水原一平氏の「違法賭博問題」が大谷翔平を揺るがす事情

3/26 5:41 配信

東洋経済オンライン

 華やかなはずの2024年韓国でのMLBオープニングゲームの翌朝、衝撃的なニュースがもたらされた。大谷翔平の分身と言ってもいい通訳の水原一平氏が、違法賭博に関与したとしてドジャースを解雇されたのだ。

 その後の事件の経緯は次々と報じられている。また、テレビでは弁護士やスポーツ解説者がさまざまな意見を述べている。事態は予断を許さない。

 ただ、カリフォルニア州は一部を除いてスポーツ賭博を禁じているが、アメリカの多くの州では合法になっている。

 それでも、非公認で、巨額の掛け金が動く闇賭博をしたならば、罪に問われる可能性が高い。大谷が水原氏の賭博の負債を肩代わりしていたとすれば、無傷で済まない可能性もある。

■「野球賭博」という根深い問題

 しかしそれ以上に問題なのは、大谷の行動が、MLBの伝統的なルールに抵触している可能性があることだ。スポーツ専門メディアESPNの報道によると現時点で、水原氏は「野球に賭けたことはない」と言っているが、今後の捜査でそれが虚偽だった場合、MLBは大谷翔平にも厳しいペナルティを科す可能性がある。

 「野球賭博」はMLB、NPBも含めた「プロ野球の世界」では、トラウマになるような根深い問題なのだ。

 20世紀初頭のMLBは、興行の規模も小さかったが、機構のマネジメントそのものも確立されておらず、試合や選手のプレーをめぐっては、闇ブローカーによる「賭け」のうわさが絶えなかった。

 それが大事件になったのが、1919年の「ブラックソックススキャンダル」だ。この年のワールドシリーズは、アメリカン・リーグの勝者、シカゴ・ホワイトソックスとナショナル・リーグの勝者、シンシナティ・レッズの間で行われ、レッズが勝ったが、その直後からメディアが「ホワイトソックスの選手が、野球賭博に関与して八百長を働いた」と報道し、大問題となった。

 まだ発足して20年足らずのMLBの存続さえ危ぶまれる中、球団オーナーたちはイリノイ州連邦地方裁判所判事だったケネソー・マウンテン・ランディスをMLBの絶対的な裁量権を持つ「コミッショナー」として迎え入れる。ランディスコミッショナーはホワイトソックスの8人の選手を「八百長に関与した」としてMLBからの「永久追放処分」に処した(彼らは司法判断では1人も有罪になっていない)。

 ランディスコミッショナーの果断な処置でMLBは救われたとされる。翌年、レッドソックスからヤンキースに移籍したベーブ・ルースがMLB新記録の54本塁打を打ち、一躍人気となる。これまで「子どもが行く場所ではない」と言われた野球場に多くの子供が詰めかけ、MLBは一躍「ナショナルパスタイム」になるのだ。

 MLB史上最大の危機は、初代コミッショナーのランディスと、ベーブ・ルースによって救われたと言ってもいい。

 以後「野球賭博」は、MLBにとって最も忌むべき行為として、厳しく処断されることとなった。

■永久追放処分を受けたピート・ローズ

 MLB最多の4256安打を打ったピート・ローズは「ビッグレッドマシン」と言われた強豪、シンシナティ・レッズの大スター選手であり、日本にもやってきて日米野球では、王貞治や野村克也ともプレーした。

 しかし引退後の1989年、ローズが永年野球賭博に関わっていたことや、その中に自分が監督を務めたレッズの試合が含まれていたことが発覚。当時のバート・ジアマティコミッショナーによって永久追放処分を受けた。
以後、何度か処分の解除の話が出たが、今に至るもローズは追放されたままだ。

 さらに2015年になってESPNによって、ローズが選手時代から野球賭博に関与していたことが明らかにされた。これもあって、MLB史上最も安打を打ったピート・ローズは今に至るも「野球殿堂入り」していない。

 2016年5月、イチローが日米通算でローズの安打記録を抜いたときには、ローズは日本メディアのインタビューに応えたが、経済的に苦しいような印象を受けた。イチローは来年のMLB殿堂入りが確実視されているが、ローズの殿堂入りは4月に83歳になる今も依然として絶望的だ。

 ローズの例でもわかるように、MLBは「野球賭博」に対して極めて厳しい処分を下しているのだ。なおESPNは、今回の事件でも、水原氏に最初にインタビューをするなどスクープを連発している。忖度も容赦もない報道が基本姿勢だ。

■日本でも「野球賭博」は大きなトラウマ

 実は日本でも「野球賭博」は大きなトラウマになっている。1969年、西鉄ライオンズの投手、永易将之が、野球賭博に関わる暴力団に脅され「敗退行為(八百長)」をしていたことが球団の内部調査で発覚する。

 そしてこの年10月に読売新聞と報知新聞がスクープ。球団は記者会見を開いてこれを認め、幕引きを図ろうとするが、週刊ポストなどの後追い報道もあって、事件はさらに大ごととなり、最終的には永久追放6人を含む19人が処分される大事件となった。

 1950年代後半から華々しい活躍をして九州の人気球団となった西鉄ライオンズだが、この事件から低迷し、1973年には太平洋クラブに身売り、1979年には西武ライオンズとなり、本拠地を福岡県から埼玉県に移転するに至る。

 プロ野球の「黒い霧事件」と言われたこの事件以降、NPBも「野球賭博」そして反社会勢力と選手の接触に厳しい目を光らせることになる。

 2016年には、読売ジャイアンツの選手が関与した「野球賭博事件」が発覚した。前年オフに巨人の練習施設に、ある人物が「野球賭博で負けた借金」を取り立てに来たことから事態が発覚。賭博に関わった巨人の福田聡志、笠原将生、松本竜也の3選手が契約解除され、高木京介が失格処分となった。また巨人の球団代表も引責辞任した。

 「黒い霧事件」以来、47年ぶりの大スキャンダルだった。この事件を機に、NPBと各球団は「再発防止策」を強化した。現在では新入団選手はNPBや球団の講習で「野球賭博」などの「有害行為」についての講習を受けることになっている。

 こうした野球賭博、八百長事件は韓国プロ野球(KBO)や台湾プロ野球(CPBL)でも起こっている。特に台湾の場合は、2008年、球団ぐるみの八百長事件で、米迪亜ティー・レックスが、球団ごと永久追放されるなど、大規模な八百長、野球賭博事件が何度も起こり、それが台湾プロ野球発展の最大の阻害要因になっていた。今では台湾政府の総督府が後ろ盾になり、CPBLを盛り立てている。

■アメリカでは盛んな「スポーツベッティング」

 野球は人気スポーツだけに、賭けの対象になりやすい。また人気選手には、常に反社会勢力が接近しようとする。野球賭博、八百長の誘惑は、プロ野球界には常に存在している。しかし、野球賭博が一度発覚すると、野球界は回復不能なほどのダメージを負うことになるのだ。

 アメリカでは「スポーツベッティング(合法の賭博)」が盛んだ。特にMLBは「ファンタジーベースボール」というシミュレーションゲームが盛んで、数百万人の愛好者がいるとされる。このゲームは、参加者がオーナーの立場で実際の選手を獲得し、実際のペナントレースの動向に従って成績が決まり、一喜一憂する。MLB公式サイトでもこのゲームの愛好者向けに情報提供をしている。

 「ファンタジーベースボール」そのものは賭博ではないが、ここから入って「MLBベッティング」など合法的な賭博に手を出すファンも少なくないと言われる。そうした合法的な「スポーツベッティング」のすぐ横に「違法賭博」があるという図式なのだ。

■大谷の将来に暗い影を落としかねない

 ESPNでは水原氏の「違法な賭博とは知らなかった」「野球には一切賭けたことがない」という発言が報じられているが、万が一、水原氏が関与した賭博の中に一つでも「野球関連」のものがあった場合、MLB球団としては、関係した人物に厳しい処分を科すことになる。

 報道されているとおり、大谷翔平が水原氏の「賭けで負けた借金」を肩代わりしたとして、その「賭け」に「野球賭博」が含まれていた場合、さらに深刻な事態になる可能性もなくはない。

 大谷翔平その人が「野球賭博」を含めた「有害行為」「不法行為」に関与したと疑う人はほとんどいないだろう。

 しかし、彼が最も信頼してきた人物の「背信行為」は、不世出の大選手の将来に暗い影を落としかねない。この期に及んで大谷翔平に求められるのは「正直さ」と「率直さ」であろう。スポーツマン大谷翔平の真価を発揮する場と言ってもいい。

 結婚によって伴侶を得たばかりの大谷翔平にとって、この蹉跌は「乗り越えられるもの」であると信じたい。

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最終更新:3/26(火) 9:32

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