JR東海リニア「静岡以外」で工事が遅れる本当の理由 2027年以降の完成は84工区中31工区に及ぶ
JR東海が建設を進めるリニア中央新幹線・品川―名古屋間において、着工時に目標としていた開業時期である2027年を超える工区が31工区あることが、JR東海への取材でわかった。
静岡工区でトンネルの着工ができないことからJR東海は2027年の開業を断念したが、静岡工区以外にも多数の工区の工事が遅れている。これはどういうことなのか。静岡工区をめぐる最近の状況とともに品川―名古屋間の工事の現状を取材した。
■「水資源問題」の対話が完了
リニアの静岡工区をめぐる問題は6月2日に節目を迎えた。南アルプストンネル静岡工区の着工をめぐり、静岡県はJR東海と対話すべき課題、つまり協議を行って合意すべき課題として28項目を挙げているが、そのうち新たに2項目の対話が完了、つまり合意に至ったのだ。
たった2項目と思ってはいけない。28項目はトンネル湧水による大井川の水資源への影響、生物多様性への影響、トンネル発生土による南アルプスの環境への影響という3分野に分かれており、そのうち6項目が大井川の水資源問題に関する項目である。水資源問題はすでに4項目で対話が完了しているが、2項目が加わったことで、水資源問題はすべての対話が完了した。
【写真】静岡工区以外では工事が進むリニア中央新幹線。山梨の実験線では「L0系」が走行試験を繰り返している
大井川の水資源問題は静岡工区の着工にとって最大の障壁であった。静岡工区は県の北部にある南アルプスと大井川上流部の地下をトンネルで通過する計画であり、トンネル湧水が県外に流出する可能性があることに対して、川勝平太前知事が「大井川の水は一滴たりとも県外には渡さない」と反発し、トンネル湧水の全量を大井川に戻すことを求めていた。
トンネル着工に際しては、生物多様性と発生土の問題も解決する必要がある。県は2019年1月に専門部会を設置してJR東海と議論を始め、同年9月には「引き続き対話を要する事項」として47項目を列挙した文書をJR東海に送付。これらすべてが合意されない限り県はトンネル工事を認めないとした。
国も調停役として有識者会議を立ち上げ、2020年4月から47項目について議論を始めた。水資源については2021年12月、環境保全と発生土については2023年12月に有識者会議が報告書をまとめた。これをもって国は47項目に関する議論は終了したと考えた。
だが、県の考えは違っていた。合意が得られたのは17項目にとどまり、残る30項目については引き続き協議が必要だとした。県はその30項目を28項目に整理して、専門部会でJR東海と対話を続けてきた。
■知事交代後に議論加速
水資源問題については、工事で発生した湧水の県外流出分と同量を東京電力リニューアブルパワーが管理する田代ダム(静岡市)の取水を抑制することで、大井川の水量を確保するという取り組みをJR東海が川勝前知事の時代から提案していた。大井川の流域市町の首長たちは水問題を抜本的に解決する案であるとして高く評価していたが、県は認めようとしなかった。
しかし、昨年5月、川勝前知事の後を継いで鈴木康友知事が県のトップに就くと、議論はスムーズに進み出した。最後まで懸案となっていた雨不足などによって川の水量が少なく、取水抑制できない状態の対応やモニタリング計画についての具体的な内容なども6月2日の専門部会で、雨の降らない期間が30日間続いた場合に県や専門部会に相談の上で対応を検討するといった詳細事項が決まり、水資源問題についての対話がすべて完了した。
就任から約1年で水資源問題の対話が完了したことについて所感を問われた鈴木知事は「水がいちばん大きな争点になってきた。その対話が終了したというのは1つ大きな節目を迎えたと思う」と記者会見の席上で述べた。
残る2分野については、生物多様性の対話完了は17項目中3項目のみにとどまる。また、発生土置き場の対話完了も5項目中1項目のみにすぎない。そのため、3分野すべての対話完了にはほど遠いという見方もできる。
しかし、南アルプスの生態系への影響を100%予測することは難しく、工事の状況とその影響に応じて対策を講じていくしかない。環境を盾に工事に反対する勢力を納得させるのはおそらく不可能だ。鈴木知事は昨年5月の就任会見で「どこかで政治的な決断も必要と思う」と話しており、対話が膠着した場合は、知事の判断で工事を認めることになるのだろう。
■リニア開業はいつになる?
では、今後、静岡工区の工事はどのようなプロセスをたどるのだろうか。生物多様性について県は現地調査を踏まえて生物への影響を予測・評価することを考えているため、それから協議を行うことを考えると年内に対話が完了するのは難しそうだ。
2020年6月、JR東海は2027年開業に向けたぎりぎりのタイミングだとして、静岡工区のトンネル掘削に先立ちヤード整備工事を県に求めていたが、県はJR東海が説明責任を果たしていないとして認めなかった。
この例にならうと、3分野すべてで対話が完了するとJR東海が説明責任を果たしたことになり、すぐにヤード工事が始まるように見えるが、おそらくそうはならない。説明責任とはJR東海と県の2者間に限らない。流域市町の住民にもきちんと説明したうえで、ヤード工事に入るはずだ。ヤード工事は1年もかからないとされており、ほどなくトンネル掘削が始まるはずだ。
工事が始まると気になるのは工事の完了時期、そしてリニアの開業時期である。JR東海は静岡工区の工事着手から開業まで10年1カ月と想定している。そこにはヤード整備、トンネル掘削、ガイドウェイ設置工事、試運転期間などが含まれる。これを今後に当てはめると、たとえば、来年にヤード整備が始まれば開業は10年後の2036年という推定は成り立つ。
ただ、工事契約が締結された2017年と現在では状況が異なる。作業員は不足し、工事費用は高騰している。10年という工期は変わってくるかもしれない。JR東海は「南アルプストンネルの工事は全線の中で最も難易度が高い工事のひとつであり、トンネル掘削工事を進めて地質を把握する中で、より高い確度で工期の見通しを立てることができると考えている」と説明する。新たな開業時期が発表されるのはもう少し先になりそうだ。
静岡工区以外の工区については契約済みの工区延長は全体の約9割、用地取得率は約85%、発生土活用先の確定状況は約80%だという。これらの数字だけ見れば順調に思われる。
■多くの工区で「工期見直し」
一方で、工期が2027年を超える工事も増えている。5月に契約締結された第二大井トンネル(岐阜県)の工事完了時期は2030年3月。また来年1〜3月に入札が予定されている山王川橋梁(山梨県)の工期は5年8カ月。来年4〜6月に入札が予定されている旧利根川橋梁(山梨県)の工期は5年7カ月。いずれも2027年を大幅に超えている。
着工済みの工区も工期を延長する事例が増えてきた。例えば長野県内のトンネル、橋梁、高架橋、駅など13の工区は2026年2月から2027年3月にかけて相次いで完成する予定だったが、2028年冬頃から2031年冬頃への完成へと大幅に延期された。これ以外に完成時期が示されていない工区もある。岐阜県内でも岐阜県駅の完成時期が2031年12月に変更された。
JR東海によれば、7月4日時点では、品川―名古屋間の工事契約済または発注見通しを公表した工区数は84工区あるが、完成時期が2027年を超えることを公表した工区は31工区あるという。JR東海は「工区ごとに事情は異なるが、主には地元の協議を丁寧に実施するなどにより予定よりも時間を要したり、想定よりも地質が悪いことなどから慎重に工事を進めているなどにより、2027年までに工事を完了させることが難しい工事について、順に工事に関係する地域の皆様にご説明し、それぞれの工区の状況に応じて工期を設定しているところ」と説明する。
また、JR東海は「一部の未契約の区間については工区分けの仕方が決まっていないことなどから、全体の工区数はまだ決まっていない」としており、これらの工区が具体化すると、全体の工区数が84から増えるとともに2027年以降に工事が完了する工区の数も31から増える可能性がある。「具体的な数字については今後も変わっていくので、あくまで現時点の目安として考えてほしい」というのがJR東海の立場だ。
リニア反対派は以前から「2027年まで完成しない工区は静岡以外にもある」と主張しており、「2027年開業をうたった見通しの甘さを指摘する声も出ている」と批判する報道も見られる。
確かに当初の見通しが甘かったものがあるかもしれない。だが、そもそも現在の状況では2027年までに完成させる必要はない。もし2027年までに完成したとしても、それらは静岡工区が完成するまでは使われない。そのまま放置しておくとコンクリートや機器類が劣化する可能性があるため、定期的にメンテナンスする必要があり、手間も費用もかかる。
だとしたら、静岡工区の遅れの範囲内で工期を先延ばしできるならそれに越したことはない。また、全国的な作業員不足という状況を考えれば、工期を延ばすことで労働力を分散化できるメリットもある。
JR東海の宇野護副会長は以前、副社長中央新幹線推進本部担当としてリニアを指揮していた頃、次のように話していた。
「静岡以外でもスケジュールがタイトな工区があるのは事実。人手不足、資材高騰など工事をめぐる環境が厳しい中、お金をかければ2027年に間に合う可能性がある工区もあるが、いま無理をして2027年に間に合わせるのは合理的ではない」
経営判断としては自然だ。2027年にこだわる必要がなくなったことで、沿線各地で地元との協議を丁寧に実施する時間もできたし、地質などを踏まえて、より慎重に工事を進めるようになったという側面もある。
■開業の遅れを新たなチャンスに
どの沿線自治体もリニア開業を地域活性化の起爆剤にしたいと期待しているだけに、開業時期の遅れには頭を抱えているに違いない。しかし、嘆いてばかりいても仕方がない。工期が延びる分、工事期間中におけるJR東海と自治体、地元住民のコミュニケーションが深まって新しいアイデアが生まれる余地が生まれると信じたい。
山梨県は現在構想中の富士山を走る「富士トラム」をリニア開業時に山梨県駅まで延伸する未来を描く。リニアで山梨県駅に降り立った客を車両に乗せて一気に富士山五号目まで連れていくという夢のような案だ。2027年には到底間に合わないが、新たに示される開業時期次第では実現するかもしれない。
東洋経済オンライン
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最終更新:7/7(月) 12:44