「物価と賃金の好循環」は本当に持続可能なのか 「勝負の3年目」となる2025年に必要なものとは?

3/30 6:32 配信

東洋経済オンライン

政府が毎月下旬に発表している月例経済報告 は、経済金融情報の宝庫というか、実は「穴場」なんじゃないかと、以前から筆者は考えている。

■月例経済報告の「関係閣僚会議資料」はネタの宝庫

 月例経済報告というと、たぶん多くの人が思い起こすのは基調判断であろう。

 例えば3月分のそれは、「景気は、このところ足踏みもみられるが、緩やかに回復している」という一文である。

 まーったく無味乾燥。しかも景気が「持ち直している」というのと「回復している」というのでは、どっちがいいのか(注:後者がよい)、それこそ普通の人にはさっぱりわからん、ということになるのではないか。

 ただし景気というものは、それこそ「景気は気から」の部分もあるわけで、数値化することが難しい。そこで官庁エコノミストが衆議して、強引に一つの文章に落とし込む。そしてこの毎月の基調判断が、「上方修正」されたり「下方修正」されたりで、世間的には注目されることになる。

 この基調判断は、今年2月に下方修正されたばかりである。まあ、能登半島地震もあったし、ダイハツ工業の工場停止に伴う鉱工業生産の下振れもあったし、短期的な悪化はやむを得ぬところであろう。ただし地震や企業不祥事は所詮、一過性の出来事であるはず。今年度はコロナ明けに伴う日常生活の正常化があるし、株価上昇による追い風も期待できるから、経済活動は徐々に活発になるだろう、というのが全体の相場観ではないかと思う。

さて、筆者がいつも重宝しているのは、月例経済報告に伴う「関係閣僚会議資料」という20~30ページのPDFファイルである。これぞ内閣府の労作であって、毎月、多彩な表やグラフが詰め込まれている。日本経済の現状に対する「ネタの宝庫」と言っていい。読者諸兄もよろしければ、内閣府の月例経済報告のトップページ(再掲)から、3月分の資料をご覧いただきたい。

 「今月のポイント」の冒頭に「賃金の動向」が取り上げられているのは当然であろう。ただし2番目以降に、「アメリカ経済の動向」が取り上げられているのはややめずらしい。

 まず単純な日米経済の比較として、このデータを御覧じろ。

○アメリカの基礎統計(2023年)
 アメリカ  日本
名目GDP   27.4兆ドル 4.2兆ドル
1人当たり名目GDP 8.2万ドル 3.4万ドル
人口   3.4億人 1.2億人
実質GDP成長率 2.5% 1.9%
 今やアメリカはGDPで日本の約6.5倍、人口で約2.8倍、ゆえに1人当たりGDPでは2.4倍相当となる。確かに為替レートの影響もあるとはいえ、1990年代半ばには「アメリカは人口でもGDPでも日本の約2倍」と覚えていたことを思い出すと、まことに隔世の感がある。なるほど、これではニューヨークのラーメン一杯が3000円するのも無理はない。とにかく日米の経済には、恐るべき差がついてしまったのだ。

■名目賃金上昇率がしっかり消費者物価を上回るアメリカ

 その簡単な謎解きとして、閣僚会議資料は「アメリカの消費者物価(CPI)上昇率と名目賃金上昇率」のグラフを載せている。2000年以降の平均値をとってみると、アメリカのCPIは前年比+2.6%、名目賃金は+3.2%で推移している。

 この間にはリーマンショックがあったし、新型コロナによる落ち込みもあった。それでも平均すると2~3%台のプラスとなっている。それから過去3年のインフレ期には、当然、CPIが上振れしているのだが、直近の2023年10~12月期を見るとCPIが3.2%で賃金上昇率が4.6%となり、「賃上げ」のほうが上回っている。つまり稼ぎに追いつく貧乏なし、ということだ。

 それでは日本はどうだったかと言うと、資料19ページに「春闘賃上げ率と物価上昇率」のグラフが載っている。CPIは少なからぬ部分が水面下、すなわちマイナスとなっている。なにしろ月例経済報告では、2001年4月から2006年6月と2009年11月から2013年11月を「デフレ」と認定している。2000年以降の直近23年間のうち、実に9年2カ月がデフレであった、という事実は重い。

 他方、ベースアップは、「ほぼゼロ」の状態が長く続いてきた。つまり、賃上げはなかったけれども、物価も上がらなかったから暮らしはなんとかなった。でも、税や社会保障負担の増加分だけ確実に苦しくなった、という近年の状況が浮かび上がってくる。

 そうか、そういうことであったか。やはり「物価と賃金の好循環」は大事なのである。日米経済の過去20年を振り返ってみると、そこに大きな違いがあったのだ。

■賃上げを受けて、個人消費が伸びるのか

 ただしご案内の通り、日本経済の硬直した「物価と賃金」の構造には現在、風穴が開きつつある。3月15日には、連合が春闘の第1回回答集計を発表した 。

 「今年は相当に高い数字が出るぞ。エコノミスト予想平均の3.7%なんかでは済まないだろう」と筆者は踏んでいたけれども、前年比5.28%という数字を見て思わずのけ反った。いわゆる「定期昇給分」が1.6%として、ベアは約3.7%になる。これなら「2%の物価目標」に負けない水準だ。ちなみに昨年の賃上げ率は3.58%であった。

 この結果を受けて、翌週3月19日には日本銀行が長年にわたる「異次元緩和」を取りやめた。マイナス金利を解除したのみならず、YCCなど長期金利をコントロールする枠組みも廃止した。ETF(上場投資信託)やJ-REIT(不動産投資信託)などの新規買い入れも終了。今後は短期金利の操作によるごく普通の金融調節に戻る。「賃金が重要」「春闘を重視する」と言い続けてきた日銀にとって、3月15日の第1回集計は文字通りの「満額回答」であったのだ。

 実際には春闘はこの後も継続し、連合は7月まで集計を繰り返す。ただし例年の作業を見る限り、1回目と最終7回目の数値はほとんど変わらない。特に今年の場合は「一発回答」が多いようなので、労使交渉が長引くことは少ないだろう。

 実際の賃金の改定作業は、5月頃から夏場にかけて少しずつ反映されていく。問題はこの賃上げを受けて、個人消費がちゃんと伸びるのか。そのうえで物価も堅調に推移するかどうかであろう。4月以降の消費と物価のデータを、しっかりウォッチしていく必要がある。

 企業が賃上げした分を、ちゃんと取引価格に転嫁できるかどうかも気になるところだ。そうでないと、来年の賃上げができないことになってしまう。何しろ「物価と賃金の好循環」はまだ2回り目に入ったばかり。定着するかどうかは、まさにこれからである。

 気が早いかもしれないが、来年の春闘で3年連続の賃上げができるかどうかは、「生産性の低い分野から高い分野への労働移動」が進むかどうかに懸かっていよう。こういうと美しく聞こえるけれども、ありていに言ってしまえば、「競争力のない会社から、もっと条件のいい会社に働き手が転職する」ことを意味する。

 労働移動が進むことは、資源の最適配分につながる。ゆえに日本経済全体の成長力も向上することになる。他方では、中小企業の人手不足倒産や、地方経済の疲弊なども考えられる。だからと言って、ここで生産性の低い企業に対して政府が手を差し伸べたりすると、せっかくのモメンタムが失われてしまう。ゆえに立場によっては、現状は「物価と賃金の悪循環」に見えているかもしれない。

 あらためてなぜ今、物価と賃金の変化が始まったかといえば、ひとつには海外発の輸入インフレが到来したからだ。日銀が言うところの「第一の力」であり、いわば他律的な物価上昇である。これらはすでに一巡しつつあり、前年比で見た「モノ」価格の上昇幅は小さくなりつつある。

 代わりに重要になってきたのが「第二の力」、つまり国内発の自律的な物価上昇である。実際に「サービス」価格は前年比2%前後で推移しており、それをもたらしているのが賃金の上昇ということになる。

 それではなぜ賃上げが可能になったのか。背景にあるのは、いよいよこの国の人口減少が加速してきたことであろう。昨年の人口減少は83.2万人、その前の2022年は79.8万人。年間で福井県(76.7万人)を超える人口が減っている。ちなみに福井県より小さな県は4つもある(徳島県、高知県、島根県、鳥取県)。近い将来に、この状況が反転することは考えにくい。企業としては、「賃上げをしなければ、いよいよ採用ができなくなる」という切羽詰まった感覚があるのだろう。

■物価と賃金の好循環は来年の「3年目」が勝負

 こうしてみると、「物価と賃金の好循環」はこれから先の3年目が勝負となる。かならずしも「未来はバラ色」ではなさそうだが、かといって今さら「デフレ均衡」に後戻りできるわけでもない。

 とりあえず「変化は買い」ということで株価は上げているけれども、おのおの方、将来の変化への覚悟はありや、ということになる(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。

 ここから先はお馴染みの競馬コーナーだ。

3月31日の日曜日は阪神競馬場で大阪杯(芝コース2000メートル、G1)が行われる。古馬のG1戦線を占う重要レースなるも、有力馬はこぞってドバイワールドカップデーに参戦している。牡馬ではドウデュース、ダノンベルーガ、牝馬ではリバティアイランドにスターズオンアースがいない。ああ、横綱・大関クラスが出払ってしまった大阪杯で、いったいどの馬に夢を託せばよいのだろう? 

 普通に考えればダービー馬のタスティエーラ(1枠2番)、皐月賞馬のソールオリエンス(5枠10番)が狙い目であろう。ところが「今年の4歳馬は弱い」との評判は無視しがたく、「大阪杯を勝つのはいつも関西馬」という経験則もある。ここは両頭に対する評価を下げねばなるまい。

■大阪杯の本命馬はG1未勝利の「あの馬」

 大阪杯はここ3年、連続してG1未勝利馬が勝っているレース。そこで5歳の関西馬からプラダリア(4枠8番)を本命に指名する。先行馬有利のレースでもあり、鬼の居ぬ間に「G2番長」を返上する好機と見る。

 対抗には3連勝で勢いに乗るミッキーゴージャス(1枠1番)を。過去に大阪杯を2度制しているミルコ・デムーロ騎手が騎乗という点も心強い。単穴はローシャムパーク(1枠2番)。国内G1は意外にも初挑戦だが、昨年夏のオールカマーでの強さを考えればチャンスありと考える。

 後はべラジオオペラ(6枠11番)、スタニングローズ(3枠5番)までを押さえたい。難解なレースにつき、買い目と金額はほどほどにしておこう。

※ 次回の筆者は小幡績・慶應義塾大学院教授で、掲載は4月6日(土)の予定です(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

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最終更新:3/30(土) 6:58

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