まるでジブリの世界!? カラフルな三角屋根が並ぶ「日向岡住宅」の現在《楽待新聞》

5/13 19:00 配信

不動産投資の楽待

東海道新幹線の新横浜~小田原駅間の車窓を眺めていると、ピンク色や水色などパステルカラーで彩られた三角屋根の家々が視界に入ってくる。

まるでジブリ映画のワンシーンのようにノスタルジックな風景が印象的な住宅地だ。

これらは、神奈川県平塚市にあり「日向岡(ひなたおか)住宅」と呼ばれている。本記事では、なぜこんな住宅地ができたのか、街の成り立ちや現状について紹介する。

■カラフルな三角屋根が印象的な「日向岡住宅」

神奈川県平塚市にある「日向岡住宅」は、平塚市の隠れた名所として知る人ぞ知る住宅地である。

東海道新幹線の新横浜から下り列車に乗って約9分ほどすると、ピンク色や水色、黄色のカラフルな住宅が並ぶ高台が視界に入ってくる。斜面に広がる色とりどりの三角屋根の住宅地は、日当たりも良さそうだ。

以前、テレビ番組でも紹介されたことがある。まるでジブリ映画の世界のような可愛らしい景色に魅了される人も多いという。

この「日向岡住宅」は、東急グループが開発した街だ。開発前は畑と山林が多くを占め、人があまり住んでいない場所であったが、土地区画整理事業で開発することに。1979年4月に組合設立の認可、同年11月に起工となった。

開発にあたって、東海道新幹線に送電する鉄塔の移設や地区内の高低差が問題であった。しかし鉄塔はそのままにし、宅地造成は高低差を生かした状態で行う方針に。そのため、日向岡住宅はひな壇形式の斜面になっているのだ。

日向岡地区は、「湘南日向岡ニュータウン」として1987年1月に分譲を開始。ひな壇の土地にパステルカラーの三角屋根住宅が建ち並ぶ光景は当時大きな話題となり、人々の注目を集めたものである。

■時が止まったかのような「ファンシー廃墟」

2024年4月における平塚市の人口は約25万8000人、世帯数は約11万700世帯である。旭地区にある日向岡一丁目・二丁目は、それぞれ約1200人程度が住んでいる。

なお、2014年4月における人口と比較してみると、平塚市としては人口増加傾向にある中で、日向岡地区の人口は減少していた。

かつてニュータウンとして賑わいを見せていた日向岡地区も、ここ10年の間に人口減少の波が少しずつ押し寄せている。

街びらきから37年の時を経た現在も、日向岡住宅は当時の面影を残している。新しく建てられた家と、昔からある家が混在するような形だ。

遠目からはカラフルに見え、あれほど可愛らしい印象だった日向岡住宅も、実際に街へ足を踏み入れると案外オーソドックスな外壁の家も多いことがわかる。少し間隔をおいてカラフルな家が建っている状況だ。

街の中には、かつて住民が買い物をする場所として栄えたであろう「ショッピングプラザ15」も残っている。

開業したころは、カルチャーセンターや衣類雑貨店、美容室など多くの店舗が営業していたが、現在は酒屋やカラオケ店などがあるのみ。ショッピングプラザ自体がバブル期のまま時間が止まっているかのようだ。

営業中の店舗がゼロではないものの、ほとんどがシャッターを下ろしたままだ。カラフルな家が並ぶ住宅街の中に、寂れたショッピングプラザ…。インターネット上では「ファンシー廃墟」と呼ぶ人もいる。

■地理的不利を街並みで克服?

日向岡住宅の大きな特徴は傾斜地で坂が多いこと。安全のため、坂の上にある中学校が自転車通学を制限するほどだ。

また、日向岡住宅に行くには平塚駅からはバスで25分かかり、交通アクセスは便利とは言えない。

この地理的不利を抱えながら住宅地として栄えるために、東急グループが考案したのが街の外観を特徴的にすることだった。新幹線の車窓から見られることを意識したファンシーな街並みは人気を博し、当時多くの人の「憧れの住宅地」となった。

高台の家では晴れた日に富士山の眺望を眺めることもできるため、見晴らしの良さを気に入って住み始めた人も多い。

近年では映画やアニメの舞台として描かれることもあるようで、「聖地」を見に訪れる人たちもいるという。

しかし実際は、坂が多いことを理由に街から離れる選択をする人がいたり、付近に利便施設が少なかったり、暮らしやすさの点では疑問が残る。

日向岡地区の人口は少しずつ減少しており、街の中には寂れた雰囲気の場所も点在している。今後、ニュータウンらしいかつての活気を取り戻すことがあるのか注目したいところだ。

矢口ミカ/楽待新聞編集部

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最終更新:5/13(月) 19:00

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