【毒親育ち】「父親が突然布団の中に…」中学生で父に襲われ、母に刺された女性の壮絶な半生

5/8 18:02 配信

ダイヤモンド・オンライン

 毒親とは、あらゆる手段で子どもの人生を支配し、悪影響を与える親のことだ。毒親は子どもの心と人生を破壊することも少なくない。元ソープ嬢で現在は都内で看護師として働くあかねさん(仮名・47歳)もまた、毒親による理不尽な行為のために壮絶な人生を歩むこととなった――。本稿はノンフィクションライターの中村淳彦著『私、毒親に育てられました』(宝島社新書)の一部を抜粋・編集したものです。

● 物心ついたときから 母親に殴られていた

 元ソープ嬢のあかねさん(仮名・47歳)は北関東出身。上京してからの数年間、親の借金を返済するために池袋のソープランドで働き、現在は都内の病院で看護師をしている。

 「出身は●●県。●●って名前を言っただけで気分が悪くなるくらい、いいことはなにもなかったよ。1時間に電車が1本しかない田舎で、田んぼや畑ばかりでたまに車が通ったりして、思い出しただけで気分が悪くなるようなところ。もう15年間くらい実家には帰ってないけど、帰ってないっていうより、嫌でしょうがなくて逃げ出したから」

 実家は●●県の郊外。サラリーマンの父親、専業主婦の母親、弟の4人家族だった。両親はともに北関東生まれで、20代前半に見合い結婚をしている。

 「物心がついたときから、母親に虐待されていたのね。最近は虐待、虐待ってニュースでやっていて、先生がちょっと生徒を殴っただけで虐待ってなっているけど、たぶん私がされていたのは本当の虐待。母親はヒステリックとかを超えてちょっとおかしい人で、1日も欠かすことなく殴られていました。覚えている虐待のいちばん昔の記憶が1歳とか2歳というだけで、もっと前からされていたかも」

 あかねさんの子ども時代は、母親に暴力を振るわれている記憶しかない。家にいると、突然母親が怒鳴りだし、気が済むまで殴られる。理由はご飯を残したとか玄関の靴が曲がっていた、ゴミが落ちていた、お父さんが帰ってこないなど、あかねさんが理解できない適当なことだった。

 「家にいると何時間かに1度は母親に怒鳴られて殴られるから、本当に怖いですよ。毎日のことだから痛さには慣れるけど、全然感覚は麻痺しちゃうけど、いったいどこで怒鳴りだして殴られるかわからないから怖いんですよ。覚えているかぎり、実家にいる間は全身傷だらけでした」

 弟は両親にかわいがられ、溺愛だったという。北関東で女性を取材すると、ほぼ全員が口にする「長男信仰」である。

 「家族で一緒にご飯を食べにいっても、私のはないんですよ。たまにレストランとか連れていかれるけど、3人で美味しそうに食べてて、私は見ているだけ。でも、私も弟も生まれたときからそんな感じだから、変とは思っていなかった。殴られるとか、自分だけ食べさせてもらえないとかは、子どもの頃からだから慣れっこだけど、最後は母親に刺されました」

 理不尽に暴力を振るわれる身体的虐待は、最終的に出刃包丁で刺すまで発展したという。

 「傷痕はうっすらとしか残っていないけど、お腹の横を包丁で刺されたんですよ。『お前は死ね! お前は死ね! お前は死ね!』って鬼のような目をして叫んでいました。本当に怖いよ。だからこんな話をしたくないんです。子どもの頃からずっと殴られているわけだから、なにをされてもなんとも思わないよ。

 ただ、毎日が絶望的で怖いってだけ。今日は痛かったとか軽かったとかあまり怖くなかったとか、感情みたいなものはそんな程度だよ。そういう人が親なんだし、そういう環境に生まれてきちゃったんだから、どうしようもない」

● 中2で実父に 奪われた

 あかねさんはライターの火をつけたり、消したり、箸を持ったり、置いたりを繰り返している。くすぐったそうな動きをして、なにか言おうとする。

 「うん……まあ、昔のことだね。中学2年のときかな、ヤラれました。実の父親に」

 「中学2年ってことは処女だよね」

 「えぇ」

 性的虐待の話がはじまった。父親が26歳のときに、あかねさんが生まれている。現在、父親は73歳。団塊世代であり、大企業の支社に勤めるホワイトカラーだった。

 「春休みだったかな。深夜だね。狭い家じゃなかったから自分の部屋はあった。で、父親が突然布団の中に入ってきたんです。夢かなと思ったけど、すぐに父親だってわかった。寝間着のズボンとパンツを一気に脱がされた。裾を押さえて抵抗したけど、どうにもならなかった。なにをされるのかわからなくてパニック状態だったけど、父親のすごく勃起したアレを見たとき、なにをしに来たのかわかりましたよ。

 とにかく怖くて叫び声をあげたい。だけど、隣の部屋には弟が寝ているし、母親に知られたら大騒ぎになる。私がなにをされるかわからない。息ができないくらい怖くて、もう震えるだけだった。父親は抵抗できないように私の胸を押さえて、ガッて脚を開かれて挿れられた。

 怖くて怖くて……なにがなんだかわからなかったよ。目を開けたら汗まみれになって変な声を出している父親がいて、痛いのと怖いのをとにかく我慢するしかなかった。なにも言わないで腰を振って、出したら部屋から出ていったよ」

 父親は誰が見ても、あかねさんにそっくりだという。

 「このときは汚れてしまったことに悩んだよ。もう、人生終わったって。クラスに好きな男の子がいたけど、一緒に帰ったりしていたけど、その日から目を合わせることができなくなって、もう一生自分は恋愛できないカラダになってしまったって。子どもが生まれたらどうしようとか、一日中そのことで頭がいっぱいになってね。悩むのが嫌になって死のうと思っても、そんな勇気なかったし」

 一度だけじゃない。それから父親は週2回、3回と布団に入ってくるようになった。いつも、絶対にアレは勃っていた。深夜にトイレに行くふりをして、あかねさんの部屋に侵入して強姦し、『お母さんに言ったらどうなるかわかるよな?』と言って母親のいる寝室に戻っていった。

 「中学卒業して逃げ出すまでずっと続いたから、何回? 100回とか。眠るまでの時間は母親に殴られて、眠ってからは父親に怯え続けていた。日が沈んで夜になると怖くなって眠れない。今日は来ないってホッとして眠ると、やってくる。黒い影が来て、すごく怖くて、虐待は痛いだけだけど、痛いことは慣れるけど、レイプは慣れない。本当にゾッとするくらい嫌で嫌で、夜がくるのがすごく怖くて、生きた心地がしなかった。

 だからソープランドで働いて借金を返すくらい、なんでもないこと。お客が来て、毎日毎日セックスしているけど、ゴムずれでアソコが痛くなったりする程度だし、乱暴な人はいてもちょっと嫌な思いして疲れるくらいだから」

 父親に処女を奪われた日から、あかねさんは自分を人並みではない汚れた女だと思っている。汚れたものはいくら汚しても変わらない、たぶんそういうことだ。

 「母親が私を刺して殺そうとしたのは、たぶんそのことが原因。2年間、同じ屋根の下でずっと犯され続けたから気づいたんだろうね。母親には徹底的に虐待されていたし、人間扱いされていなかったけど、心の底では助けてほしかったよ。父親に犯されたとき、お母さん助けてって思ったもん。だけど、お前は死ねって刺されちゃった。お腹がすごく熱くて、痛くて。本当に自分にはなにもないんだってことを理解した」

● 両親から逃げ ニューヨークで売春婦に

 母親に刺されたのは、中学3年のときだった。

 「このままだと父親と母親に殺されるって本当に怖くなった。高校進学も、女のお前に出す金はないみたいな感じで、受験もさせてもらえなかった。だから、逃げ出すことにしたの」

 中学の卒業式の日、親の郵便局の預金40万円を引き出して盗んだ。夜中に家を抜け出して、始発の電車に乗って成田空港に行った。

 「ニューヨークに逃げた。なにか夢があったとかじゃなくて、ただただ親が絶対見つけ出せないような外国に逃げたかっただけ。父親も母親も世間体を気にする人で、高校には行かせないなんて言っていた割には、学校の成績が悪いのは許されなかった。成績が悪いと死ぬほど殴られるから、薄々と英語の勉強をしながら外国に逃げたいって思っていて実行した。飛行機が空を飛んだときはうれしかった。やっと逃げられたって」

 あかねさんはそう言いながら外国語を話した。なにか英語を話して、次はフランス語ねと日本語で言って、流暢にフランス語を話していた。

 「親から盗んだお金だけじゃ、何日も暮らせないから仕事しなきゃならない。当時アメリカはすごく不景気だった。日本と同じで15歳の子どもが働ける場所なんてなくて、カラダを売ることにした。セックス経験は、父親しかないわけだから、エッチに夢とか希望なんてない。すぐにできたよ。

 売春街みたいなところがあるんだけど、19歳とか適当なことを言ったら働かせてもらえた。ストリートガールっていうの、外に立って客をとる立ちんぼみたいな感じ。毎晩、誰かしらに買われて、モーテルみたいなところに客と泊まっていた。つらいことはなにもなかった。怖くないし、優しいし、エッチするだけでいい。ラク。日本円で一晩5万円くらいもらっていたし、生活には全然困らなかった」

 カラダを売れば生きていけるとわかった。9月から高校、ハイスクールに通うことにした。売春のお客だった中小企業を経営している黒人男性に気に入られ、「売春をやめて、俺の愛人になれ」と言われた。その男性は定期的に肉体関係になるだけで生活の面倒をみてくれた。最終的に高校だけでなく、州立大学まで卒業している。

 8年間、アメリカで過ごして帰国し、アメリカで知り合った日本人男性と入籍した。

 「日本で病院に勤めたけど、ある日、母親から電話がきた。会いたくなかったけど、十数年ぶりに会った。なんの用かなと思ったけど、やっぱりろくでもない話だったよ。元気、久しぶりみたいな言葉は一言もなくて、カネ出せって。貯金くらいあるでしょって。

 借金があって首が回らないから、あんたが全部払ってくれって。断れないよ。絶対に断れない。ずっと殴られてきたし、口答えなんかしたらたぶん殺される。親には絶対になにも言えない。だから、病院は辞めた。1500万円なんて病院勤めの給料じゃ返せないから、それでソープ嬢になったんだよね」

 なにも知らない夫は、妻は病院に勤めていると思っていたそうだ。

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最終更新:5/8(水) 18:02

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