「タイミーおじさん」平気で使う人たちの危うさ 事業者による「ドタキャン」はなぜ許されるのか
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
「スキマバイトのトラブル相談先をネットで探していたところ、こちらにたどり着きました」
ある日、私のフェイスブックのメッセンジャーアプリにこんな連絡があった。差出人はスキマバイトで生計を立てているというタカヒコさん(仮名、55歳)。私は相談機関の人間ではなく、スキマバイトをはじめとした労働問題などをテーマに記事を書いているジャーナリストだと伝えたうえで取材を申し込んだ。
■応募した仕事が事業者によりドタキャン
話を聞いている間、タカヒコさんはずっと怒っていた。
例えば、「タイミー」で太陽光パネル敷地内の草刈りの仕事に応募したときのこと。勤務日の早朝、集合場所に向かう道すがらコンビニで昼食を買った直後、スマホにその日の仕事がなくなった旨の連絡が来ていることに気が付いた。事業者によるドタキャンである。
タカヒコさんはすぐに事業者に電話で問い合わせたが、担当者は「キャンセルの理由は答えられない」の一点張り。納得できないと食い下がったところ「タイミーからワーカーとは直接やり取りしないように言われている。(タイミーの)カスタマーサポートにメールするように」と言われた。
タカヒコさんは「謝罪がないばかりか、うちには責任はないみたいな言い方に腹が立ちました。でも、私が一番頭にきているのは、事業者にこんな対応を許しているタイミーに対してです」と憤る。
最後は「うちは今後もタイミーを使っていきたいので、もめごとを起こしたくない。もうここには電話をしてこないで」と一方的に電話を切られたという。数日後、タイミーのカスタマーサポートからはこんなメッセージが届いた。
「企業都合によるキャンセルですので、ペナルティは付与されません。ご安心ください。一方的なキャンセルとなりました事を、心よりお詫び申し上げます」
ペナルティとはワーカーがキャンセルや遅刻をすると加算されるポイントのこと。このときのことを思い出したのか、タカヒコさんの口調がやや感情的になる。
「ペナルティポイントが付かないとか、当たり前だろ、このボケが! 何が安心してくださいだ、ふざけるな! と思いました」
事業者によるドタキャン問題はスキマバイトの現場では“あるある”のひとつだ。
■「スキマバイトは“事業者ファースト”」と批判
タカヒコさんによると、農業の仕事を仲介する「デイワーク」というアプリを利用したときも「応募した時点でマッチング成立」という旨の条件が明示されていた仕事を選んだにもかかわらず、キャンセルをされたという。アプリ内のメッセージ機能を使って農家側に理由を尋ねたが、なしのつぶて。返事がほしいと再度連絡したところ、ブロックされた。
デイワーク側に問い合わせると、担当者は農家側の規約違反であることは認めたものの、最終的にはタカヒコさんが泣き寝入りする結果となった。
タカヒコさんはたびたび同様の被害に遭ってきた。事業者側によるドタキャンが横行し、アプリ運営会社もそれを事実上黙認している現状について、タカヒコさんは「スキマバイトは“事業者ファースト”だから」と吐き捨てるように言った。
「ワーカーはそのために予定を空けておくので、ほかの仕事に応募もできません。見込んでいたお金も入ってきません」
たしかにワーカーにとっては踏んだり蹴ったりの話だ。事業者側によるドタキャンは労働契約の一方的な破棄・変更に当たらないのだろうか。
スキマバイト最大手のタイミーの規約を見ると、「契約締結について」という項目で「業務当日のQRチェックインが契約締結にあたります」との記載がある。ワーカーが勤務日に職場まで行き、所定のQRコードを読み込んだ時点で初めて契約が成立するのだという。つまりそれより前は雇用契約自体が存在しないということだ。
■労働契約法とタイミーの規約とのズレ
しかし、労働契約法によると、労働契約は使用者と労働者の合意によって成立する。その解釈に従うなら、スキマバイトもマッチングの時点で契約締結とみなすべきではないか。現状のままでは通勤中に事故に遭っても労災が適用されないということになる。
ちなみにキャンセルポリシーはアプリによって違うが、タイミーでは、事業者側のキャンセルは業務開始の24時間前まで可能。当日のキャンセルについては「交通費・報酬金額の一部補償をお願いしております」とある。ただタカヒコさんによると、前日の深夜に届いたキャンセル通知に、勤務直前に初めて気が付くことも少なくない。補償を得るには、ワーカー自身がカスタマーサポートに問い合わせをする必要がある。周囲では泣き寝入りをするワーカーのほうが多いという。
一方でワーカー側のキャンセルは業務開始の48時間前からペナルティポイントが発生。8ポイントに達すると一定期間アプリの利用ができなくなる。キャンセルのルールは事業者側に甘い。「事業者ファースト」というタカヒコさんの指摘は言い得て妙だ。
タカヒコさんはこのほかにも、事業者から勤務時刻より前の「早出出勤」や、終了時刻前の「早上がり」を命じられた際にその分の賃金が払われなかったり、休憩時間が取れなかったりといった経験もした。また、「女性限定」「10-30代男性」など性別や年齢を限定した不適切な求人もたびたび見かけ、そのたびにアプリ側に通報しているという。
また、私のこれまでの取材では、契約内容と違う仕事を押し付けられるといった問題のほか、派遣会社がスキマバイトアプリを利用して1日限りでワーカーを雇用、別の会社に派遣するという違法な日雇い派遣が疑われる実態も明らかになった。
スキマバイトの問題を指摘する記事を書くと、SNSなどで「嫌ならやめればいい」という批判を受ける。いわゆる自己責任論である。しかし、私はそのたびに思う。まずはこの“無法状態”を何とかすることが先決だろう、と。
それにしても、タカヒコさんはなぜ私のフェイスブックなどに連絡をしてきたのか。個人で加入できる労働組合(ユニオン)などは、すでにスキマバイトに焦点を絞った調査や相談にも乗り出しているはずだ。
■「罪」のほうが圧倒的に大きいSNSの功罪
聞けば、タカヒコさんはあるユニオンに相談したものの、加入はしなかった。「ネットでググったら、ユニオンにかかわると公安にマークされると書いてあったので」という。公安とは公安警察のこと。そのユニオンは、私も取材で話を聞いたことがある団体だが、相談者が公安警察にマークされるなどという話は100%デマである。個人的にSNSの功罪は、「罪」のほうが圧倒的に大きいと思う。
タカヒコさんは高校卒業後、大手飲食チェーン店に正社員として就職したが、数年で退職。その後は訪問販売やパチンコ店、クリーニング店などでさまざまな仕事に就いた。正社員だったり、アルバイトだったり。派遣労働者として工場で働いたこともある。
次第に日雇いの仕事がメインとなり、3年ほど前からスキマバイトへとシフトしていく。タイミーやデイワーク、シェアフルなど5つのアプリを利用。ここ1年はスキマバイトで生計を立てている。
実はタカヒコさんは自家用車で寝泊まりをしている。実家は近くにあるが、家族との折り合いが悪いのだという。スキマバイトによる収入は月約10万円。ガソリン代とスマホ料金を合わせると約5万円で、残りを食費などに当てている。生活保護の利用も考えたが、車を手放すことが条件と聞いて断念した。
仕事が長続きしない理由について、タカヒコさんは「睡眠障害と発達障害の影響ではないか」という。睡眠障害は一時は自転車の運転中に居眠りをするほど深刻で、学校でも会社でも連日のように遅刻をした。「会社はそのせいでクビになることが多かったです。自分が経営者でもクビにしたと思います」と打ち明ける。発達障害を疑い、医療機関を受診しようとしたこともあるが、初診まで半年待ちと聞いて諦めた。
話を聞きながら、タカヒコさんがスキマバイトでの理不尽な体験に激しく憤りながらも、スキマバイトをやめようとしない理由がわかったような気がした。
タカヒコさんによると、かつての職場でも労災を認めてもらえないなど数多くのひどい経験をしてきた。それに比べると、「スマホひとつあれば自由に気軽に働け、その日のうちにお金がもらえるスキマバイトのほうがまだまし」という。一方で「ほかのどこでも働くことができず、スキマバイトに行きついたと言われれば、そうかもしれない」と認める。
■増えている「タイミーおじさん」
持論になるが、学生や本業を持つ会社員などはスキマバイトアプリを活用すればいい。しかし、スキマバイトの本質は不安定雇用である。それで生計を立てる人が生み出されるような仕組みには一定の規制が必要だ。日雇い派遣はまさにそうした理由で原則禁止された。国や行政は同じ過ちを繰り返すつもりなのか、それとも見て見ぬふりを決め込んでいるのか。
タカヒコさんが最近は「タイミーおじさん」と呼ばれる人が増えていると教えてくれた。単に中高年の男性ワーカーというだけでなく、「覚えが悪い」「使えない」「スキマバイトくらいでしか働けない」「清潔感がない」といったニュアンスを含む。事業者やほかのアルバイトたちの間で、そうした男性を見下すときに使われる言葉だという。
タカヒコさん自身、現在は遅刻や欠勤はなく、いずれのアプリからの評価も高い。それでもあえて聞いてみた。あなたはタイミーおじさんですか? タカヒコさんは苦笑いをしながら「周囲からはそう見られているかもしれません」と答えた。
タイミーおじさん――。揶揄の対象としてそのような言葉を生み出し、もてあそぶような仕組みや社会に、私は危うさしか感じない。
本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
東洋経済オンライン
関連ニュース
- 「フルタイム勤務で手取り15万」26歳男性の困窮
- 酷すぎる派遣会社と対峙、49歳男性救った「知恵」
- スキマバイト「タイミー」が上場、27歳社長の素顔
- 「タイミー」上場後初の決算で株価大幅下落のナゼ
- 「スキマバイトをやめられない」52歳男性の窮状
最終更新:1/17(金) 10:02