入居率94%なのにシャッター街に…「防火壁」として生まれた巨大団地《楽待新聞》

12/9 19:00 配信

不動産投資の楽待

「まるで巨大宇宙船のような団地だな」と私は思った。

高さ40メートルの高層団地が、全長約1.2キロメートルにわたって配置されている。東京都墨田区にある「白鬚東(しらひげひがし)アパート」だ。

大規模な団地が特異な構造をしているのは、団地そのものに「防火壁」の役割があるからだ。建設が行われた1970年代当時、周辺は木造住宅が密集しており、火災の被害が大きくなりやすいとの懸念があった。

炎から住民を守るための工夫は随所に見られる。単なる「住まい」としての役割以上のものを抱えた白鬚東アパートは、いま街にとってどのような存在なのか。実際に現地を訪れてみた。

■団地全体が「防火壁」

白髭東アパートは、北千住から直線距離で南に約2キロメートル、隅田川の東岸に位置する。川に沿うような長い構造で、岸側は「白髭東公園」、東側には住宅街が広がる。

最寄り駅は東武伊勢崎線の「鐘ケ淵駅」だ。同駅は北千住と曳舟(ひきふね)の間に位置し、両駅まで5分前後の所要時間である。ちなみに、都営バス(里22)を利用すれば、亀戸駅から団地最寄りのバス停まで約20分で到着する。

白髭東アパートは、複数の建物が横に連なる構造だ。高さ40メートル・13階建ての建物18棟から構成され、都営住宅の賃貸部分11棟(1607戸)や駐車場棟、分譲棟、備蓄庫から成る。

私が「巨大宇宙船のようだ」と感じたのは、その特徴的な配置にある。これは、団地自体が「防火壁」の役割を期待されているためだ。

災害発生時には、周辺住民が川岸の白髭東公園に避難し、団地が防火壁となって、住宅街の大規模火災から避難民を守る。白髭東公園は8万人を収容することが可能だ。

このような形で整備されたきっかけは、1964年に発生したマグニチュード7.5の新潟地震だ。石油コンビナートが炎上するなどの被害が生じ、都市災害に対する防災の機運が高まっていた。

特に墨田区北部は、関東大震災以後に木造住宅が密集する傾向にあり、再び大きな地震があった際に、大規模な火災被害に見舞われる懸念があった。

そこで、東京都は1969年に「江東防災6拠点構想」を策定し、「白鬚東地区防災拠点」として再開発を計画したのだった。

1972年に「白鬚東地区再開発事業」として都市計画決定された後、1975年に着工、1982年に完成となった。施工面積は27.6ヘクタールとされている。

■随所に火災対策も、本稼働は未だなし

団地が「防火壁」とは、どういうことなのだろうか?

実際に白鬚東アパートを訪れると、団地の随所で火災から街を守るための仕掛けが見られた。その1つが、居室のベランダ外側に設置されたシャッターだ。火災発生時には全居室のシャッターが下ろされ、ベランダと居室を火の手から守る仕組みになっている。

住民に話を聞くと、自己の判断で自由に開け閉めすることはできず、災害時にのみ使われるという。「防災訓練を除いて、シャッターが閉じられたことは1度も無い」と高齢の住民は語る。

他にも、放水銃が建物の東西両面の至るところに散見された。遠目からは、戦艦に設置された対空砲のような見た目に見える。東側の放水銃は、シャッターが炎で熱くなるのを防ぐ目的があるようだ。

先ほどの住民によると、こちらも訓練以外で使用されたことは無いという。団地の屋上には、オレンジ色の貯水タンクが設置されている。

白鬚東アパートは南北に長い団地だが、全棟を自由に行き来できるわけではない。平常時は一部が仕切られており、勝手に開けると警報が鳴る仕組みとなっている。

そして、何としてでも火を公園側に移さんとする意図があるのだろう、各棟の間に緑の鉄板が設置され、隙間が無いような構造になっている。

余談だが、通路は通常のマンションよりかなり広い印象を受けた。自転車を持ったままエレベーターに乗り、居室のそばに置く住民もいるようだ。

■住民はたくさんいても「商売上がったり」?

白髭東アパートは「墨田区堤通2丁目」に該当する。団地には都営住宅だけでも約1600戸あり、墨田区の統計によると、今年10月時点で約4000人の住民を擁している。

一方で、団地の商店街は寂れていた。団地の北側に位置する「しらひげセンター商店会」はシャッター街となっており、食品スーパーの「まいばすけっと」やデイサービスのほか、飲食店が数店オープンしているだけだった。

住民がたくさんいても店舗に活気がないのは、明確な理由があった。都営住宅の特性上、住民には所得制限があり、団地に購買力の高い層が残らないのだ。

都営住宅の賃料は2万~3万円台が一般的だ。現在は、単身者で約190万円、2人世帯で228万円、3人世帯で266万円という制限が設けられている(一般区分)。

長年、団地内で店舗を経営するオーナーは次のように嘆く。

「住民の高齢化が進んだ20年前から、商店街は衰退しました。過去には八百屋、スーパー、飲食店など、いろいろな業種が店を構えたものの、いかんせん需要が弱い。みんな、儲からないということですぐに撤退してしまいました」

現在は年金暮らしの世帯が多く、「商売あがったりだ」という。

店主の気持ちもよく分かるが、「収入の少ない方のためのセーフティネットとして、低廉な家賃で賃貸する公共住宅」という都営住宅の位置づけがある以上、住民の所得制限は仕方ないのだろう。

東京都住宅政策本部に問い合わせたところ、9月末時点で白髭東アパートの空室率は6.4%だという。

高齢化率や外国人比率までは聞けなかったが、堤通2丁目全体の数字では65歳以上が1703人居住しており、その高齢化率は43%におよぶ。おそらく、白鬚東アパート内の高齢化率も同等程度に高いのだろう。

■白鬚東アパートが担う「本当の役割」とは

団地東側の住宅街は、1970年代の開発当時とは異なり、マンションも多く建っている。かつての木造家屋が多かった状況に比べると、建物自体の防火性も大幅に向上しているはずだ。

そう考えると、白鬚東アパートの「防火壁」としての重要性は低下しているとも言える。しかし、セーフティネットとしての役割は大きい。都営住宅の抽選倍率は、高級タワーマンションのように数十倍、数百倍になることもある。

そして近年では、団地に新たな傾向が現れている。先述の店舗オーナーによると、外国人を対象にしたような店舗がたびたび商店街に出店しているのだという。

筆者が団地内を歩いたときにも、外国人と思われる表札をちらほら見かけた。今後、日本における外国人労働者数は増えると考えられており、彼らの住まいとしても機能していくのかもしれない。

白髭東アパートの存在意義は、依然として大きいものと言える。

山口伸/楽待新聞編集部

不動産投資の楽待

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最終更新:12/9(月) 19:00

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