかる。新車のコスト上昇、また高速道路利用時の次世代通信技術に対する通行料負担が想定される。
さらに、テスラの事例のような「乗用車の公共化」のビジネスモデルが日本でも普及する場合、自動車販売企業の収益構造にも変化が生じるだろう。
自動運転は本当に日本で必要なのか。日本における「現実解」を念頭に、今後も自動運転関連の取材を続けていきたい。
東洋経済オンライン
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最終更新:4/15(火) 5:32