大谷翔平は救世主、人気下火のMLBに到来した「千載一遇のチャンス」

3/21 5:32 配信

Bloomberg

(ブルームバーグ): 米アリゾナ州フェニックスの郊外、野球チームのキャンプ地として知られるキャメルバック・ランチは2月の暖かい日差しに包まれている。チームの帽子を買い求めるファンや、選手のサインを求める子どもたちでいっぱいの同地では、ワールドシリーズ優勝7回、観客動員数で毎年リーグトップのロサンゼルス・ドジャースがシーズン開幕に向けて調整している。今年のオープン戦には例年の3、4倍の観客が集まった。「こんな光景は見たことがない」と、スポーツ専門局ESPNのアナリスト、ティム・カークジャン氏は語る。「驚くほどたくさんの人がいる。この大騒ぎはすべて、あの人のせいだ」と続けた。

あの人というのは、大谷翔平選手だ。身長193センチメートルの若者は、23歳にして米大リーグ(MLB)史上最も注目度の高い外国人選手となった。現在29歳の大谷は野球史上最も偉大な選手に挙げられる。昨年に2度目のアメリカン・リーグ最優秀選手(MVP)に選ばれた大谷は、打撃の強さだけでなく投手としても10勝を挙げた「二刀流」だ。ベーブ・ルースの再来と言われる才能の持ち主はほかにいない。

ただ、メジャー入り後最初の6年は、母国日本でのスーパースターぶりに比べれば米国内ではそこまで目立つ存在ではなかった。それが一変したのが昨年12月だ。

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入団記者会見は世界中で数千万人が注目した。スポーツ用品オンライン小売りのファナティクスによれば、ドジャース公式の大谷ユニホームの売り上げは、プロサッカーリーグMLSインテル・マイアミのリオネル・メッシ公式ユニホームの2倍で、あっという間に売り切れた。

MLBにこれほど注目を集める選手が登場したのは久しぶりで、世界的な注目という点では前例がないほどだ。ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は大谷ファンをビートルズ・ファンに例える一方、大谷を例えるスポーツ選手は思いつかないとし、強いて言えばゴルフのタイガー・ウッズやバスケットボールのマイケル・ジョーダンだろうと話した。

MLBはこの熱狂を「空振り」しないことが大事だ。大谷ファンを野球ファンにしなくてはならない。かつて米国を代表する娯楽だった野球は、プロフットボールのNFL、プロバスケットボールのNBA、そしてサッカーにファン人口を奪われている。ワールドシリーズのテレビ視聴率はピークから80%低下し、NFLのレギュラーシーズンの試合を下回っている。

MLBとドジャースは、大谷の移籍が大谷自身の成功、ひいてはスポーツの成功につながると期待している。それはすでにチケットの転売価格に反映されている。

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ロバーツ監督は大谷だけでなく、ドジャースの外野手ムーキー・ベッツや大谷の古巣エンゼルスの長打者マイク・トラウトを挙げ、「野球が他のスポーツから市場シェアを取り戻す千載一遇のチャンス」と話す。「今はフットボールに負けているが、われわれの目標は野球を世界一人気の高いスポーツにすることだ」と語った。

大谷が生まれてから数カ月後の1995年、野茂英雄投手が近鉄バファローズを退団してメジャーに挑戦した。移籍先のドジャースでは奪三振数でナショナル・リーグ首位に立ち、「ノモ・マニア」旋風を巻き起こして新人王に選ばれた。98年には日本プロ野球とMLBが移籍のシステムを近代化し、その後のイチローや松井秀喜らのメジャー移籍を可能にした。それは同時に、日本のプロ野球がトップスターを抱えきれないというサインでもあった。

作家のロバート・ホワイティング氏は著書の「世界野球革命」の中で「彼らがチャレンジするのは、より高いレベルで自分を試すため、そして日本野球に特有な窮屈な構造と過剰な干渉から抜け出すためだ」と説明している。同じ野球でも日本だと選手は疲労困憊(こんぱい)させられるという。日本では調子の悪い投手は練習量を増やすが、米国では逆に数日休ませる。もちろん金銭的条件もメジャーへのチャレンジと無関係ではない。

イチローと松井秀喜が渡米したのは、野球黄金期が終わろうとしていた時期だった。マーク・マグワイヤとサミー・ソーサは1998年にホームランを量産。レギュラーシーズンのテレビ視聴率は16年ぶりの高水準に上昇した。しかし野球が米国民の心をとらえたのはそれまでだ。観客動員数は2007年の7950万人で天井を打ち、ワールドシリーズの視聴率は1980年代前半より前がピークだった。野球はますます地域化し、全国的な視聴者は減少していった。

野球人気の低下は、選手による筋肉増強剤などの使用が明るみに出たのと時を同じくして始まった。ただ、ステロイドだけが問題だった訳ではない。野球の試合進行ペースの遅さは、「TikTok(ティックトック)」のショート動画でさえフル視聴する忍耐力のない若い世代には魅力的ではないのだ。2012年には1試合の平均時間が3時間を超え、10年間はそれを上回ってきた。

しかし、ステロイド問題や試合の長さもさることながら、野球にとって最大の問題はスター選手のマーケティングにある。他のスポーツでは、スター選手は世界的な有名人だ。例えばサッカーのポルトガル代表選手クリスティアーノ・ロナウドは、インスタグラムで個人としては世界最多のフォロワーを抱える。一方、MLBで昨季のナショナルリーグMVPに輝いたロナルド・アクーニャ・ジュニアは、インスタグラムのフォロワー数が米実業家でモデルのカイリー・ジェンナーの元アシスタントよりも少ない。「野球界はスーパースターの名を世に知らしめるために選手と手を組み、より良い仕事を続ける必要がある」とロバーツ氏は語る。

MLBは選手と共にソーシャルメディアで働きかけるために十数人規模のエンゲージメント部門を設立し、2020年には大谷をインスタグラムに登場させた。大谷は人気ビデオゲーム「MLB The Show」2022年版のカバーも飾った。MLBのビジネスメディア担当副コミッショナー、ノア・ガーデン氏は「アーロン・ジャッジ(ヤンキースの看板選手)が昨夜の試合でどんなプレーをしたかを知るのは簡単だが、人々はそれ以上を求めている」とし、「ファンはアーロンが週末に何をしているのかを知りたがっている。われわれは選手のブランド構築に必要なツールを提供する手伝いをしている」と語った。

ただ、野球選手は他のスポーツ選手に比べて不利な面もあるとガーデン氏は語る。野手の多くは年間162試合のほとんどでフィールドに立つため、プロモーションのための時間が限られており、恐らく気力や体力も残されていないだろう。さらに野球ではたとえ最高の選手であっても、試合結果に与える影響は限定的であることが多い。対照的に、フットボールではNFLの強豪カンザスシティー・チーフスのQBパトリック・マホームズは攻撃のほぼ全てで司令塔の役割を担う。NBAのスター選手ニコラ・ヨキッチは試合を通じて攻守で活躍する。ジャッジは1試合に4回程度打席に立つが、本塁打が見られればラッキーだろう。ジャッジが守る方向に1本もヒットが飛んでこないまま数時間が過ぎることさえある。

MLBの観客動員数は2022年に数十年ぶりに最低記録を更新した。状況の改善を目指してMLBは、試合時間短縮のためのピッチクロック(投球間の時間制限)導入など、いくつかのルールを変更した。そうした取り組みは奏功し始めている。昨シーズンの試合の平均時間は24分短縮され、盗塁数も増加した。観客動員数は数年ぶりに7000万人を突破し、テレビ視聴率も上昇した。

MLBが望むのは世界進出だ。MLBは中国を含む世界各地にオフィスを構え、メキシコ市やロンドンでの定期開催を含め、米国外での試合数を増やしている。日本や韓国に加え、オーストラリアでも試合が行われ、やがて英国以外の欧州でも開催されるようになるだろう。

ただ時差の問題もあり、世界中で視聴者を増やすのは容易ではない。米国内での試合は日本や韓国など東アジアでは未明や早朝の時間帯となり、多くのファンは生中継を見るのは難しい。それでもMLBは楽観的だ。日本や韓国のファンは熱心であり、試合を見ることは無理でも選手のユニホームなどグッズを買うことはできる。

そうしたMLBの成長計画の中心にいるのが大谷だ。MLBの公式動画配信サービスの有料視聴者数は大谷がMLBに移ってから倍増した。日本が優勝して大谷がMVPを獲得した昨年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は、日本では記録的な視聴者数となった。「大谷人気は野球にとって変曲点だ」と指摘するのは、オークランド・アスレチックスのデーブ・カバル球団社長。「野球はこれまでずっと、主に国内のスポーツだった。それを超えて成長する機会を大谷人気は与えてくれる」と述べた。

大谷はエンゼルスに移籍して以来、米国で最も人気のある野球選手の一人だが、野球ファン以外でも誰もが知っている存在という訳ではない。

一方でドジャースには、新たなファン層を増やしてきた歴史がある。野茂英雄や韓国人初のメジャーリーガーである朴賛浩をはじめ、1990年代半ばからはほぼ毎年、ロースターに日本人か韓国人を起用してきた。

ドジャースは大谷選手の加入により、今後は毎年数千万ドルの収入増が見込まれる。ユニホームも人気で、生産が追いつかないほどだ。また1シーズンのチケット販売枚数が初めて400万枚を超える可能性にも球団は言及している。スタン・カステン球団社長は「選手一人がチケット販売やスポンサーの面で大きな変化をもたらせるというのはまれだ」とし、「ショーヘイは極めて希有(けう)な選手の一人だ」と述べた。

野球人気を高める上ではスター選手の助けがなお必要だが、大谷自身は自己宣伝にはほとんど関心がないようだ。大型のスポンサー契約を結んだニューバランスの広告動画では、バットのスイングは見られるが、ほとんど何も語っていない。カステン氏やロバーツ氏を含め球団の関係者は、大谷選手はただ試合に集中していると語る。

前出の作家ホワイティング氏は「彼は野球のことしか考えていない。退屈だ」と容赦ない。カステン氏によれば、ドジャースはスポンサーやマスコミ対応の機会について大谷選手や彼の代理人と定期的に連絡を取り合っているが、無理はさせないよう慎重に動いている。ドジャースの春季トレーニング施設に取材陣が到着した際、身分証明書を持っていればロッカールームでどの選手にも近づくことができたが、大谷だけは例外だった。

大谷の姿勢は常に謙虚であり、米国の多くのスター選手のふるまいとは対照的だ。アジアの大谷ファンの多くが魅力を感じているのは彼のそうした謙虚さだ。大谷がMLBにとって価値があるのは、彼が日本をはじめとする東アジアと深く結びついているためだが、そうした結びつきに付随する価値観は、現代の米国のスター製造メカニズムとは必ずしもかみ合わない。

大谷の優先事項は試合に勝つことであり、それは世界的な称賛を得る上でも最も簡単な道だと、ロバーツ、カステン両氏は口をそろえる。

それでも野球をもっと世界に売り込むためには、大谷は自身のアピールにもう少し力を入れる必要があるのかもしれない。

(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)

原題:Superstar Shohei Ohtani Will Transform Baseball―If He Wants To (1)(抜粋)

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最終更新:3/21(木) 5:32

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