「アップル<マイクロソフト」と判断する大間違い、収穫期のMSと種まき機のアップルの違い

4/4 5:32 配信

東洋経済オンライン

 ソフトウェアを企業価値の中心に据えたマイクロソフトと、優れたハードウェアとそれを支えるソフトやサービスで事業を組み立ててきたアップルは、言うまでもなく企業そのものの構造がまったく異なる。

 それでも比較されることが多いのは、1980年代からのパソコン黎明期において、この2社がライバルのように扱われていたからだろうか。過去10年間、間違った経営判断をしていないという共通点もある。結果、両社とも極めて強固な事業基盤を誇り、近年も高い業績水準を維持している。

■MSとアップル市場からの「見られ方」

 しかしながら、先行投資してきたAI事業がさらなる基盤強化につながると見られるマイクロソフトに対し、アップルは屋台骨のハード事業が成熟し、新しい付加価値を生み出せずにいると一般的には見られている。

 マイクロソフトが久々に時価総額でアップルを逆転したが、積極的に事業の形を変え、現代のテクノロジー産業に適応した事業ポートフォリオへと体制を整えたマイクロソフトが収穫期を迎え、ハード事業が成熟し、新たな分野を開拓しきれずにいるアップルが試練を迎えているーーと市場が受け止めているのも無理からぬことだ。

 近年のマイクロソフトはクラウド事業が支えとなり、業績も絶好調だ。同社が成長した1980年代から1990年代にかけてと現在では、まるで事業ポートフォリオは異なるが、実は企業としての強みの本質は大きくは変化していない。

 かつては、世界中で使われるパソコンの基本ソフト(OS)を独占的にライセンスし、オフィスで使われるソフトやツールを提供することでこの市場を席巻していた。

 そのプラットフォーマーとしての支配力の源泉は、コンピューター上で価値を生み出すソフトや、エンジニアたちの求める基礎技術や開発のためのツールを提供する企業として、極めて強い製品基盤を持っていたことにあった。

■時代の変化に合わせた巧みな「ピボット」

 さらに強みだったのは、時代の変化に合わせた「ピボット」が大企業とは思えぬほど素早く行えていたことだ。「Windows 95」のときにはインターネットへ素早く対応し、2000年に入るとアプリケーションソフトをコンピューター上で動かす時代から ネットワークサービスへとソフト開発の価値が大きく変わっていく節目を見事に捉えていた。

 アマゾンやグーグルの台頭によって、マイクロソフトの事業ポートフォリオはやや古さを見せていたが、現在のサティア・ナデラCEOはマイクロソフトの強みを新しいクラウドの時代に見事に適応させた。創業者でもあったビル・ゲイツ氏が整えていた技術的な基盤を再構築し、クラウド、そしてモバイルの時代に適応させたのである。

 事業環境の変化、技術的なトレンドへの追従も相変わらず的確で素早い。OpenAIへの投資をはじめ、大規模言語モデルへの取り組み、自社製品やサービスへの応用の早さなどは見事だ。

 そして、同社の価値の源泉となっているコアな部分はほとんど変化していない。かつてはソフトを開発するエンジニアを支援することに長けていた同社だが、現在は、クラウドの中で同様の価値を提供し続けている。

 こうした強固な事業基盤を持つ同社にとって、本格的なAIブームは追い風になることは間違いない。現時点でAIサービスがマイクロソフトの製品やクラウド事業の売り上げに貢献しているという事実はないが、将来的には極めて有望だ。

 クラウド事業におけるAIサービスの売り上げ増加だけでなく、「オフィス」や開発者向けツールへのAIの活用や、WindowsへのAI技術組み込みなど、既存の製品やサービスをさらに拡充する布石が打たれ始めている。

■アップルの強さの本質

 一方、アップルはどうだろうか。事業モデルがまったく異なると書いたが、アップルの本質的な強みは突き詰めるとマイクロソフトと同じだ。

 同社は魅力的なプラットフォームを作り出し、その上で新しい付加価値を作りたいと考えるエンジニアやクリエイターたちの夢を叶える仕組みを提供してきた。

 それはMacであり、新しい音楽ビジネスの基盤となったiPodであり、携帯電話を小さなPCとして魅力的なプラットフォームにしたiPhoneである。ただ、あくまで製品のメーカーであるアップルは、マイクロソフトとは事業全体の構造や、付加価値を高めるための手法が違う。エンジニアやクリエイターを引きつけるための方法論や魅力に至っては、まったく異なると言える。

 2007年の初代iPhone以降、世界中のクリエイターやエンジニアを引きつけることでアップル製品は輝き続け、ボジティブな投資サイクルができ、さらに洗練したハードを開発し続けることができた。近年はサービス事業の売り上げ増が業績面で評価されているが、それが可能なのはスマホ市場を支配しているからにほかならない。

 一方で、事業が好調だからといって、製品ジャンルをむやみに増やし続けないのもアップルの大きな特徴である。 なぜなら、プラットフォームとして大きな魅力があるものでなければ、その本質的な強みを発揮できないからだろう。

 アップルが独自の電気自動車(EV)開発を断念したニュースに失望したという声もあるが、筆者はむしろポジティブに捉えている。同社が自動運転技術を開発していたのは公然の秘密だった。

■アップルが本気でEVを開発していたかは疑問

 多くの関連技術者を雇用し、自動運転技術を磨くためのテストカーを稼働していることは既知の事実だった。ただ、アップルが本気で自社でEVを開発していたかは疑問だ。

 少し昔話をしたい。2000年代、アップルがテレビを開発しているという、まことしやかな噂が業界では流れていたが、筆者はその噂に大きな疑問を感じていた。同社がテレビを使ったさまざまな実験を行っていたことは確かだろうが、製品としてテレビをアップルブランドで発売するという取り組みをしていたとは思わない。

 テレビという製品は画質の優劣を除けば、機能的に違いを出すのは難しい。機能の面で大きな差を生み出せないのであれば、テレビにコンテンツを届け、これまでにない画期的なユーザインターフェースを提供するほうが価値がある。そこで生まれたのが、テレビに接続する「Apple TV」である。

 Apple TV は、iPhoneやMac、iPadほどの大きなプラットフォームに成長はしていないが、しかし長い時間をかけてアップルは独自の魅力あるコンピュータプラットフォームを作り上げたと言える。

 EVの話とはまったく関係がないように思えるかもしれないが、このロジックはそのままEVにも当てはまると考えている。アップルはテスラのように独自の自動車を作るのではなく、自動車と接続し、iPhoneなどアップル製品が自動車そのものに高い付加価値をもたらすソリューションを開発していたのだと考えている。

 もちろん、正解ではないかもしれない。しかし、アップルが自動車産業に参入しなかった理由の1つではあるだろう。

■アップルが「没落」することはない

 企業が衰退する時というのは、よりよい製品やサービスを生み出す力がなくなり、他者と比較したときに競争力が低下することで没落していくシナリオが一般的だろう。

 しかし、アップルに関してはこのシナリオは考えにくい。

 現時点において、スマホ、タブレット、モバイルコンピューターといった領域でパフォーマンス、使いやすさなど総合力で勝るアップルに勝る製品は存在していない。なぜなら、アップルは最終製品を半導体設計、OS、ソフト、開発ツールなど、あらゆる面で総合的なフレームワークを提供している唯一のハードウェアメーカーだからだ。

 例えば、スマホ市場で最大のライバル、サムスン電子も有力な半導体メーカーの1社ではあるが、同社の半導体は自社製品だけのために設計されているものではない。あくまでも独立した事業として存在している。

 アップルは各ジャンルにおいてこれまで通り進化を続けていれば、今後も各市場で優位性を保つことができるに違いない。 ただし、市場が成熟化していけば、いずれ費用対効果という意味でアップルをしのぐ製品が生まれる可能性は十分にあるだろう。

 1990年代半ばから後半にかけて1度は潰れかけたアップルが、挑戦者として戦いを挑んできた結果、現在の強い体制を作り上げてきたわけだが、現在逆風が吹いていることは間違いない。

 EUにおけるデジタル市場法(DMA)に準拠した新しいiPhoneは、iPhoneにおける絶対的なセキュリティーの高さに不安定さをもたらしている。

 また、開発者たちを引きつけ続けてきたiPhoneというプラットフォームは公共性が高まったことで、EUだけではなく、アメリカ、日本でも事業モデルに厳しい目が向けられている。いずれDMA法準拠のiPhoneと同じく、完全に垂直統合されたiPhoneのシステム基盤を脅かす法的な規制が加えられる可能性は否定できない。

■アップルが取れる「選択肢」

 そうした中で、未来に向けてアップルが取れる選択肢は限られている。かつてマイクロソフトがモバイルとクラウドの時代に合わせて事業ポートフォリオを組み立て直したように、アップルも事業の形を変えるのか、あるいは種を撒き続けて、新たな製品ジャンルを開拓していくのか。

 純粋なハードウェアメーカーであるアップルは後者を選択しているというのが筆者の見立てだ。

 つまり、どんなジャンルにおいて、アップルの持つ技術や強みを生かせるのか、研究開発を続けてきた結果として、EV開発への投資を止めたとも捉えることができる。アップルはわれわれにが考えるより、はるかに広いジャンルで種まきをしているのだ。

 そして現在、アップルが最も有望なジャンルとして捉えているのは、言うまでもなく「Apple Vision Pro」である。ティム・クックCEOが初めてその原型を体験したのは8年も前のことだとされているが、 Vision Proは現時点においてもまだ実験的なプロジェクトと言えるだろう。

 その部品コストは1500ドル以上とされ、本来は7000~8000ドルで売らければ利益が出ないといわれる始末だ。製品としての成熟度は、まだまだ低く、最も優れたOSの開発者であるアップルをしてもまだ、Vision ProのOSは未完成の領域である。同様にユーザインターフェースにおいても最も優れた開発者であるアップルをして、いまだに完全な使い勝手を実現しているとは言えない。

 一方で、コンピューターのエンジニア、あるいは映像や音楽、あるいは3Dモデリングなどの新しい表現手法を身近に感じている若い世代のクリエイターにとって、Vision Proがもたらす可能性は極めて大きい。

■空間コンピューターは将来大きな勢力になる

 筆者自身、Vision Proをアメリカまで入手しに出かけたほどだが、4~5年後、より多くの人が空間コンピューターと呼ばれる新しいジャンルの端末を使い始める未来は想像できる。

 この製品がなかったとしたならば、おそらくここまでの確信を持てなかっただろう。ただし、Vision Proがプラットフォームとして定着し、収穫期を迎えるまでには、長いハーベストサイクルが予想される。

 しかしこれが、コンピューターと人との関係性を大きく変える節目となる製品ジャンルになることは、多くのビジョナリストが感じているのではないだろうか。空間コンピューターというジャンルが将来のテクノロジー業界における一大勢力になることは十分に予想できる。

 クアルコム、グーグル、サムスンの3社は、年内にも空間コンピューターを発表するとアナウンスしている。 3社は水平分業による空間コンピューターの構築を試みているが、この企業連合がアップルに追いつくのは至難の業だろう。 まだ未熟な技術を、市場の反応やエンジニアの欲望を満たしながら、まとめあげるときに、複数企業の連携が機能するとは思えないからだ。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:4/4(木) 8:18

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング